伍堂衛の魔法戦闘解説講座(入門編)
「水月ちゃんは、魔法戦をちゃんと見るのは初めてなのかな?」
直が水月に問う。
「……一応、学校対抗戦は見に行ったことはあります」
文面通り受け取れば水月の回答で問題ないのだが、直が確認したかったのはそこではない。
再度の問いかけ。
「うーん、なんて言うんだろう? 誰かにちゃんと解説してもらったりとか、そういうのして貰ったことあるのかな? って」
つまり魔法戦闘の際の駆け引きが理解できているのか? ということ。
それが分からなければ、大魔法の打ち合いとなる奥義戦闘に発展しない限り「地味な戦いで終わった」としか感じない。
否、仮に奥義戦闘に発展しても「凄い魔法だった」という感想で終わってしまう。
「すいません、そういう機会はありませんでした。中学では模擬戦も禁止でしたし」
「謝ることじゃないよ。模擬戦は、止められるだけの教師がいないとできないし、仕方ないね」
直に衛が続ける。
「せっかくだし、魔法戦闘のポイントも説明しておこうか」
「は、はい。お願いします」
「……とはいえ、いきなり藍の試合じゃ難しいかもだけど」
「平気じゃない? 藍も抑えないといけないところは抑えてるし」
「分かり難いけど、ある意味強調されてるとも考えられるか」
「藍君の魔法ってそういえばまだちゃんと見てないけど、凄いの? Cクラスだけど、南条先生に勝ったとか、よく分からないんだよね……」
ひとまず結論を出した直と衛に、今度は茉莉が問いかける。
「う~ん、藍がどこまでやるかにもよるけど、魔法力だけで言えば茉莉ちゃんとそんなに変わらないかな?」
「もっとも、藍は訓練でだいぶ底上げしてるから、一見圧倒的に見えるだろうけどね」
「へ?」
意外な返答に言葉に詰まる。
「藍には才能なんてないぞ。まあ、かと言って弱いって訳でもないけどな」
「最高戦力の一角、なんて言われてるけど、久賀家の人は特別才能に溢れるって感じじゃないね、藍の妹の青葉ちゃんは別だけど」
「茉莉ちゃんは見れば分かるんじゃないかな? 藍の凄さみたいなのが」
レイス、衛、直の話を聞いて、茉莉は気のない返事を返す。考えながら返事を返しただけで、信じていないとかそういう訳でもない。
「あ、そろそろ始まりそうですよ」
水月の声で訓練場の中心に視線を向ける。
藍が[槍]を組み上げクルリと回した。
「まず始めに、魔法戦闘は人体がそのまま耐えられるようになってないんだ」
「はあ」
いきなりと言えばいきなりな切り出しに水月は戸惑う。
「そこで魔力を纏って自分の攻撃の反動を吸収したり、相手の刃を防ぐ鎧とする」
「でも、貴重な『魔法演算能力』を使うのに、ただ纏うだけなんて言うのは勿体ない」
「これがよく言う<身体強化>の鎧だね!」
衛の説明を直が、直の説明を茉莉が引き継ぐ形で説明される。
「あ、なるほど、そういうことだったんですね! ……でもそれだと、あえて魔力を纏わない人もいるんじゃないですか?」
「そうそう、そこから駆け引きなんだ。あえて魔力を纏わない。それによって『演算能力』に余裕を持たせることで魔法の威力を上げる。あるいは発現速度を上昇させる」
「……でもそんなことして失敗したら死んじゃうし、普通はしないかな」
水月の疑問に答えた衛に、茉莉が補足を入れる。
「藍は結構やってるよな!」
「ああ……」
レイスと遠い目をした茉莉の会話は余談である。
ないものをひねり出そうとしたら、何かを犠牲にするしかないのだ。
訓練場の中心では藍と灯花が魔力を纏っていた。
藍は相変わらず[槍]をクルクル回しているが、遊んでいる様子はない。
「あれ? 藍君、魔力は纏ってますけど、[槍]には付けないんですね?」
「それも駆け引き。魔力を纏わせると、『占星術』で捉えやすくなるからね」
「実は『占星術』ってよく分からないのですが……」
「仕組みは単純だよ。『付加魔法』は使えるんだよね?」
「『属性魔法』だけですが、一応」
「『属性魔法』か。まあ平気かな? 『付加魔法』を使うとき、『情報世界』にアクセスして、改変する数値を見るよね。『属性魔法』でも一応程度には。でも数値は目まぐるしく変わるし、見て対応していたのでは間に合わない」
「はい、なのである程度予想して改変しますが、……なるほど」
「そう、その改変を行わないのが『占星術』、傾向としては魔法発動のときよりもっと先を予想するけどね」
「『占星術』も魔法戦闘には必須なんですよね?」
「そうそう、子供の遊びならともかく、それ以上は基本的に必須だね。なんでかと言えば――」
灯花が[札]を放った。
一瞬で“加速”して藍の目の前に迫る。
音速は優に超えているだろう。
金属へと変質された[札]に当たればただでは済まないが、藍は即座に魔力を纏わせ、[槍]で難なく薙ぎ払う。その上、態勢も整えぬまま灯花に突撃している。
灯花も距離を取ろうと下がっているが、藍の方が早い。このままならば追いつくだろう。
このやり取りがコンマ以下の僅かな時間に起こった。
「単純に反応が間に合わないんだよねー」
「なるほど……」
気が付けば水月達の回りには<結界>が張られている。
藍達の動きが音速を超えているため衝撃波が酷い。周囲には耳を抑えている者も多いが、<結界>が防いでくれているのだろう、水月や茉莉には問題がなかった。
<身体強化>はこのソニックムーブを防ぐ役割もあるのだろう。必須と言うのも納得である。
「ありがと、衛」
「直からすれば、心もとないかもしれないけどね」
「ソンナコトハナイヨ」
「拙くて悪かったね!」
そんなやり取りをしているが、衛の<結界>とて茉莉からすれば充分以上に精緻なものだ。
発動に気づかない程滑らかな魔力操作、そして隙の無い術式、衛がどれだけ使いこんでいるか分かるというもの。
「飛んだ!」
演習場では壁に追い詰められた灯花が岩の足場を生み出し上に逃れていたが、藍も宙に舞い上がり、難なく追い縋っていく。
「<身体操作>って<身体強化>よりも、<飛翔>の魔法の延長線だからね。空飛ぶ位は簡単にできるよ」
「実はそれもよく分からないんですよね。<身体操作>って何なんですか?」
「ぱっと見<身体強化>と変わらないし、分からないとそう思うよね。ああやって“移動”の術式と合わせて初めて効果が実感できる程度には地味だし」
「さすがに藍君が物理法則を無視してるのが分かりますが……、あれって<身体強化>ではできないんですか?」
「できねえな」
即答するレイスに対し、少し悩んでから水月に問いかける。
「水月ちゃんは魔法で空飛べる?」
「一応、魔力で足場を作ってその上に立つことはできるのですが、なんか飛ぶって言うのとは違うんですよね……」
「それは<天駆>っていう別の魔法だね。それも<飛翔>の魔法を覚える過程で必要だけど、やっぱり空を飛ぶのとは違う。そう、魔法で空を飛ぶのって難しいんだよ」
「はあ」
必要な知識なんだろうが、本題と離れていてどう繋がるのかが分からない。
「そこでだ、なんで魔法で空飛ぶのが難しいか? っていう話がそのままなんで<身体操作>が難しいか?って言う話に繋がるんだけど、なんで空を飛ぶのが難しいと思う?」
「う~ん、感覚としては、なんか浮かないんですよね? それでも無理やり使おうとしたら、千切れそうになったので止めたのですが……、なんでそうなったのかと言われると、分からないです」
「い、意外とアクティブだね……。ともかく丁度そこだよ、座標の概念が分かってないんだ」
「座標?」
「うん、座標だ。<魔弾>を使うときは自分が起点となるから、単純に前へ。と思えばそうできる。ではこれが対象を自分にしたときにどうなるか?」
「起点が自分で、作用点も自分になるので……、あれ?」
「そう、座標Oから座標10へ、って指令をしてもO点が動くから、いつまで経っても座標10には着かない」
「それだと無限に進みそうですけど?」
「ゴメン、正確には座標Oは動かされた時点で消失するんだ。もちろん座標10もね」
「術式が破綻してるんですね……」
0で割り算を行うようなものである。
「だからそもそも作動しないんだ」
それでも無理やり飛ぼうとするとどうなるか? 体の一部が起点となり、体の一部が浮き上がる。つまり千切れる。丁度水月が躓いたところである。
「それでは<身体操作>はどうやって?」
「細かい方法はいろいろとあるんだけど、結局はどれも起点を自分以外にすることかな? そして、自分に一括りにして掛けるのが<飛翔>、腕や、脚ごとに分割して掛けるのが<身体操作>って感じだ」
「なるほど、今度またやってみます!」
「あははは、応援してるよ」
「…………」
茉莉は知っている。それだけで使えるなら、何も苦労はないということを。
「見てると、藍君が一方的だよね。やっぱり凄いね!」
しかしやる気になっているところに水を差すこともない。
話題を模擬戦に戻す。
藍が灯花に[槍]を振るっていた。
灯花も[札]を武器に変えて凌いでいるが、その度に藍の[槍]に“切断”されている。
「まあ、一見するとそうだよね」
直が言う。
「一見すると、ってなんか含みのある言い方だね?」
「ああ、なるほど。橘さんの狙いはそういうことか」
「どういうことなんですか?」
「たぶんそろそろ始まるよ。『奥義戦闘』が」
「藍の苦手なやつだし、不安しかしないよね?」
やべ、初戦の組み合わせとして大いに失敗した。
ちなみに後半の<身体操作>関係の話はおまけです。内容的には中級編に相当します。




