エラノア
「んん……?」
エラノアが目を覚ましたのは、耳を劈くような爆音が聞こえた後だった。
だが頭が思うように働かず、自分がいる場所すら分からずにいた。
だが周囲を見渡せば、すぐに爆音の音がどこで聞こえてきたかは判明した。
「何だこれは……? 戦闘が起きている? いや、そもそも私はどうしてこのような場所に……?」
記憶の混濁が見られ、自身の最後の記憶と、今に至るまでの記憶がすっかりと抜け落ちてしまっている。
身体に異常がないことを確認した後、エラノアはいつの間にか抜いていた剣を鞘へと戻し、ゆっくりと戦闘音の聞こえる場所へ近づく。
その戦闘音が聞こえる場所は、エラノアのいる位置にまで明かりが届くほどに眩しい。
「あんたは……そうか、以前村に来た事があったな。確か、騎士団長様だな」
「っ?!」
突然声を掛けられ、エラノアは跳ね飛ぶ程に驚いて、剣を抜いてしまう。
油断していたつもりはなかったが、戦闘音に気を向け過ぎてしまったらしく、声の主が近くにいる事にすら気づいていなかった。
「あぁ、驚かせて済まない」
「い、いや。こちらこそ済まない。……私も貴殿に覚えがある。確か……」
「ガハドだ。以前、村へ立ち寄った際に一度だけ話した事がある」
言われて、エラノアは記憶を探り、記憶の中の人物と声の主――ガハドをすり合わせる。
確かに、その通りにこの村に立ち寄った際に話しをしたことのある人物に変わりなかった。
「そうか、貴殿も無事……ではなさそうだな」
「あぁ、あのクソ吸血鬼どもに手足を砕かれている。何とかここまで這ってきたが、これ以上は無理だ。だがこの命が尽きようとも、巫女だけは守って見せよう」
エラノアの目から見ても、満身創痍と判断出来る重症のガハド。
だがその痛みを感じさせない程の使命があるのだ。
それが、ガハドが傍らに置く獣人の少女であることは、一目で分かった。
「済まない、私に治癒魔法が使えれば、多少はその傷を癒やすことも出来たろうに……」
「構わんさ。この爪が砕かれようとも、オレにはまだこの牙がある。いざとなればこそ使える手段もあるしな。吸血鬼などに巫女は渡さんさ。だがそれよりも……あそこにいるのは、騎士団長様の仲間か?」
「何?」
ガハドがわずかに首を動かして示したのは、洞窟の奥の事だった。
絶えない爆音と衝撃音、そして閃光にも似た光。
今にも洞窟が崩れそうな不安に駆られる。
「あぁ、悪いが事情の説明を求められても困るぞ。オレも目を覚ましたのは音が聞こえた後だ。鼻も耳も良く利かないが、あのクソ吸血鬼どもじゃねえことは間違いねぇ。っつうてぇと、あれはやっぱりあの少年か?」
「少年……? まさか、ハヤト殿の事か?」
「あぁ、名前は知らねぇが、オレ達を助けてくれた人間の少年だ。何をしたかは知らないが、吸血鬼が手も足も出せなくなった様を見ている」
「そうか、やはりハヤト殿はそれだけの実力者だったか。兄上が負ける姿は見ているが、一度は手合わせをしてみたいところだな」
場違いな戦闘狂を垣間見せながら、エラノアはここで足を止めてしまう。
二人をここに捨て置くわけにも、かといって重症のガハドを見捨てる訳にもいかない。
「あぁ、そういえばもう一人……というよりもう一体いたな」
エラノアは歩竜の事を思い出す。
歩竜とは、道中でエメラルド・グリフォンと遭遇した際に別れてしまい、その後は見つけられずにいたのだ。
歩竜は知性が高く、戦闘能力も高い。
よほどの実力者と出会わなければ、歩竜が殺されることはないだろうこともエラノアは分かっていた。
「さて、来てくれると助かるのだが」
思い出したように、エラノアは懐から笛を取り出した。
竜笛という、非常に高い音を出すことのできる笛で、その特殊な音を歩竜は聞き分ける事が出来る。
エラノアが思いっきり笛を吹くと、その笛の音は音もなく広がっていく。
その範囲はどこまでかは賭けになってしまうが、その不安は的中することなく、数分程して歩竜が足音大きくやってきた。
「これは……歩竜か?」
「あぁ、私たちの旅の共をしている。慣れれば可愛いものさ」
「そうか……、まぁ、騎士団長様がそれでいいなら、別に構わないのだが……」
歩竜はすっかりとエラノアに懐いたのか、エラノアの頬に顔を摺り寄せて可愛らしく鳴いている。
「さて、来て早々に悪いが、その背中を貸してくれ」
「キュッ」
エラノアの言葉に頷いて答えるあたり、エラノアの言葉を的確に理解できているのだろう。
おもむろにガハドの前に近づいたかと思えば、その服を口で掴んで背中に放り投げる。
「なっ?! ぐっ」
歩竜の背中に放り投げられたガハドは、その痛みで呻く。
だが間髪入れずに歩竜は巫女の少女を背中に放り投げてしまい、ガハドの身体に乗っかってついにはガハドは気絶してしまった。
「キュッ」
「い、いや、流石に私まで乗っては、ガハド殿が可哀そうだ。なるべく衝撃少なく移動してやってくれ。一人は重傷だ」
「きゅっ」
と、エラノアが言う前にエラノアの意思を汲み取った歩竜は、ゆっくりとした足取りで来た道を戻っていった。
エラノアもその後ろに続く事にする。
確認は取れていないが、洞窟の奥にいるのが颯斗だと仮定した場合でも、なぜか手助けが必要だとは思えなかったからだ。
そのころには、感じていた記憶の違和感もすっかりとエラノアの中から消えていた。




