会員が少ない以外には何も
「藍、後でちょっと顔貸して」
時は昼休み、場所は食堂。言葉を発したのは我妻直。成り行きは唐突だった。
「言い方が怖えよ」
「あ、後でって放課後のことね」
だから慌てる必要はない。と言うが、そんなことは聞いていない。
……確かに重要な連絡ではあるのだが。ともかく。
「なんでまた?」
「うん、この前魔法機構研究会の備品壊したでしょ? だからいい加減謝りに行った方がいいと思うんだよね」
一緒に謝りに行ってあげるから。とのこと。
余計なお世話とも思うが、直は生徒会である。拗れた際の仲介役と思えばむしろ願ったり叶ったりだ。
だが、それ故に藍は思うのだ。
「待て! なんの話だ?」
しれっと言われるが、藍にはまるで心当たりがない。そもそもそんな研究会があること自体初耳だ。
「あれ? 覚えてない?」
「…………」
心当たりはない。
「入学初日に水月ちゃんと模擬戦したとき」
「…………」
ないものはない。
「あのとき、【槍】が<結界>ごと壊して、中の備品壊してたんだよ?」
ならば故意に壊した訳ではないと主張する。非がないとは言わない。
「この学校の<結界>、そんな脆いの?」
藍にできるのは言い訳だけである。
ちなみにそんなものを向けられていたのかと水月が顔を青くしているが、知ったことではない。
ついでに暴走ギリギリ……アウトな術式で、そんな高威力なものを人に向けたのかと茉莉が顔を青くしているが、それはさらに知ったことではない。
「だからこの前止めたんだけどね」
とは、直だからこその発言である。灯花との模擬戦のことだろう。
言い訳はあるがそれでも非は自分にあると納得し、藍は魔法機構研究会に向かうことを承諾した。
そして放課後。
「あれ? 大谷君?」
藍達を出迎えた少年に、直が疑問を呈する。おそらくクラスメイトで面識があるのだろう。
「……まさか我妻さんに名前を覚えて貰ってるとは思わなかったな」
「自己紹介もあったし、クラスメイトは全員覚えてるよ。もう部活に入ったんだ?」
入学して1週間、部活動紹介もまだなこの時期に部活を決めて活動しているのであれば、間違えなく早いだろう。
「あ、紹介するね。こちらCクラスの久賀藍と弓削美月ちゃん。この前備品を壊しちゃったから、謝りに来たんだ」
ちなみに私は生徒会として付き添いね。と、補足する。
「彼女らがあの時の……。遠目に見ていたけど、半ば事故だし仕方ない。こうして謝りに来てくれた訳だし、会長も納得してくれると思う」
「それならよかった、こちら、同じクラスの大谷吉彦君。まあ、私も自己紹介で聞いた趣味がメカニックなことしか知らないんだけどね」
「「…………」」
クラス全員分覚えているのだろうか? 吉彦と水月の顔が引き攣った。
ちなみに直はその自己紹介で「人の声真似が得意だ」と告げたらしい。
「会長さんいるかな? とりあえず用事を済まそうと思うんだけど」
「奥にいるから聞いてみるよ」
そう言って奥の部屋の扉を開く。
「会長、という訳なので奥へと案内しますがよろしいですか?」
「ん? どういう訳だい大谷君。説明を要求するよ!」
「先日備品を壊してしまったので、本人たちが謝罪に来ました」
当然と言えば当然な会長の質問に答えたのは直だった。
「んああ、そういうことか。君は新しく生徒会に入ったという話だったね。……大谷君、大着せず自分で説明したまえ」
短いながらに良好な関係のようだ。
直の後に続く二人に向き直る。
「後ろの二人が例の?」
「1のC、久賀藍です。今回はすいませんでした」
「同じく1年Cクラスの弓削水月です。藍君が結界を壊してしまった原因は私なので。私からも、すみませんでした」
二人に謝罪に対して部長は一つ頷いた。
「まあ、こうして誤りに来てくれた訳だし、もう気にしなくていい。備品ということにはなっているが、実質私の魔道具だ。学校から補填も貰っているし、問題はない」
「魔道具って、寧ろ問題じゃ……」
魔法を補助するための魔道具だ。なければ実習など、多くの場面で弊害が出ると懸念する水月に、部長は返答する。
「いや……、まあ、問題は問題だがそうではない。頑丈さが売りの魔道具だったんだ。簡単に破壊されるようでは困る。これは寧ろいい機会だと思っているよ」
毎回壊されては困るけどね。と冗談を言うくらいなのだから、今回は本当に気にしていないのだろう。しかし――
「とはいえ許すにあたって一つ条件がある」
世の中そううまくいくものではない。
「え?」
「……何させる気だよ?」
嫌な予感しかしない。
藍の敬語が取れたのはきっと、敬意がなくなったから。
「名前を貸して欲しい」
案の定、碌な話ではない。
「それは――」
「何に使うんだよ?」
「いや何、そう大したものでもない」
「いいから言え」
とうとう命令までしだした。
「この部屋を見て思うことは何かないかい?」
「会員が少ない以外には何もないが?」
「それだよ! 分かっているじゃないか! この研究会にはこの私、赤金 累と、新入生の大谷吉彦君の二人しかいない! 解体寸前なんだ!」
現に部活としての存在を認められず同好会となっている。
それすら存続の危機だというの今の実情だ。
「知ったことじゃねぇよ!」
「…………」
血も涙もない話ではあるが、藍には関係ない話である以上は仕方がない。魔道具を壊したという負い目がないでもないが、それとこれとでは話が別である。
組織に所属するとなれば、時間的拘束を受ける上に柵も生ずる。いくら何でも釣り合わない。そうなるならば貯めに貯めた小遣いを放出した方が、学生らしくなくとも後腐れがないのだ。
魔道具も決して安価なものではないが、藍とてそこそこのお坊ちゃま。
普段使いがほぼない彼の所持金は、なかなかのものである。
様々な制約を受けるくらいならば、使い道のない金銭で解決する方が余程有益だ。
一方で、そこまで割り切れない水月は無言である。オロオロと視線を藍と累の間を行き来させるばかりである。
「頼む! 名前を貸してくれたら、後は何もしなくて構わないから!」
「まあ、どうせ部活入るつもりもなかったんだし、名前貸すだけで済むならいいんじゃない?」
その言葉を待っていたとばかりに口を挟んだのは、関係者の水月ではなく直だった。
「……お前がそう言うなら、それでいいか」
正しく、鶴の一声である。
「ありがとう! 本当に助かった! これで来年度まで安泰だ!」
ちなみに同好会の存続条件は会員3名以上である。
こうして藍と水月は魔法機構研究会に所属することになった。




