神代の遺物 ①
「さて、と」
気絶したエラノアをそのままに、颯斗は巫女に近づく。
そこでようやく気づいたのだが、巫女は既に目を覚ましていた。
だがよく見れば、その目は虚ろなままで焦点もあっておらず、まともは見えない状態だ。
この少女の心は現在、神代の遺物の居場所を聞きだすために繰り返された同族の無慈悲な拷問を目の当たりにし、とうとう自己を閉じ込めてしまっている。
結果を見れば、吸血鬼達の行いは無駄どころか逆効果になってしまったという事だ。
「大丈夫。僕は敵じゃないよ」
座り込む少女と視線を合わして、颯斗は優しく語りかける。
その言葉が届いたのか、ピクリとだが少女が反応した。
「まだダメそうだね」
可哀想に、とでも思うのなら、少女の記憶を消すことは颯斗には容易い。
虐殺の記憶も、天災による被害に書き換えれば幾分か心が落ち着く事だろう。
だが颯斗は、そんな事をするつもりは無かった。
これは全て少女の問題であり、颯斗は少女から何も求められていないからだ。
たとえ壊れた心でも、少女の心は誰かに救いなど求めていなかった。
ならばこそ、彼女はいずれ自らで立ち直るかもしれないし、誰かほかの者が救いになるかもしれない。
少なくとも、それは颯斗ではないだろう。
颯斗は少女を肩に担ぎ、洞窟の更に奥に進む。
この洞窟は複雑に入り組んでおり、更には隠し通路や、多彩な罠が多く盛り込まれているが、ここまでくれば後は単純に、最終的に行き止まりに辿り着く。
だが実際に、そこは行き止まりという事ではない。
非常に高度な幻術の魔法が施されており、触感から何からまで壁がある様に見えるが、その先は一際広い空間となっている。
しかしこの幻術の壁は、フェルドの毒の魔力も、分厚い金属板すら貫く吸血鬼の膂力、彼らの持つあらゆる魔法でさえ突破できない代物だ。
その魔法の基盤となっているのは、今の技術とは比べ物にならない程に複雑で、解析すらままならない。
それゆえに遥か昔からここに隠され続けている。
それは颯斗の見聞きしただけで魔法を再現する力があっても、即座にという訳にはいかなかった。
「まぁ、その為に鍵があるんだけどね」
颯斗は担いだままの少女を地面に置き、その腕に傷を付ける。
瞬く間に溢れる程に血が流れ、放っておけば死ぬだろう前に、その壁に少女の血で颯斗は魔法陣を描く。
それは少女の記憶から抜き取った、この幻術を破る正当な方法だ。
少女が危険な域に入る前にその傷を癒している間に、魔法陣は光を発し、ガラスの割れるような音と共に幻術は破られ、その先の広い空間を颯斗の目に映し出した。
「おぉ」
思わず息を呑むような光景が、そこにはあった。
洞窟内の最深部、その幻術の壁の先は、床中至るところに張り巡らされた複雑に絡まる太いコードに、何かの機械が置かれており、少々歩きづらいが、まるで研究所のようだった。
だが何より目を引くのは、その研究所の中心に大きく陣取る巨大な水槽である。
鮮やかな青の液体がびっちりと詰め込まれており、その中にはコードに繋がった恐らくは人であろうと思われる姿があった。
文明的に見て、地球と比べて劣ると思っていた颯斗だが、ここだけはまるで現代と変わりないように見える。
無論、その中身がどうであるかは颯斗は把握出来ていないが、その好奇心に突き動かされて颯斗は研究所の中に入っていく。
「これは、僕には読めないね」
研究所を軽く見て回ると、幾つかの書物を発見することが出来た。
それらは長い年月の経過を感じさせない程に綺麗なままだが、その中の文字を颯斗は読む事が出来ないでいる。
実際の所、颯斗は今現在使っているこの世界の言語すら、読み書きは出来ない。
召喚当初、絶え間なく押し寄せる数多の心の声を聞くうちに、颯斗は言葉を理解し、話すことが出来るようになっていた。
颯斗には錬金術師の知識があるが、それは持っているだけで理解出来ている訳ではないのだ。
「とりあえず、やっぱりあれかな?」
一人口にしながら、颯斗は人の入った水槽に近づく。
気づいたのは、水槽の中の人は全裸であること、女性である事で、そして生命反応が無いことが一番だった。
だが死んでいるのとは違い、颯斗の探知魔法に反応はなくとも、確かにその女性から魔力を感じる事が出来た。
あえて近しい反応を言えば、颯斗が造った魔法生物であるスライムが似たような反応をしている。
「複雑さをいえばケタ違いのようだけどね」
その造形を見れば、紛れもなく人にしか見えない。
だというのに、人ではない反応があるというのは、僅かながらに芽生えつつある錬金術師として、解剖して隅々までその仕組みを理解したい気持ちになる。
「とはいっても、分かんないんだよね」
複雑に絡むコードに、どれが何の役割を担っているのかも分からない機械。
「よし」
考える余裕があるが、理解出来るとも思えず颯斗は水槽を破壊しようと水槽を叩き、その強度を確かめる。
透き通るような透明度だが、強度はそれなりにあるらしい事を確かめ、力加減を見極めて拳を振るう。
パンッ、と小気味よく大気を震わせながら打ち込まれた颯斗の拳は、水槽に触れるか否かのギリギリの境で寸止めされる。
その数瞬遅れて、颯斗の拳の先の水槽に亀裂が走る。
音速に近い打撃が生み出す衝撃波によって、水槽が割れ始める。
そうなれば颯斗は後ろに下がり、水槽が砕けるのを待つだけで、やがて水槽は大きな音と大量の水と共に粉々に砕けた。
その結果、水槽に浮かんでいた女性は身体に繋がれていたコードが外れ、水槽の床に倒れ込む。
それからしばらく、颯斗は立ち止まったまま、女性が動き出すのを待った。
手順を踏まなければ動かないという可能性もあったが、颯斗の目に映っているのは大気中の魔力が女性に集まる光景だ。
というよりも、吸収しているのが正しいだろう。
時間の経過と共に、魔力の吸収量も落ちてきている。
それから間もなくして、女性が立ち上がり始めた。
その立ち上がりの動作から見ても、人間にしか見えない。
「これが神代の遺物?」
立ちあがった女性は、そのまま固まったように、視線を颯斗に向けて動かなくなる。
獣人たちが長く守ってきたというには、それだけの価値が本当にあるのかと颯斗は疑問を感じてしまう。
「#%*%*#%*n^」
ようやく女性が口を開いたかと思ったが、颯斗の耳に届いたのは聞き取れない言語だった。
だがその意味を考える必要はない。
何故なら、女性は言葉よりも雄弁に、颯斗に向かって身震いするような殺意を向けてきたからだ。
つまる所その言葉の意味は、侵入者を排除する、ということに他ならない。
次の瞬間、強烈な一撃を食らって吹き飛んだのは、颯斗の方だった。




