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さて、何度も言っている気もするが、アイギスでの戦いは基本水中でである。
水中戦の為の準備が必要になるのだけども、基本的には水中活動用の魔法を使えばそれで終わりだ。
だけど、ここには水中戦用のパワードスーツも多数配備されていて、それを着込んで戦うの者も少なくない。
実際に俺も一度試してみたのだけども、動作補助のための人工筋肉などをオフにすれば、逆に動きが阻害されるようなこともなく、スムーズに動く事が出来て確かに快適だった。
さて、なんで今こんな事を話すかと言えば、当然だけどその水中戦の真っ最中だからだ。
因みに、人数も増えたので今は班分けをして戦っている。
まあ大体二チームに分かれてなんだけども、片一方俺が、もう一方にミランダが付く形で実戦訓練を含む形で戦っている。
まあ、実戦訓練と言っても実際の所俺が何か教えるなんてほぼ無いんだけど・・・。
多少の連携のタイミングなどのアドバイスとか、戦う様子を見て気が付いた事を指摘するくらいだ。
そんな実戦なのだけども、今回はさっきも言った水中戦用のパワードスーツを着てやっている。
実際の所意味はないのだけど、状況に応じて使える物は使う感覚を養う意味では有効かも知れない。
どう有効かはハッキリしている。
まず第一に、自分で水中活動用の魔法を戦闘中に常時展開し続ける必要がない点だ。
これによって、魔法の展開に一つ余裕が出るし、万が一にも展開していた水中活動用の魔法が阻害されるなどして効果が切れたとしても、溺れる心配をしなくても良いのは大きい。
そして第二に、防具としても十分な期待が出来る点だ。高位ランカーの戦いは基本的に防御は全て防御障壁によってなされている。自身の魔力や闘気によって展開された防御障壁程、信頼できる防御手段はないのだけども、それでも、万が一の為の保険をつけておきたい気持ちになるものだ。
パワードスーツには、オプションとして魔晶石を設置して、その魔晶石の魔力を全て使った防御障壁を緊急時に展開でき寝様にする機能が備わっている。
これによって、万が一にも自分の防御障壁が破られるような事態になったとしても、致命傷を受ける可能性をほぼ無くしてくれる。まさしく、もしもの時の為の切り札に成り得るのだ。
後、パワードスーツには武装も当然組み込まれているので、魔力や闘気が尽きてきてもある程度戦える点も利点の一つだ。それだけでも生存確率を大幅に引き上げる事が出来る。
そんな訳で、例えば魔域の活性化などの非常時などには、A・BランクやSクラスでもパワードスーツを着て戦う者も居たりする。
まあ、大概は装機竜や装機人を駆って戦うので、本当に少数だけども、居ない事はない。
安全を確保するなら、パワードスーツ着てからグングニールに、装機竜人に乗るのも一つの手だし、その辺りを考える良いキッカケになるかななんて思ってもいるのだけども、果たして本人たちはどう思っている事やら?
「シャクティは少し視野が狭いな。もっと俯瞰的に、戦場全体を見回す様に」
なかなか無茶な要求な気もするが、Sクラスならばそれくらいできないと別の意味で危険だ。
自分の戦いにばかり集中して、周りが見えていないとウッカリ攻撃に味方も巻き込んでしまいかねない。そんな事になったらそれこそ大惨事になりかねない。
自分の為にも、味方の為にも広い視界を持てるようになるのは急務なのだ。
「ノインは予測がまだ甘すぎる。戦場全体の動きから次の予測をして行動を決めていく。それが出来ないとこれからの戦いは難しいぞ」
別に全ての未来を予測できるようになれなんて無体な事を言うつもりは勿論ない。
ただ、戦場全体の流れを掴めるようにならないと、Sクラスどころか、Aランク上位以上の魔物の相手をするのは難しくなってくる。
Aランク上位の魔物で既にそんな非常識の塊のような脅威なのだ。で、Sクラスの魔物と違って、Aランク上位の魔物は魔域の活性化なんて非常時でなくても、結構な数がまとまって現れるのも珍しくなかったりする。そんな時に戦場の流れを読み取って、次の動きを予測できないのは致命的だ。
そんな訳で、戦いに身を置いている以上は絶対に覚えてもらわないといけない。
まったく、本当にこの世界は優しくない。
あまりにも厳しすぎると思うのだけども、十万年前は今とは比べ物にならないほど過酷だったのだ。この程度で泣き言をいってはいられないだろう。
なお、今日の殲滅、もとい討伐対象は十メートル近い巨大なマグロの魔物で、A+ランクの極めて危険な魔物だ。その身は極上の一言に尽きる美味で、刺身や寿司で食べた時の感動と言ったらなかった。
トロは口に入れた瞬間にとろける程に柔らかく、しかも後味にしつこさが一切残らない、むしろ爽やかな程の油の旨みを感じさせる。赤身は何処までもシッカリとした身の旨みが凝縮していて、噛めば噛むほど極上の味が口の中に広がっていく。
まさに至福の一言だった。
天然の極上わさびをピリリと効かせて、濃厚な醤油の風味と共に味わう。
うん。元日本人としてどうやっても逆らえない極上の味わいだったよ。
正直、狩り尽す勢いで乱獲するつもりだ。
地球でなら環境破壊だ生態系の破壊だと批判の嵐だろうけれども、ここは地球ではなくてネーゼリア。しかも相手は異界から攻め入る魔物だ。いくら殲滅した所で文句を言われる筋合いはない。
ああ、ワサビ塩で食べるマグロのカツも良いかも知れない。
それにレアのマグロのステーキ。味付けは当然ワサビ醤油。或いはワサビ塩。
それから、ネギマ鍋も良いな。マグロの旨みが染み込んだネギが格別だ。
アラでとった出汁でしゃぶしゃぶにしても良い。白髪ネギを巻いてゆずの香り高いポン酢でいただく。
それに、日本風の食べ方も良いけど、エルフの調理法で仕上げられた料理の数々もこれまた、信じられない程の極上の味だ。これまでに食べた事の無い料理の数々が、新鮮な驚きとともに最高の幸せを送ってくれる。
イヤイヤ、この後のマグロ尽くしじゃなくて、シッカリと戦いの様子を見ていないと。
相手は百匹近い群だけども、シャクティらSクラスを含むパーティーだ。俺が手を出さないでも危なげなく戦えている。
だけど、ところどころにスキが出来てしまっている。その意味ではちょうどいい相手だ。
楽勝で倒せる相手ではなく、実力的にある程度拮抗しているけど問題なく倒せる相手だからこそ、戦いの中での問題点や課題が浮き彫りになりやすい。
実戦訓練の相手としてはまさにうってつけの相手だ。
とりあえず全員の現段階での問題点と課題も浮き彫りになって、指摘出来たところで戦いも終わり。
「うん。まずまずかな。みんな今日指摘したことをよく考えて、次までに改善出来るようにね」
なかなか無茶な要求だと思うが、まずは自分の欠点を自覚して、どうしたら克服できるかを真剣に考えてもらわないといけない。
倒した魔物を全て回収して引き上げると、全員がぐったりとしている。
この程度の戦いで疲れるほど軟な鍛え方はしてないはずなんだけど、自分の欠点がハッキリと浮き彫りにされるのはやはり精神的にくるものがあるのだろうか?
「ああ憂鬱・・・。会いたくない・・・」
そう思ったら何やらユリィが深刻そうにしている。
会いたくないって・・・。
ああ、そう言えばこれからこの防衛都市の指揮を執っている総司令官。ユリィの兄である第一王子、つまり王太子と会う約束があったんだったと思い出す。
どうやら彼女たちが元気がないのは実戦訓練で疲れたからではないみたいだ。
しかし、なんで兄に会うだけでそんなに深刻そうにしているんだ?
本気で心の底から嫌そうにしているのに首を傾げる。
「単に兄に会うだけなのにどうしてそんなに嫌がっているんだ?」
まるで理由が解らないのでさっさと尋ねるのだけど、ユリィだけじゃなくて、ケイもシャクティも、ヒルデもクリスも、要するにその人物の事を知っている全員が心の底から嫌そうな顔をする。
一体どうしたというのだ?
彼女たちのこんな態度を見たのは初めてだ。
どうしたのだと聞くと、なんとか答えてくれたのだけれども、これが余りにも予想外で思わずたじろいでしまった。
曰く、これから会うユリィの兄、ユグドラシル第一王子シュトラは、とうの昔に王位を継承していなければならない立場にありながら、アイギスの総指揮官の地位に固執して、百年以上もその地位に居続けるどころか、ミスティルティンに戻ろうとすらせず、政治にすら係わろうともしないのだとか、
それだけでも随分な問題児だが、ユリィたちにとって問題なのは彼が末の妹であるユリィを度が過ぎて甘やかすのと、ロリのけがあるらしく、ケイなどは本気で身の危険を感じる程にデレデレで接して来る事だそうだ。
どうにも、彼女たちは昔の記憶が身に沁みついていて、トラウマに近い苦手意識が刷り込まれているらしい。
・・・ロリの辺りでアリアとノインが悲鳴を上げたけども、うん。気を付けてとしか言えない。
それよりもなんだろう。何か話を聞いている途中から自分の身の危険をヒシヒシと感じるのだけど?
気の所為だよね?
まさかそんな事はありえないでしょ?
一国の王子、しかも次期国王だよ。そんな特殊性癖なんて持っているはずないって・・・。
うん。これ維持用は不遜に、無礼に当たるから考えちゃいけない。それ以前に、万が一にもそんな性癖があったら問答無用で王太子の座から引きずり降ろされているって。
うん。流石にショタのけまであったりするはずがない。
「・・・それは、随分と個性的なお兄様なのね」
個性的で済ませて良いレベルなのか? と思わなくもないが、それ以外に表現のしようがない。
ミランダをしてドン引きさせるエルフの王子の残念さは衝撃的過ぎる。
これも所謂、長く続き過ぎた平和が生んだ腐敗なのだろうか・・・?
イヤ、これは明らかに違う・・・。
正直、あの王の後継者がそんな残念な事になっているとは夢にも思わなかった。
イヤ、性的嗜好が若干個性的なのと、脳筋なのを除けば十分に優秀なのは間違いない。
現に重要な防衛拠点であるアイギスの総指揮官の役割を十二分に果たしているのだ。実際に会いもしないで、おかしな評価をつけるなんて言語道断だ。
そうは思うのだけど、これから会うのが非常に気が重くなってくる。
「多分、あの兄の事だからアベルも大変だと思うけど・・・。ガンバってね」
その一言は本気で聞きたくなかったんだけど!!
ヤバイ。本気で身の危険が迫っているかも知れない。
俺はユグドラシルで初めての、それも最大級の騒動が目前に迫っているのをようやく知った・・・。




