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平和な世界の最強勇者  作者: 白楽
第二章
30/36

吸血鬼・フェルド ②

ブックマークありがとうございます。



「ふうん?」


 僅かに首を傾げ、脳裏に過る微かな違和感を颯斗は探る。

 目の前の男――吸血鬼の動きを止めているというのに、それが実際に成っていないかのような感覚があった。

 無抵抗なまま颯斗に対して抵抗する素振りが見えないのに、吸血鬼を捕える魔眼は通用していないという、確信があった。


「どうした小僧? 私の動きを止めただけで、他に何もないのか? 仮にも私の部下を殺して見せたのだ。これだけではあるまい」


 余裕な笑みを浮かべる吸血鬼――フェルド。

 いや実際に、余裕があるのだろう。

 

「なるほどね。これじゃ足りないんだね」


 単純な力量の違い。

 少し前に颯斗が遭遇し、瞬殺した名も知らぬ吸血鬼とは桁違いに強い。

 だから魔眼が効きにくいという、単純な答え。


「ふむ。恐ろしいと感じたのは気のせいだったか」


 警戒を強めた自分を恥じる様に、落胆の表情を見せるフェルド。

 途端にその身体から黒い靄のような魔力が沸き上がり、次の瞬間には颯斗の魔眼の力が強制的に解除される。

 その魔力を間近で感じ、颯斗は息苦しさを覚える。

 魔力に圧せられるというのは、颯斗にとって初めての経験だった。

 実際のその総量は颯斗が圧倒的に勝るであろうが、フェルドの魔力は異質も異質。

 この世のあらゆる悪意を煮込んだような、悍ましい魔力は颯斗に圧迫感となって威圧した。


「あはっ」


 だがその圧迫感、嫌悪感すらも未体験だった颯斗は、思わず笑ってしまった。

 魔力だけで自分に危機感を与える者がいる、という事実に、笑うのを我慢出来なかった。

 

「何を笑っている? 私の魔力に当てられて気でも狂ったか?」

「いいえ、逆ですよ。これは何というか、そう。期待しているんですよ。貴方なら、もしかしたらって思っているんですよ。ですから、どうか僕の期待を裏切らないでくださいね?」


 颯斗が何を言っているのか、フェルドは理解出来なかったし、理解しようともしていなかった。

 それよりも彼が気づいたのは、颯斗が背負っている獣人の少女だった。

 『巫女』。

 今回の任務において、重要かつ最大の鍵となる獣人を、颯斗は連れてきている。

 未だ遺物へ辿り着けていないフェルドは、『巫女』を傷つける事は叶わない。


「貴様が私に何を期待しているかは知らんが、その小娘は渡して貰おう。貴様には過ぎた玩具だ」

「そういえば貴方達の目的は、この子から神代の遺物とやらの居場所を吐き出す事でしたね。だったら代わりに僕が教えてあげますよ。簡単な事ですよ。この子の血を一定量、この洞窟の奥にある空間に流すだけです」

「……何故貴様がそれを知っている?」

「僕は人の心が読み取れる、って言っても信じられないでしょう?」


 颯斗が言っている事が真実か、否か。

 それはフェルドにとって、大した問題ではなかった。

 依然として彼の目的は神代の遺物であり、巫女でしかない。

 得体の知れぬ颯斗は、彼にとってはただの障害でしかない。

 それに、部下を多く失ったという不始末は、どのみち自らで拭わなくてはいけない。


「ちっ、使えぬバカどもが」

「ん?」


 フェルドは部下の事を思い出し、不快な気持ちになる。

 多少は使えると信じた部下が、目の前の小僧に敗れたという事実が、尚不快な気持ちを加速させた。

 だが、今はそれはいい。

 その気持ちを飲み込んで、フェルドは笑った。

 感情を飲み込む術は、彼の長すぎる時の中で培った最初の技術だった。


「小僧。貴様が何を考えているのかは分からん。だが、愚かにも私の前に立ち、この私に歯向かったのだ。もはや簡単には死ねぬぞ。その血の一滴まで絞り尽くしてやろう」


 殺気を露わにし、黒い靄のような魔力を放出させるフェルド。

 上がった広角から鋭い牙が覗き、その紅い瞳が何より輝く。

 

「あぁ、楽しみだなぁ」


 少女を隅に置き、丁寧に傷がつかない様にと結界魔法を施した上で、颯斗もフェルドに向き直る。

 この世界に来て、初めての感覚に颯斗の気持ちも昂っていた。

 元来、戦いに高揚を覚えるような性格ではなかったが、この世界に来て颯斗は変わりつつある。

 それがいずれ世界にどのような結果を招くかは、誰にも分からない。




 * * *


 フェルドの身体から滲む黒い靄のような魔力が、地面を伝って颯斗に忍び寄る。

 颯斗は数瞬の間にフェルドの行動に気づき、後ろに飛ぶように避けた。

 その間もなく、地面より颯斗が先ほどまでいた足元に鋭い黒い槍が飛び出す。


「ほう、魔力探知は中々のようだな。だがこれはどうだ?」


 黒い槍はフェルドの魔力が形となったものだが、この一手はフェルドにとって陽動に過ぎなかった。

 颯斗が飛んで避けたその先を狙った様に、壁から黒い槍が飛び出す。

 フェルドの魔力操作も並みではなく、その速度はルーテリア王国王国魔導士であるティナに勝る程で、颯斗は避ける間もなく黒い槍に直撃する。


「これじゃぁ僕には届かないよ」


 だが軽い口ぶりで返ってきた颯斗の声に、フェルドは眉を寄せる。

 フェルドの黒い槍は、颯斗に直撃した瞬間に颯斗自身の頑強さに負けて砕け、傷一つ付ける事は出来なかった。

 

「まさかこの程度じゃないよね?」

「ちっ、なめるな小僧!」


 颯斗の頑丈さはフェルドにとって予想外だったが、フェルドの手はこの程度では尽きない。

 形となって固まっていたフェルドの黒い魔力は、粉々に砕けて地面に散らばる。

 だがそうなったとしても、フェルドの管理下から外れる訳ではない。

 むしろ余計にフェルドの手を増やしただけだ。

 地面に数十の塊となって砕けた黒い魔力は、蠢き、今度は颯斗を囲う檻へと変化する。

 それだけに留まらず、黒い魔力で形成された檻は一斉に内側に向かって無数の槍へと姿を変えた。

 避ける隙間も与えぬ、尚且つより強固に固めた魔力だ。

 

「これも無駄」


 しかし、それでも颯斗を傷つけるには届いていなかった。

 無数の槍は、無数の欠片となって暗い洞窟に紛れる。

 互いが人外の域でなければ、一寸先も見えぬ闇の最中での戦いだ。

 颯斗も、フェルドも昼間の様に見えていた。

 

「魔力防御の高さは認めよう。だが、所詮は子どもだな」

「ん? ――――ゴホッ、ゴホゴホッ!」


 フェルドの勝ち誇ったような顔に、颯斗が首を傾げた瞬間、颯斗は激しくせき込む。

 手のひらを見れば、そこに血が混じっていた。

 

「これは」

「私の魔力を無遠慮にそれだけ吸い込んだのだ。私の魔力は魔力を侵す。もはや長くは持たんぞ、小僧」


 吸血鬼をよく知らぬ颯斗だからこそ招いた、この結果。

 吸血鬼は人の血を啜り、永劫とも思える時を生きる種族であり、その身に闇の業を担って誕生する。

 光に嫌われた種族は、その身体に歪さを蓄える。

 霧状となったフェルドの黒い魔力は見た目通りの邪悪さで、颯斗の身体を内側から蝕んでいた。

 これは、長くを生きたフェルドだからこその特性ともいえるが。


「な、なるほど。ごほっ、これは、勉強になったよ。僕はこういう毒には弱いんだね」

「ほう? 私の魔毒にもまだ耐えるか。同族でさえも数分と持たぬというのに、人間にしておくのは惜しいな。どうだ小僧、同族になるつもりはないか? 貴様ならば、女王も気に入るやもしれん。あの役立たずどもよりかは幾分もマシだろうしな」


 颯斗の戦闘能力の高さを見込んで、フェルドは颯斗を勧誘する。

 放っておけば、数分で命を落とすとフェルドは予測している上で、その能力を失う事は惜しいと感じた。


「その気があるのならば、私の血を飲め。当然、拒めば命はないぞ」


 フェルドは自らの魔力を変化させ、刃として手のひらに傷を付ける。

 傷口から血が滴り、地面に落ちる。 

 

「ははっ、冗談じゃない。それに、貴方が僕を誘うんじゃない。僕が貴方を誘うんだよ。そしてこういうんだ。――断れば殺す」


 颯斗の身体から、殺意が溢れ出す。

 それは魔力として形となり、周囲を明るく照らす程に膨大な量として洞窟を揺らした。

 その魔力に、フェルドは思わず気圧されてしまう。


「ほう?! まだこれほどの力が残っているとはな! だがその力、ますます欲しいぞ!! しかし、その態度は気に喰わんな。徹底的に忠誠を誓う様に調教の余地がありそうだ」

「それは奇遇だ。僕もそう思っていた所だよ。ちなみに貴方の部下だと思う女性は一万回ほど殺したら壊れてしまったけれど、貴方は壊さないであげるよ」


 余裕の笑みを浮かべる颯斗。

 だがその顔色は、依然として悪いままだった。

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