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左腕 ※挿絵あり

挿絵追加しました。修行してきましたが、お目汚しします。

 衛は無事に手錠の鍵を回収し、茉莉と建物の外に出ていた。


「伍堂!」


 衛を呼ぶのは車から出て来た丈だ。

「花岡も無事だったか、良かった」

「あ、はい」

 安堵を吐く丈に茉莉は返事を返す。

 そこに後から車から出た明日香と美愛子が追いつく。

「南条先生、車はちゃんと止めてください」

 助手席と後部座席に取り残されたのだ。普通なら大事である。


「交戦はしましたが、証拠はこれで十分ですよね?」

 一連のやり取りを意図的に無視して、衛が外した手錠・拾ったいくつかの銃弾を手渡す。

「……これ、『封魔石』か。よく無事だったな」

 始めは何かと訝しんだが、よく見ればそれは『軍』が厳重に管理する物資である。

「久賀は?」

「それがまだ。どうも向こうが本命だったらしいです」

「よしッ! すぐに行くぞ!」

 怠慢な態度が目立つが丈もまた教師を目指し、成るべくして成った人間だ。生徒である藍が心配なのだろう。

「まあそう慌てなくても藍なら大丈夫ですよ」

 とはいえ逆にのんびりする理由もない。邪魔になるということもないだろう。大人しく丈に従う。

 その時。



   轟音。



 藍のいる建物、その外壁が吹き飛んだ。





















「同じ<身体操作>でも、使い手の力量差は、そのまま現れるものだ。ゼェ」


「君が僕より上なのは認めるけど、そんな息切らしながら強がられても、痛々しいから止めなよ」


 惨めなことこの上ない。


「<身体操作>はただでさえ演算能力を酷使する魔法だよ。あとどれだけ使える? なんでそんなに消耗してるのか分からないけど、今の君じゃ相手にならないよ」

「余計なお世話だ」


   <身体操作>


「分からなかな」


   <身体操作>


 突き出された[槍]を右腕で逸らし、左手を突き出す。

 藍は後退して回避すると、[槍]だけはその場で回して柄を叩きつける。

 吉彦は屈んで柄をやり過ごすと、さらに踏み込む。

 藍はさらに後退して回避しようとするが、拳一つの吉彦と全身を動かす必要のある藍。当然それでは間に合わない。

 故に取り得る選択肢は防御ではなく攻撃。


   <身体操作>“移動”“貫通”


 半回転した[槍]を逆手に握り、真下の吉彦に突き立てる。

 吉彦が踏み込んだ勢いそのままに()退()する。その工程に減速・停止は挟まれない。これができるのが<身体操作>の最大の強みなのだ。

 間合いが開くと共に戦闘が止まる。


 魔法師同士の戦闘は基本一撃必殺。

 相手の攻撃に対して防御・回避は必須である。

 魔力の鎧を纏っているとはいえ、それは気休めだ。

 特に彼らが纏っている魔力は脆い。一定以上の攻撃に対して無力となる。それは彼らの才能に依って選択肢を絞られた結果だが、これまでの攻防で既に互いに承知している。元から互いに予想できたことなのだ。強度と脆性は比例する。脆性を下げる為に強度を下げれば、最悪余波だけで死にかねない。良くあることなのだ。


「その“貫通”術式も、相当負荷が高いだろう?」

「……どうだろうな?」


 強がるが意味がないだろう。

「まあいい、そろそろ終わりにしよう」

 “隠蔽”の術式を“透過”に落とす。――完全に異次元に移す“隠蔽”より、半分だけの“透過”は、ランクとしては下になる。同系統の術式だ。




 魔力により組まれた()()が、姿を現した。




「お前……」

「誰もが彼も君みたいに高速で術式を組めるわけじゃないんだ」

 藍も相当無理をしているのだが。

「戦いながら仕込みをするのは、むしろ常道だろう?」


―――出し惜しみはできないか。


 魔力を“収束”、爆散(暴走)する魔力をさらに“爆裂ブースト”させて、それを無理やり“指向制御(絞り込む)”。【槍】を生み出す。


   <魔弾>“加速”


「何?」

「その魔法の対応策はもう見せてもらってる。通用しないよ」

 灯花との試合のときのことだろう。<魔弾>に撃たれた【槍】が、吉彦に届く前に崩壊する。

どおりだよね。一見無敵に見えるその魔法が、何のリスクもなく使える訳もない」

 元から針に糸を投げ込む様な、神業的術式なのだ。ほんの少し風が吹くだけで失敗する。

 組み上げた機構のシリンダーとピストンを利用して、魔力に更なる()()を施す。加速方式としてはウォータージェットをイメージすればいいだろう。

 規模を縮小し速さを追及した魔法だが、藍の【槍】を崩壊させるには十分だ。

「指向性と威力に特化させた分、指定のした以外の方向にはめっぽう脆い」


 そして、

「それだけじゃない」


   <身体操作>“加速”


 藍の左側へと回り込む。ことここに至って“移動”術式は不要なのだろう。『演算能力』の限界もあるのだろうが、吉彦は“加速”に切り替えた。


「クッ」

   <身体操作>“移動”


「その左手も弱点の一つ。何故使わないのかは分からないけど、これ以上ない隙なのは間違えない」

 ひたすら左へ回り込む吉彦をいなすが、それも徐々に苦しくなる。

「うまく誤魔化してるけど、物理的な限界は覆せないよね!」

 さらに、


   <魔弾>“加速”


 先ほどの【槍】を打ち砕いた攻撃。

「君にはこれでも十分だろう?」

 速度に特化した攻撃だが、それでも藍に対する牽制としては十分だ。

 そもそも規模が小さいだけで、それほど低威力の物でもない。単純な仕組みとはいえわざわざ機構を組んでまで行う攻撃なのだから、普通に<魔弾>を放つのより強力なのは当たり前だ。

 2門のおおづつが二人の頭上を旋回する。

 ときおり放たれる砲弾に藍は的確に対応するが、それは明確な隙となって藍を追い詰める。


「クソッ」


 悪態を吐くがどうにもならない。

「そろそろ終わりにしよう」


 “硬化”“加速―回転”


 プロペラを“硬化(成形)”。1枚5メートル、2枚のブレード、揚力を得るための角度はなく、ただ速度を得るための形状。接続されたトランスミッションを介して動力を伝え、回転を始める。

 原理としてはフライホイールと同じだ。慣性によりエネルギーを蓄積――いわゆる()()を行い、より破壊力の高い攻撃を放つのだ。全長10メートル。とはいえこの狭い空間では必中だろう。

 さらに回転――横方向から殴りつけるような攻撃となる。正面衝突することがない以上、藍の【槍】では相性が悪い。

 そこまでを瞬時に思考した藍は、即座に対応を返す。

 回避も相殺も困難。出させてはいけない攻撃。ならば取り得る選択肢は事前に潰すこと。すなわち術者の撃破。


「当然そう来るよね」


   ガチリ。


 文字通りにギアをあげて、ブレードの回転が加速する。


 しかし藍がやや有利だったとはいえ、元々互角だったのだ。そうそう攻めきれるものではない。

 5度・10度と、幾度となく刃を向けるが、その穂先が相手を捕らえることは決してない。

 その間も羽は幾度となく変速を繰り返し、十分な速度を得る。

 その構造上徐々に加速速度は低下していく回転は未だ加速を続けているが、それもじきに頭打ちだろう。


 攻め立てる藍。

 苦し紛れに突き出された吉彦の拳。

 藍はそれを足で受け止める。飛ばされる。


   “加速”“貫通”

   射出。


 藍の術式行使を見て即座に、今度は吉彦が対応した。

 既に完成していた術式は、残る工程は放つだけ。攻撃に移るのは術式の詳細確認を惜しんだ吉彦の方が早かった。

 対する藍は、()に向かってさらに“加速”し、[槍]を突き立て、そのまま“貫通”する(打ち破る)

 閉鎖空間では必中と言えども、開放空間では避けるに難くない。藍は壁を貫いて外に出たのだ。

「でも、甘い」

 ブレードが壁を吹き飛ばす。


 上空に退避した藍に、その左側に吉彦が追い縋る。




   “加速”“硬化”“質量化”“慣性増加”




 繰り出した拳を“加速”、纏う魔力に術式を施し、威力の増大を図る。

 この土壇場での4重付加魔法。藍のように更なる暴発を促すようなことはしていないが、それでも必殺の威力を誇る。

 その直撃を受ければ果たしてどうなるか? わざわざ思考するまでもないだろう。

 魔力の鎧があるとはいえ、彼のそれは極めて脆い。


 必殺の一撃。それを防いだのは、これまで動くことのなかった左腕だった。


   <障壁><身体強化>“硬化”“弾性化”


「なっ!?」

 藍が吹き飛ぶ。

 本来なら左腕を突き破ってなお胴を貫き、破裂して終わるようなものなのに、その衝撃を逃がされた。吹き飛んだのはその査証。





「久賀!」

 藍の名を叫んだのは到着したばかりの丈だった。

 駆け寄ろうとするのを衛が止める。

「藍なら大丈夫。()()が動いた」

「彼女?」


「藍」

 再びの呼びかけ。今度の声の主は衛だった。

「水月はまだ中だ。悪いが早く行ってくれ。崩れるだろ」

 全ての事情を知る少年へ、要求は端的に告げる。

「了解、安くしとくよ」

「せっかくなら無料でやってくれ」


   “硬化”

 

 建物を補強した衛の背中に要求しておく。


「させないよ」


 <魔弾>“加速”

 <魔装>“硬化”


「悪いけど君の相手は僕じゃない」

「大谷君!?」

 泰然とした歩みを引き止めるべく放たれた弾丸を、衛【盾】は容易く弾いた。攻撃を放った人物を見て、明日香が驚きを露わにする。

「先生達も来たのか、急がないとな」

「急ぐじゃねぇ、終わりだ」

「さっきまで大口叩いてた上に、援軍が来た途端これか? 見っとも無いにも程があるよ」

「ハ? タイミングの問題であって、そんなものは初めから考慮してねぇよ」

「おい久賀、ボロボロじゃねえか! 下がってろ」

「必要ない、邪魔だ」

 丈を制するべく挙げられたのは()()

 それを目にした全員が目を見張る。

 先の攻撃を受け止めたが故にひしゃげていたそれが、見る間のうちに修復される。

 『神聖術』による治癒魔法。彼の左腕に施されているのは、間違いなくそれだ。

 しかし、見た者を驚かせたのはその『魔法』ではない。

 ずっと手袋で隠されていたその腕は、少年の物ではない。そこまでは予想通り。

 その手は義手ではなかった。

 破れた――先の攻撃で弾け飛んだ袖口から覗くその腕は、白く、美しく、たおやかな女性の物。



「『()()』だ。――()()()()



 その左腕が黒い砂のように溶け落ちる。


「ふふふ」


 嘲笑う如き艶やかな女性の声。

 黒い粒子が藍の背後で集い、人影を成す。

 腰にまで届く白銀の髪。見た者を魅了する紫紺の瞳。堕天を示す黒い翼。

 純白の衣装に身を包んだ、美しい女性の姿。


「藍、痛いじゃない。それにいつまでかけるつもり?」

「……悪かったな」

 ばつが悪そうに藍が返す。

「気遣ってくれるのは嬉しいけど、これじゃ本末転倒よ」

「…………」

「さっさとあの男を倒してくれるかしら。あんなにしつこく狙われたら不愉快だわ」

「それはあいつに言ってくれ」


「……『高位精霊』」

「広義には含まれるからそれも間違いではないが、正確に称するなら彼女は『悪魔』だ」


 その存在に驚愕する美愛子。

 消えた左腕から膨大な血液を流す藍が応じる。


「だがその程度、纏めて――」

「彼女にはお前如きでは敵わんよ。だが安心するといい。彼女は徒人ただひとに干渉することはない」

 第一。

「お前なら俺一人で充分だ」


   <身体操作>“移動”


 先程まで何度も繰り出した魔法。しかしその速さは先程の比ではない。

「な!? 精度が上がった! ……いや、逆に下げたのか」

 突き出された[槍]を吉彦はなんとか防ぐ。その速度に戸惑うも、すぐにその絡繰りを理解する。

 他人に魔法を直接かけるというのは、極めて難しい。では左手として存在する『精霊』に魔法をかけるのが容易かと問われれば、もちろんこれも難しい。確かに難易度は容易になるが、比較的容易であっても難しいものは難しい。

「正解だ。実際のところ両方できるけどな」

 サリエルがその演算の一部を担い、相乗効果が爆発的な戦力増強を可能とする。

 もっとも今現在、そこまでしていない。先ほど「一人で充分」などと口走ったがゆえに、どうも今回は力は貸してくれないらしい。口は災いの元である。

 

 “硬化”“加速―回転”


 たまらず再度ブレードを構築。トランスミッションを介して“回転”を生む。

 先程と同じ魔法。しかしそのサイズは()()を遥かにしのぐ。

 限られた空間しかない室内とは違い、ここは制限のない屋外。全長30メートル。今度こそ正真正銘、吉彦の最大火力。


 攻防の隙を突いて、藍の【槍】が放たれる。


 “収縮”工程の代替として行われた魔力の精製が、元より異常とされていた魔法発現速度を、更なる次元に押し上げる。

 固定砲台としていたシリンダーの一機を破壊する。


「何っ!? 早い!」

「おまえ、まさか『久賀』が何の家系か知らないなんて言わないよな?」

 ほんの1滴、それだけの血液から生み出された魔力が、周囲を赤く染め上げたかのように幻視させる。


「……『禁呪術』」


 藍の父親――[槍使い]久賀裕信が、『禁呪術』を扱うとは聞いていないが、確かに久賀は『禁呪術』の使い手だ。

 しかし、この魔力精製量。これ程の使い手となると『久賀』に限らず心当たりがない。


「くそっ!」

 機構の破壊。しかしそれは同時に演算能力を確保できるということでもある。吉彦はその“加速”のテンポを上げる。


   『禁呪術』“爆裂”“指向制御”“貫通”


 1機目の砲台の破壊から、大した間も置かずに、2機目も破壊する。


「……何が目的だ!」


 その問いかけをしたのは吉彦だった。

 <身体操作>の技術で遥か先を行かれ、ここまでに何度か致命的な隙を晒している。

 第一に今破壊されたシリンダーに放った【槍】、これを今“加速”させているブレードに向けるだけで、吉彦は詰む。すぐにとはいかなくても、間違えなくじり貧にになる。

 既に勝負がついていてもおかしくない――否、本来ならば既に勝負がついていなければおかしいのだ。


「俺が目指すのは|我妻直≪最強≫を越えた先の『最強』だ。この程度、本来は児戯でなくてはならないんだよ」


 そう返答して頬を吊り上げる。この程度を打ち破れなくて、一体なんとするするというのか。


「来いよ」


 魔力が爆発する。


 集められたのではなく、生み出された。本来青として認識される周囲の魔力が、藍の生み出した赤によって押し流される。

 それもおそらくは余波である。あくまで待機状態にした際に勢い余って漏れ出たもの。


 この期に及んで吉彦に取れる手段と言うのは多くない。否一つしかない。


 その誘いに応じて、自らが高めに高めた回転体を放つのみ。

 6万rpmの高速回転。ブレードの先端速度は秒速1万5千メートル。音速の50倍。隕石――それも高速なものに匹敵する超高速。

 質量差があるため隕石と同等の威力とはいかないが、それでも負けるはずがない。





   射出。





「ふふ、狙い通りあなたの見せ場ができたじゃない」


 藍の首筋に背後から腕を回し、『悪魔』が囁く。


「景気よく行きなさい」

「任せておけ」


挿絵(By みてみん)


 預かってる分は返してあげるわ、と許諾を告げるサリエルに、藍は不敵な笑みでを持って返す。

 彼女が藍を放す代わりに血液が残る。丁度左手1本分。預けていた血液を全て魔力に。

 大きく。ただ大きく。決して折れることのない、『最強』の【槍】を。






   「【大槍たいそう紅牙こうが】」







 巨大な、()()()と【槍】が激突した。

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