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俺がコテンパンに叩きのめされた会談も終わり。晴れてユグドラシルでの活動に移る訳だけども、せっかくの機会なのだからみんなどこに行きたいと聞けば答えは決まっている。
世界樹ユグドラシル。
出来るのならその頂にまで行きたい所なのだけども、これは流石に無理だ。
そもそも世界樹はエルフにとって何よりも大切な神聖なものだ。
よって、エルフの中でも限られた者しか近付く事を許されていない。許可なく世界樹に近付く事は国によって厳しく禁じられているのだ。
それに、世界樹の周辺は霊域の中でも特にその力の密度が濃く。耐性の無い者が不用意に近付けばユグドラシルの力に飲み込まれてしまいかねないのだ。
だからこそ、世界樹の周辺は厳重に管理され、世界樹との親和性を深める時別な修行を終えた限られた者しか普段は近付く事を許されない。
ただし、エルフであれば一生に一度は世界樹のもとへ行く事が許されている。
エルフの成人の儀の時がそれで、全てのエルフは世界樹の元で正式に大人となった事を認められるのだ。
イヤ、世界樹に認められる事で初めて一人前のエルフになると言った方が良いだろう。
世界樹ユグドラシルの霊域の中で自らを失わず、圧倒的な世界樹の霊気に押し潰される事なく自らを保ち続ける事が出来て初めてエルフとして正式に認められる。
これは極めて困難な儀式で、当然ながら一度では成功せずに、何度となく挑戦してようやく成功する者も少なくないらしい。
なお、霊気に耐えられると言っても精々十分が限界で、それ以上いるとほとんどがやられてしまうらしい。それもまた、世界樹へ近づくのが禁じられている理由なのだけども
それはともかく、普段は王族などのごく限られた、ユグドラシルの力と親和する事で取り込まれる事も押し潰される事も無く活動できるごく一部の人間しか近付く事は許されておらず、まして、訪れたばかりのヒューマンの俺たちが世界樹に近付く事を許されるハズがなかった。
「アベルならユグドラシルとも簡単に中和して見せて自由に動けそうな気がするけどね」
もしそうだとしても、理由も無く立ち入る事を許されるような場所ではないと、
「アベルがレジェンドクラスなら何の問題も無いんだけど」
レジェンドクラスであれば、国によって禁じられてようが一切関係がない。
なので、俺がレジェンドクラスになれば問題なく世界樹のもとに行けるとの事、或いは、この国で多大な功績を上げて認められるかのどちらか、
なんだろうか?
これってフラグ?
さっさとレジェンドクラスになれという事だろうか?
「イヤイヤ、レジェンドクラスになれって、それって少なくてもレジェンドクラスの魔物が現れないと無理な訳だし、そんなの簡単に起きてもらっても困るから」
現在レジェンドクラスが四人しかいない理由の一つが、そもそも、レジェンドクラスの魔物が現れるような非常事態が早々起きないからでもある。
俺が千年ぶりのレジェンドクラス候補と言われている理由の一つも、千年前にレジェンドクラスの魔物を討伐してレジェンドクラスにランクアップして以降。一度もレジェンドクラスの魔物が現れていないのもあるのだ。
そもそも、ランクアップは同じランクの魔物を単独で討伐できることを証明する事でなされる。
つまりは、レジェンドクラスの魔物が現れなければそれを討伐して、レジェンドクラスの実力がある事を証明できない。レジェンドクラスにはなれないという事。
ある意味で不便で、抜け穴だらけのシステムだけども、実力が全てのこの世界だからこそのシステムだとも言える。
因みに、それあくまでも冒険者ギルドなどのギルドカードはの話で、生まれた時に発行される市民証には現在の魔力と闘気の総量から示される正確な実力が示される事になっているけれども、この千年の間市民証にレジェンドクラスのランクが示された人物はいないとの事だし、俺自身の市民証のランクもES+ランクのままだ。
なので、変にフラグが建って本当にレジェンドクラスの魔物が現れてもらっても困る。今の俺ではグングニールを使わないと絶対に勝てないので、そもそも、現れてもらっても無駄なだけだから、本当にそんな事にならない様に、誰に言っているのか謎だけど・・・。
「そうですか? グングニールを存分に使いたいと思っているSクラスの方が山の様にいるでしょうから、現れたとしてもただ単に寄って集ってタコ殴りで終わりな気がしますけど」
「それは確かに・・・」
アレッサよそれは流石にあんまりじゃないかなと思うけれども、否定する根拠が一切ない。
全員そろって納得して頷いてしまった。
「そうなると俺の出番もなさそうだし、いよいよレジェンドクラスになる事もなさそうだな」
ぶっちゃけそうなってくれた方が本当に助かる。
これからは今迄の行動を反省して、出来るだけ静かに、平和に暮らしたいのだ。確実に面倒事がオンパレードで待ち受ける称号なんて絶対に要らない。
「まあ、とりあえず何時ものように防衛都市に行ってみようよ。ゆっくりとミスティルティンの観光を楽しむのもいいけど、それは後にした方が良いだろうし」
これ以上話していて何かフラグにでもなっても嫌なので話をぶった切った変える。
これからどうするかだけども、エルフの国とはいえ基本的にやる事は変わらない。防衛都市て行って魔物の討伐に参加して、十分な戦果を上げたら観光を楽しむ。
先に観光を楽しみたい気もするけれども、これまでのヒューマンとエルフの関係を考えても、まずは戦って実績を示さないといけないだろう。
実際に戦っている所を見てもらえば、確かにこいつら中々やるなと納得してくれるはずだ。
まあ、俺たちが来ると決まった段階で国中に知らせが出てるハズなので、気のまあしすぎとも思うけれども、少しでもエルフ全体から好意的な印象を持ってもらえるように行動した方が良いだろう。
「賛成ね。流石にいきなり観光なんて訳にもいかないし、この国の事をよく知るためにも防衛都市に行ってみるのが良いと思うわ」
「それじゃあアイギスに行きましょう。私の国の最大の防衛都市よ」
防衛都市はある意味でその国を象徴する都市である。爪に命懸けの戦いの最前線にあるが故にある一面では、首都よりも色濃くその国の事を知る事が出来る。
広大なユグドラシルには当然いくつもの防衛都市があるけれども、ユリィは当然とばかりに最大の防衛都市であるアイギスを薦める。
曰く、アイギスは海からの魔物の侵攻を一気に引き受ける重要拠点だそうだ。二百万の人口を誇る都市であり。その半分は海に突き出る様にして造られた要塞でもある。
当然ながら、水中戦に特化した戦力が配備されており、海からの魔物の侵攻に対して万全の防衛を続けており、五万年に渡って難攻不落を誇っているとの事。
海上でも、海岸線でもなく海中が主戦場となる特殊な戦場との事だが、今の俺たちなら特に問題はないだろう。
また、アイギスの新鮮に海の幸をふんだんに使った料理も、エルフの自慢の一つなのだそうだ。
正直、森の民と呼ばれるエルフと海鮮料理が結びつかないのだけど、ユグドラシルに来てアイギスで料理を楽しまないなんてありえない程らしい。
いまいちピンと来ないのだけど、まあ、俺の前世の地球でのファンタジーのイメージなんて、所詮は作り話なんだから現実と合わないのも当然と納得するしかないな。
それに、まったく想像もつかないからこそ、エルフの海鮮料理に興味がある。
一体どんな料理が待っているのだろうか?
いやそれよりもまず、俺のイメージを回復しておかないと・・・。
正直、今まで気にしていなかったけれども、ある意味、俺のイメージは最悪の一言だろう。
破壊の化身。
禁呪すらも平然と復活させ使う狂気の魔道探究者。
冷静になって考えると、そんな評価がなされていてもおかしくない。
ミランダ辺りが指摘してくれても良かったとも思うのだけども、むしろ、彼女にしても、俺がそんな評価がされているのに全く気が付きもしないでいるとは思いもしなかったのだろう。
ヒュペリオンでアイギスに向かいながらも過分が重い。
本気で、好き勝手にやるのなら周りの評価を一切気にしない。周りの評価を気にするなら、少しは考えて行動する。今更ながらそんな当たり前の事が出来ていなかったとは・・・。
「どうかしたのですかアベルさん。先程からか悩んでいるようですけど?」
「気にしなくていいわよ。これまで好き勝手やって来たけど、それで自分がどんな評価を受けているか気にも留めていなかったというか、完全に忘れてのをようやく思い出して、今更、イメージの回復に頭を悩ませてるだけだから」
呆れた様に一蹴されてしまった。
まったくもってその通りなので何も言えない。
「イメージですか? 今更な気もしますが?」
「それでも、少しは気にするようになっただけマシでしょう」
「と言うか、ひょっとして今まで自分がどんな風に思われているか判っていなかったんですか?」
「ひょっとしなくても、そのまさかよ。私もまさかここまでとは思ってなかったわ。あれだけの事をやらかしておいて、イメージも何もあったモノじゃない事くらい気付いていなさいよホント・・・」
とても深い溜息を付くミランダに同情の視線が集まる。
同時に、思いっきり呆れたような視線が俺に集中する。イヤ、呆れたようなじゃなくて呆れただな。
まあ、これは完全に自業自得だ。
フレイム・ワールドなんて禁呪を興味本位で復活させたどころか、魔域の活性化なんて非常時の中で使って見せたのだ。一歩間違えれば大参事どころではない。
それこそ、傍から見たよ狂気にしか見えないだろう。普通に、誰がどう見たって狂っているとしか思えないような事を平然と繰り返していたのだ。
しかも無自覚のまま、自分が何をしているのかもまるで理解しなかったのだから始末に悪いどころの話じゃあない。
普通にメリアたちに呆れられるほどにどうしようもなかったんだなと今更ながらに思う。
「まあ、自覚した所でどうにもならないと思うけどね。生まれ持った性質ていうの? 確実にどうにかなるようなモノじゃないから」
「確かに・・・」
諦めた様にミランダが断言すると、俺以外の全員が同意する。
なんだろう、師としての威厳とかそういうのが完全に吹き飛んでしまっている気がする。
イヤ、確実にそれね自業自得なんだけどね・・・。
「うん? 何か言いたい事でもあるのかな?」
「そうだな、まあ、これからも自分の好きな様に生きさせてもらうよ」
何かもう面倒臭くなってきた。
少なくても、多少は行動に気をつけるにしても、これまで通り自分の止もうがままに行動していけばいいか、どの道、レジェンドクラス候補なんて呼ばれている時点で、普通でなんていられないのだし・・・。
これから先も、ミランダに多大な迷惑をかける事になる気がするけど・・・。
完全に開き直って見せた俺に、判っていた事だけど、ミランダが諦めた様にどこか遠くを見つめたのは気の所為じゃないだろう。




