久賀藍vs橘灯花
クルリ、パシッ、クルリ、パシッ
灯花の前には[槍]をクルクルと弄ぶ少年が立つ。
一瞬こちらを嘗めているのかとも思ったが、その目は真剣そのもの。
この状態こそが、彼の構えなのだろうと予想する。
クルリ、パシッ、クルリ、パシッ
相変わらず一定の間隔で回る[槍]、タイミング掴むのは難しくない。
クルリ、パシッ、クル――
―――今!
始まりは唐突。先手は灯花。
『金気』“加速”
[札]が爆発的な勢いで“加速”し、藍に迫る。
その最中に鉄へと変質し、刃となる。
――クルクルリ
<念動>“加速―回転”
一方の藍もそれをただ見ているようなことはない。
手放した瞬間を狙われたが、何のその。
その程度で戸惑うのなら、そもそも[槍]を回したりなどしない。
掴み直すどころか更に“加速”してもう一回転。
[槍]の重量で薙ぎ払う。
<身体操作>“移動”
振り終えた一瞬、その状況でも硬直せず尚動けるのが<身体操作魔法>の特徴だ。
「――っ! <身体操作>!?」
<身体強化>“加速”
驚いたのも束の間。
即座に藍が詰めた距離を引き離す。
だがそれではまた詰められて終わりである。
当然妨害を行う。
『土気よ集え! 我が身を守る盾と成れ』
[札]をばら撒く。
大地より岩が飛び出す。
始めを藍の目くらましに、後続の岩に飛び乗り上空へ。
「無駄だ!」
一瞬見失い止まった藍が後を追う。そもそもの“移動”が地を踏みしめることがないのだ。<身体操作>なら空中戦へ移行するのも支障ない。
「――くぅ! やっぱり速い!」
現在の学園には<身体操作>を使いこなす者は居ないが、体感してみると、やはり違う。
『金気』により生み出した鉄の武器を雨と降らせるが、それも[槍]に容易く薙ぎ払われる。
クルクル回る[槍]は相変わらずで、時間稼ぎにもなっていない。
間違いなく強い。だがそれ以上に気になるのは、
「左手は!」
「悪いが俺の物ではなくてね!」
確かに力が入ることなくだらりと垂れている様は、使わないとかそういう話ではなく、そもそも動かないのだと納得できる。
ならば左からの攻撃には遅れるだろう。逃げるのは諦めて右――即ち藍の左へと回わる。
[札]をばら撒く。剣に変えて射出するのだ。
しかし[札]を宙に放ったところを突風に飛ばされる。
「『風魔法』!?」
「唯一自由に使える『属性』でね」
ならばと[札]を剣に変えて、直接攻め込む。
[槍]が何気なく放られる。
「え?」
魔法師は通常、魔道具を手放さない。
それは魔道具が魔法の補助を行っているからだ。魔法の精度が一気に下がる。
何より干渉力も落ちるのだ。相手の魔法が届くようになり、武器を奪われることに繋がりかねない。
例外は灯花の[札]のような使い捨てであるが、藍のそれはどう見ても一品ものだろう。予備すらないと思われる。大型魔道具の弱点だ。故に――
―――これを防げば!
そう思って[槍]に意識を集中した瞬間、他の脅威を排除してしまった瞬間。
「カリン!」
[槍]が加速した。
“切断”
「なっ!」
足で蹴り込まれたのだ。そして武器破壊。急造された武器など、紙同然に切り裂いて見せる。
直進する[槍]を、咄嗟のことで躱し損ねる。
「――ッ! 今のは……」
見やれば、藍は[槍]を放った位置から動いていない。
しかし今の挙動は間違えなく術式ではなく、外力により起こった加速だ。
答えは藍の口よりも先に現象として起こる。
[槍]の影から腕が伸び、藍の元へと投げ返す。
今の今、の出来事。さすがに灯花が見逃すことはなかった。
山なりの軌道を描く[槍]を、藍も危なげなく受け取る。
「『降霊術』。彼女自体は俺にすら及ばないが、それでもこの程度の雑事は十分に熟してくれる」
『魔法言語』と聞いて警戒していたが、どうやらそれも考慮しなければいけない程のものでもないらしい。
確かに発動は早いが、それだけだ。
そのまま足で[槍]を操作して手元に引き戻すと再び<身体操作移動魔法>で攻め立てる。
灯花はそれを、あるときは剣で捌き、隙があれば槍で迎え撃って、危うくなれば盾で防ぐ。
その度に術式により切り捨てられているのだが、さすがの携行性を見せて[札]は尽きる気配を見せない。
しかし、それも続けていれば、
「さすがに[札]は尽きたか?」
灯花が札を取り出す手を止めた。しかし――
「尽きた? 違うわ、終わったのよ!」
それが彼女の扱う魔法体系。
『魔法言語』の本質。
『陰陽術』という、藍の知らない魔法体系。『占星術』が見せた未来から危機を悟る。
ここから始まるのだ。『奥義戦闘』が。
「しまった!」
[札]を手に取る代わりに印を結ぶ。
『金』は『水』を生む。
『金生水! 生じよ、水端! 水気よ涸れた大地に大河を成せ!』
本来の灯花の実力では不可能な魔法を具現する。
辺りに散らばる武器の残骸から、水が湧き出る。
それが灯花の足元に集い、藍へと打ち出された。
量が量である。水月には及ばないがそれでも取り込まれたら一たまりもない。
横に躱すも水は消えることなく、辺りを満たす。
そのうちに足場もなくなり、今度は藍が宙に逃れる形となった。
だがそれは灯花の思う壺。印を結び直す。
気づけは武器はその役目を終えて紙に戻っていた。
紙の原料は木、すなわちそのまま触媒となる。
『水生木! 木気よ、水気を取り込み、敵を捕らえよ!』
『水気』と言う肥料を取り込んで、急速に成長した『木』が、宙に逃れた藍を覆い、絡み合ってできた球の中に捉える。
「クソッ!」
悪態をついたところで、灯花は止まらない。三度印が結び直される。
生み出されたそれは『木』とは名ばかり。そのような属性区分は存在しない。『第二属性』あるいは『錬金術』の応用。有機物の塊でしかない。故にそれは、通常のそれよりも遥かに燃えやすい。
『木生火! 万物を土へと帰し給え! 木気を燃やして業火と成れ!』
“加速”“貫通”
このままでは不味いと悟った藍が『木気』で作られた檻の突破を試みる。一面の火を避けてさらなる上空へ。
藍は認知していないが、五行の中では[槍]は『金気』、よって灯花の『木気』の檻とは金剋木に当たる。その気にさえなれば抜け出せると思っていた。範囲拘束からの、火力攻撃。当たればいいと思っていたが、難しいとも思っていた。
だから灯花の本当の狙いはその次。
そのためにもひとまず地上に引きずりおろす。
一面に広がる火を避けて、上空に上がったのだろうが、考えが甘い。
『火』とは天に上るものなのだ。
巨大な火柱を上げる。
それも一点集中ではなく、上空に向かえば向かう程、歪な形に広がる。
限られた闘技場の中、こうなれば藍も地上に降りるしかない。
今一度灯花が印を結び直す。
『火生土! 五行相生!』
―――油断した。
藍も別に嘗めて掛かっていた訳ではないが、それでも自分が優勢とみて気を緩めてしまった。
だからやはり「油断した」その言葉が相応しい。
しかしだからと言って、それで負けてやるつもりは毛頭ない。
クルリと回した[槍]に魔力を“収縮”。
『『火気』より生まれし『土気』よ、万物を飲み込み、母なる大地へと帰し給え!』
上空に拡散した『火』が灯花の頭上に再度収束。
赤熱した溶岩流が藍に降り注ぐ。
思えば初めの岩から布石だったのだろう。
これが無ければ自らが切り捨てた武器が[札]に戻っていないことにも気づけただろうし、灯花の立つ足場となることもなかった。
だがそれも関係ない。打ち破って見せよう。
幸いにも攻撃は上空。相手も上空。方角は一致している。
“爆裂”“指向制御”――
「待て久賀! そこまでだ!」
丈が止めに入るがもう遅い。ここで辞めればどう転んでも藍は無事では済まないのだ。
――“貫通”
突き込まれた架空の【槍】が、赤熱した土石流を切り開く。
いとも容易く自らの最強の魔法が撃ち負ける様に灯花が目を見開く。
まさかあの状態から覆されるとは思ってもいない。回避も間に合わないと悟る。
もっとも、灯花や丈がもう少し冷静に判断できたなら、【槍】が灯花を掠める程度にしか当たらないと判断がついたのだが、現状そんなことが可能なほど余裕はない。
しかして【槍】は灯花に届くことはなかった。
“硬化”“透過”“加速”“貫通”
横合いから放たれた超速の<魔弾>が、無双の【槍】を打ち砕く。
「藍、やり過ぎ」
冷たい声音で告げたのは、我妻直。
見やればその手には人工の『禁書』――[魔導銃]はない。
衛の<結界>を“透過”してなお、彼女にとってこの程度は児戯なのだ。
それを認識して苦笑する藍。
「もともと当てるつもりもなかったし、それ以前に届く前に止められたが……、怪我はないか?」
それはともかくとして[槍]をバラシてしまい、尻餅を付いた灯花に手を差し出す。
「ええ、ありがとう。……さすがね」
「そりゃどうも」
「<身体操作移動魔法>もだけど、最後のあれは?」
とてもではないが、自分から口に出せるものではない。
「久賀の魔法ってのは、本来これなんだ」
絶妙にずれた回答で誤魔化した。灯花も訝しみながら相槌を返している。とそこに、
「おい久賀! なんだあの魔法は! 弓削のときにまさかと思ったが、術式が暴走してるじゃねえか!」
「え?」
割って入ってきた丈に、驚きの声を漏らす灯花。
「おい、人の術式を勝手にばらすなよ」
「ばらすも何もあるか! “隠蔽”もかけられてないんだから、その気になって見れば、何やってるかなんて一発で分かる。あんな魔法禁止だ! 禁止」
「なんでだよ!」
丈とて気にくわないとかそんな理由で言っているのではない。藍は抗議したが、当然丈の反論が返ってくる。
「制御がどうこう以前に、演算能力が限界超えてんじゃねえか! 冷や汗ダアダアだろう。危なくて使わせられるか!」
見ればまだまだ肌寒いこの時期、藍の汗の量は異常である。
直接的に体を動かすわけではない<身体操作>を使用していたことを考慮するなら尚更だ。
「あなたそんな危険な魔法使ってたの!?」
向けられた側の灯花からも驚嘆された。
「……別に、今更外さねえし」
今更と言った通り、既にありとあらゆる失敗を経験済みなのだ。失敗などしないし、万が一失敗したとしても対処できる。
「そうか、だが久賀、とりあえずあの魔法は禁止だ。抗議は後で聞くから、保健室行ってこい。頭ん中見て貰え。ついでに火傷も」
これまでの内容と相まって、余計に誤解を受けかねない言葉だが、しかし藍とて自分のこと。丈の意図は正確に理解した。
ここで何を言っても仕方ないとみて、「別に問題ないんだけどな」と呟きつつも演習場を後にした。
「南条先生?」
「どうした橘?」
「いくらなんでも、『頭の中見て貰え』っていうのは、教師としてどうかと……」
「…………」
「…………」
「……ち、違うからな! 『頭がおかしい』って意味じゃなくて、『演算能力が焼き切れてないか見て貰え』って意味だから!」
案の定誤解があったことは記しておく。
補足1
(手加減が)苦手って話だから、嘘ではない。
補足2
【槍】は必要に迫られれば10連発位は普通にするから、藍的には全く問題ない。
代が続いてるのもあって、潜在的にもそれなりに耐性がある。
藍は加えて使用直後に“冷却”かけてるので、一瞬さえ持てばなんとかなる。
ただし、久賀がそういう鍛え方してるからであって、普通の魔法師がマネしようとすると、脳神経が即座に焼き切れるので丈の反応が過剰という訳でもない。
補足3
藍は設定自体はかなり古いキャラ。逆に灯花は極めて新しい。つまりキャラ設定時点での、『世界』のルールがが微妙に違う。
補足4
微妙にネタバレ。補足3の続き。
基本的に属性相性は存在しない。
それでも属性云々が出たのは、灯花が扱っているのが『五行』を元にした『象徴魔法』のため。
つまり属性云々は灯花からの一方通行。
弱点を突かれることはあれど、敵に対して有利と言うのはそこまでない。ゼロではないが誤差の範囲。
それでも戦いながらより強力な魔法を扱う準備ができるのは大きな利点。という訳で弱点はあるが利用している。
補足5
補足4こそが初戦に持ってきたことを失敗と述べた理由。極めてややこしい。
……だがそこそこ特色だそうとすると、多かれ少なかれで、リトライに意味がないため強行。
ちなみに1度リトライしていたのも理由の一つ。




