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平和な世界の最強勇者  作者: 白楽
第二章
32/36

騎士・エラノア


「全ては我が君の為に」


 颯斗の魔法が発動して間もなく、颯斗の足元で仰々しく傅く一人の男の姿があった。

 吸血鬼・フェルド。

 800年を生き、伝説の時代を生き抜いた怪物の姿はそこにはなく、颯斗に対する忠誠心だけを垣間見ることのできる姿を晒していた。

 

 心を読む魔法。

 他者の記憶を改竄する魔法。

 そして他者の精神を操る魔法。


 これら三つの魔法は、颯斗にあらゆる可能性を見せていた。

 

「まぁ、今のところ用ってこともないんだけど、でも一つだけ。調べてきてほしい事があるんだ」

「はっ、何なりとお申し付けください!」


 主人の命を待つ犬の様に、颯斗の言葉に喜びを表現するフェルドに、颯斗は要件を伝える。

 その内容は、吸血鬼としての才と、フェルドの能力があれば十分に達成できる内容だった。

 むしろ、フェルドにとっては屈辱的なまでに簡単な命令だろう。

 しかし今のフェルドが、颯斗に対して一切の疑問を感じる事も、反抗することもない。

 それどころか、颯斗からの命令に打ち震え、これまでにないやる気と充足感に満ちている事だろう。


「我が君の命! 必ず!」


 一目で分かるやる気十分な様子のまま、フェルドが地面に溶けるように消えていく。

 吸血鬼が好む、影に潜む高速移動術だ。


「さて、そろそろ出てきたらどうだい? エラノアさん」


 フェルドがいなくなって訪れた静寂の後、颯斗は後ろを振り返って闇に向かって声を掛ける。

 それから間もなく、一人の少女が姿を現した。

 エラノア・ハース。

 少し前に出会った頃と比べれば所々に傷が付いているようだが、以前とあまり変わらない様子で颯斗の正面に出てくる。

 

「私に気づいていたのか?」

「ん、いや。正直な所、気づいたのはついさっきだよ。ここも随分と血生臭くてね。それにさっきの人の存在感が大きすぎて、僕の感知からエラノアさんが入ってなかったからね」

 

 颯斗の正面に立つエラノア。

 だがその雰囲気は、馬車の中で二人で過ごした時と比べて明らかに異なっていた。

 ピリピリとした緊迫感を感じる殺気。 

 エラノアが颯斗を見る目は、以前と違っていた。


「さて、まずは聞きたいんだけど、一体どこから見ていたんだい?」

「ほう、私に見られている事を分かった上で、弁明をするつもりもないのか? そして答えるならば、私がここに来たのはついさっきの事で、あまりよく分かっていないというのが今の状況だ。ハヤト殿が救ったという村人とも話をし、その上でここに来たのだが……どうやら、この状況が私の思っている通りならば、残念な事に私はハヤト殿を斬らねばいけないらしい」


 エラノアが真っすぐな眼差しで颯斗を見つめる。

 だがそこに、信頼や友情など欠片もない。

 倒すべき敵としての、純粋な騎士としての信条に突き動かされた、揺るぎない意思だけがあった。

 今は抜かれていないエラノアの剣も、颯斗の言動次第では音もなく振り抜かれ、颯斗に迫る事だろう。


「ふうん。でもその様子だと、僕が何を言ったところで僕を見逃して、一緒に帝国に行ってくれるってのは果たせそうもなさそうだね」

「無論、私もハヤト殿を良く知っているわけでもないが……今のハヤト殿を信じるには、疑う点が多すぎる。その疑問に一つずつ答えてくれるならば、今しばらくはこの問答にも付き合うというものだが」


 エラノアの手が、微かに剣の柄に触れる。

 そして僅かだがエラノアの身体から魔力が溢れ出す。

 

「だがそれよりも私が知るべきなのは、先ほどの男――吸血鬼に命じた事だ。答えてもらおう! 何故、王の事を調べようとする!?」


 エラノアが聞いた、颯斗がフェルドに命じた内容。

 それは、ルーテリア王国が国王の身辺を調べさせる事だった。

 それはきっと、颯斗が知りたい情報に近づくという、予感があった。


「それはエラノアさんが知る必要もない事だよ。そこまで踏み込んでしまってはいけない。貴女は大人しく、何も知らず、何も気づかずに騎士を好きなだけ演じていればいい」

「……なるほど。アリシタ殿の懸念がようやく理解出来た。ハヤト殿、一度自分の顔を鏡で確認して見たらいい。だが……ハヤト・カガミ。貴様は危険な存在だ! 今この場で、ルーテリア王国第三騎士団長・エラノア・ハースがここで斬り捨てさせてもらう!」


 エラノアの身体から、抑え込んでいたかのように膨大な魔力が解放され、瞬間的にエラノアの身体能力が何十倍にも跳ね上がる。

 地面が大きく窪む程の踏み込みでエラノアは一気に颯斗との距離を詰め、その最中に抜剣を済ませ、せめて苦しまないようにとその首を一撃で断ち切らんとする。

 顔見知りとはいえ、躊躇はなかった。

 だが、


「遅いね」


 エラノアの剣が、颯斗に届く事はない。

 颯斗はエラノアの剣を完璧に捉え、指二本だけで止めた。


「何っ?!」

「速いだけじゃ僕には届かないよ」


 颯斗はエラノアの剣を指二本で掴んだまま、軽い動作でタオルを振るかのように左右に激しく振り回す。

 その動きに合わせ、剣の柄をしっかりと掴んだままのエラノアが激しく宙で揺れ動かされる。

 それでも剣を手放さなかったのは、さすがといえた。


「ぐっ、ぁ……」

「まぁ、やっぱりこれぐらいだよね」


 天才騎士と聞いていたが、今の颯斗がエラノアから得られる事はない。

 明らかに落胆した様子の颯斗は、その失望を隠すことなく振り回されて頭が混乱しているエラノアに近づき、その頭に触れる。


「くっ、何をする気だ!」

「何か……まぁいいや」


 エラノアの言葉に何か思う所があった颯斗だが、構わずにエラノアに魔法をかける事にする。

 エラノアも必死に颯斗から逃れようとするが、当然颯斗の力に敵うはずもなく、あえなく颯斗の魔法の餌食となった。


 エラノアは魔法のショックで気を失ってしまったが、目を覚ました時問題なく忘れている事だろう。

 もしかしたら、またこのような場面が来るかもしれない。

 万能な力がもたらす全能感に酔いそうになりながらも、颯斗は自分を制する事に努力していた。

 そうでもしなければ、いつか大きな過ちを犯す気がしてならなかったからだ。

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