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避けては通れない難関に挑む時がとうとう来た。
ユグドラシル第一王子にしてアイギスの総司令官。ユリィの兄であるシュトラは俺にとって天敵に等しい人物かも知れない事がついさっき判明した。
出来れば逃げ出したい気持ちにかられたけれども、事前に面会の約束をしてあるのだからそうはいかない。
できれば、事前に知り得た情報通りの人物でない事を祈るだけだ。
アイギスの街の半分を占める。象徴とも言って良い海に突き出た要塞。その中枢に位置する総司令官の私室に今俺たちは案内されている。
さて、本当に王太子シュトラはどんな人物なのだろうか?
年齢は百五十歳になるらしい。実力はSSS+ランクで指揮官としての才能に優れているのは知っている。外見的には父メリアスに似た美形なのだろうか?
これで、ネタキャラ的なボディービルダーのようなマッチョエルフだったらどうしよう?
と言うか、これまで見かけなかったけれども、実際に居たとしても不思議ではないのかも知れない。
魔法による砲撃戦が戦闘の主体とはいえ、当然、剣などで最前線で戦う近接戦闘を主体とする者も少なくない。でまあ、当然ながら彼らは自分の肉体をこれでもかと鍛え上げている。
中には本当に筋肉の塊のような冒険者もある意味で珍しくはないし、当然ながら、魔法よりも剣を好み自らの肉体を極限まで鍛え上げる。そんなエルフがいたとしてもおかしくはない。
何か見たいような見たくないような。本当に居たらどうしようなどと現実逃避をしている内に目的地に着いてしまった。
俺の立場上、面倒臭いから出来れば王族なんかと関わりたくないとはいかない。
そもそも、王族を五人も仲間に、弟子にしていながら今更何の冗談だと鼻で笑われるだけだ。
「シュトラ司令。ユリシス王女殿下とアベル殿をお連れしました」
「通せ」
さていよいよ対面だ。
ここまで案内して来た騎士はここから先は入ってこないようだ。
開け放たれた扉を括ると正面に穏やかな笑みを浮かべながらも、射るような視線を向けて来るエルフの青年が一人で出迎える。
部屋の中に他の人の気配はない。彼一人だけのようだ。
つまり、この青年がユリィの兄。王太子シュトラ。
「良く来たなアベル殿。それに久しぶりだなユリィ。元気そうで何よりだ」
「初めましてシュトラ司令」
「お久しぶりです兄様。兄様もお元気そうで何よりです」
無難な挨拶を交わすけれども、ユリィ。明らかに心がこもっていないぞ。
王に似て均整の取れた美男子で、物腰も柔らかいが。鋭い刃のような雰囲気も漂わせている。
マッチョエルフの様なネタキャラ的な要素は一切見えないのだけども、ユリィたちの話に聞いた限りでは中身はかなり残念らしいけど、果たして?
「まずは座ってくれ。茶の用意もしてある。こう見えて茶には中々うるさくてな。キミたちも気に入ってくれると思うぞ」
「兄様の入れるお茶は絶品ですから楽しみです」
どうしてかシュトラと向かい合って対面するのは俺。その隣にミランダとユリィが座り。他のみんなはそれぞれ思い思いの席について此方を見守っている。
さて、とりあえず話を始める前のまずは勧められたお茶で喉を潤そう。
どういう訳か、その場にいた全員が同じタイミングでお茶に手を伸ばすが、まあただの偶然だろう。
同じくまったく同時に全員が茶を口にする。
淹れられているのは紅茶。それもストレートの純粋に茶葉の香りと味を楽しむ淹れ方だ。だからこそ、淹れてのこだわりと絶妙な腕がハッキリと解る。
茶葉だけじゃない。水の性質に入れる時の温度、茶器の温度に蒸らし時間まですべて完璧な計算のもとに淹れられているのがハッキリ判る。
まず芳醇な香りが鼻孔から全身を巡り。口に入れた瞬間、茶葉の極上の甘みが感じられる。やがて茶葉の苦みなどの深い味わいが広がり。静かに余韻を残しながら消えていく。
「美味い」
ここまで美味しい茶を飲んだのは初めてだ。
飲み慣れているだろうユリィたちはともかく、ミランダすら最高の味わいに驚いている。
「流石ですね兄様。世界樹の新芽を使ったこの茶葉の味を最大に引き出すそのこだわりは相変わらず見事です」
「久しぶりの再会だというのに固いなユリィは、まあ、警戒するのも判るがな。とは言え、何時までも警戒されていたままでは話も出来ない。まずは俺の話を聞いてもらおうか」
「話を聞いた限り、彼女たちの警戒を解くのは難しいと思いますが?」
これまでに色々とやらかして完全に苦手意識を持たれているのだ。今更チョット話したくらいでどうにかなるとは思えない。
そんな俺の当然の疑問に、苦笑しながら肩を竦めて見せる。
「普通はそう思うだろうね。だけど、そろそろユリィにも真実を話しても良い頃だ。私もこれで何かと苦労しているのをまずは知ってもらおう」
ほう。苦労か。聞いた話では好き勝手していて、親に散々苦労をかけっぱなしの問題児との事だが、
「まず、始めに言わせてもらうと、私は別に王位継承から逃げている訳じゃない。長い平和の中でこの国の中枢にも膿が溜まってしまっているのでね。それを取り除くのに王位継承を問題化して餌にしているのさ」
なんて事も無いようにサラッと爆弾発言をしてくれる。
間違いなく国家機密レベルの情報をアッサリ暴露してくれやがった。
「父上もいい加減、王位を返上して気楽な隠居生活を送りたいらしいけどね。今の状況で退位なんてしたら、逆に権力闘争の駒に利用しようと有象無象が集まって、とてもじゃないけどのんびりなんてしていられない状況になるのは判りきっているから、この機会にバカ共の大掃除をする事にしたんだよ」
自分の平穏の為なら手段を択ばないからねあの人はと、自分の父である王を思い出してか、統治者としてどこまでも非常にならなければならない自分の未来に苦笑してみせる。
「まあ私も、王位継承前のモラトリアムがもらえる訳だし、実際に王になった後にバカ共に足を引っ張られる心配も無くなって良い事尽くめだなと、喜んで協力したんだけどね。まさか油断させるために脳筋のロリコン役をやらされる羽目になるとは夢にも思わなかったよ」
はじめは本当に頭を抱えたよと疲れた様に続ける。
実際かなりお疲れなのだろう。まさかの脳筋ロリコンの強制。簡単に協力するなんて言ってしまったのを心の底から後悔しているのだろう。
それにしてもなんだろう、純然たる悪意が感じられるその設定。なんとなくだけども単なるメリアス王の嫌がらせな気がするんだけども・・・。
脳裏に苦悩するシュトラ王子の様子に大爆笑しているメリアス王の姿が浮かぶ。
「お父様・・・。それは余りにもひどすぎます・・・」
なんとなくだけどユリィも同じ結論に達したように思う。
完全な悪ふざけ。或いはストレス発散の為の捌け口。完全に父親にいいように遊ばれている。勿論、俺たちの思い込みの可能性もあるけれども、もしもこれが事実ならばあまりにも不憫すぎる。
そして、メリアス王の性格についてもう一度よく考えなおしてみる必要がありそうだ。
「まあ、開き直ってしまえば、道化を演じるのもそれなりに楽しかったけどね」
「そうですか・・・」
ユリィもケイたちもイマイチ納得できてないみたいだけども、どうやらこの王子には開き直って状況を楽しめるだけの図太さもあるようだ。
それにしても、ユリィたちは大混乱だろう。
まさかトラウマになりかける程のロリコンが命令による演技だったとは夢にも思わなかったはずだ。
ケイなどは混乱して頭を抱えてしまっている。
フォローしたいところだけども、なんと言ったら良いのか判らない。とりあえず、確実に一つだけいえる事は、
「流石に悪ふざけが過ぎるだろ・・・メリアス王」
純然たる事実として、諸悪の根源がこの国の王だという事。
腐敗した国の膿を取り除く。国にとっても失敗の許されない重要な案件なのに、どうしてこんな個人的なイタズラとも悪ふざけとも取れる小ネタを入れて来るかな?
威厳と風格のある人格者の王のイメージが音を立てて崩れていく。
とりあえず、これから先の付き合い方を考え直さないといけないかも知れない・・・。
「まあ、それはともかく。このような国家の重要機密を我々に教えたのは何故ですか?」
「勿論、計画の総仕上げの為にキミたちに協力してもらう為さ」
これ以上深く考えるのは良そうと、話を無理矢理変える。
シュトラ王子としても微妙過ぎる空気はいたたまれなかったようで、すぐにこちらに乗ってくる。
「勿論、協力と言ってもキミたちに何か特別な事をしてもらおうなんて訳じゃない。キミたちが居てくれるだけで十分なんだ。後は勝手にバカ共が自滅してくれるようになっているからね」
これでようやく終わるるよと、自滅するバカ共の姿を思い浮かべているのだろう姿は本当に楽しそうだ。
まあ、結構な長期スパンで計画を実行していたのは間違いないだろう。
物語などの様な急速な変革は、同時に多くの軋轢や歪みを生む事になって、後にせっかくの変革すらも無駄になってしまう程の反動を生んでしまいかねない。
国の腐敗がもう末期にまで及んでいて、早急に変革を薦めなければ国自体が既に持たなくなってしまっているのならばともかく、この国は多少の腐敗が起きているだけで、反発や反動を生むような早急で大規模な変革を必要としていた訳ではない。
だからこそ、彼らは長い時間をかけて少しづつ、確実に腐敗した膿を取り除く変革の準備を進めてきたのだろう。
それは極めて堅実で合理的なやり方ではあるのだけども、長くバカ共の為に無駄な労力を費やさなくてはならないのは、実の所結構なストレスになるだろう。
だからこそ、メリアス王などはイタズラと呼べるレベルを超えた嫌がらせを自分の息子にしたりしたのかも知れないけど・・・。
因みに、急速な変革が後に大きな混乱を生んでしまうのは、地球の歴史でも幾度となく証明された事実である。近年ではアラブの春と呼ばれた革命の後に続いた果ての無い混乱などが良い例だろう。
「まあ、そんな訳でこの国の浄化ももうすぐ終わるから、それまでは今まで通りゆったりと過ごしてもらって構わないから」
「それは、後で何か用事があるように聞こえるのですけど?」
「まあね。でも君たちが考えているような面倒事じゃないよ。アベルくん。私たちはキミの事をよく知る必要があると思うんだ。なんと言っても、キミは近いうちに我が義弟になるかも知れないのだから」
「はい?」
どう言う訳か、疑問の声を上げたのは俺一人だった。チラッとユリィの方を覗くと、完全に真っ赤になって固まってしまっている。
「やはり家族としての親睦はシッカリと深めておかないとな。これからもユリィの事をどうかよろしく頼むぞ義弟よ」
「何を言っているのっ 兄さんのバカっ!!」
どこまでも楽しそうなシュトラ王子の笑い声に被さって、ユリィの悲鳴のような怒号が響き渡った。




