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とまあ、自国の王を交えて対応を協議した装機竜人の扱いについては、実の所、俺がどうこうする間もなくミランダの手でサクッと終わらされた。
いや本当にアッサリと終わった。
他のSクラスや各国と話をつけて、譲り渡す時の金額もアッサリと決めてすぐに実行して、俺が気付いた時には既に終わっていたくらいだ。
ついでに、家局今回は他のSクラスの面々と会う事も無かった。ミランダ曰く後のお楽しみだそうだ。
伊達に二百年以上Sクラスとして第一線で活躍してきた訳ではない、俺も前世と合わせて三十路越えになるが、全く敵う気がしない。
人脈にコネクション。物事を円滑に進める上で必要不可欠なモノの規模が俺とは比較にならない。
「スゴイですねミランダさん」
「本当にあっという間に終わらせてしまうんですから、驚きました」
みんな口々に褒めているし、助かったのは確かなのだけども、彼女に大きな借りを作ってしまったのが不安で仕方がないのだけど・・・。
いや、助けてもらっておきながらそんな事を考えていてら失礼だな。ここは素直に感謝しよう。
「アベルは実力はともかく、まだ経験が浅いし、国同士の駆け引きなんて面倒事とかとと不慣れだろうし、上手く渡り合う為の伝手とかもまだできてないからね。手助けするのは先達として当然だよ」
ミランダとしても、ここで俺がもしも下手を撃って状況が悪化するような事態は避けたかったようだ。
若輩者に経験を積ませるには、今回は荷が重すぎると、事態が深刻過ぎると判断して、早々に片付けてしまったと・・・。
これは本当に頭が上がらなくなってしまった。
「今回は本当に助かりました。ありがとうございましたミランダさん」
「気にしなくていいよ。私も煩わしいのは嫌いだから手早く済ませたかっただけだし、それより、言葉遣いが戻ってる。気楽にしていいって言ったでしょ」
「判っているよ。でも、お礼を言う時ぐらいはちゃんとしたかったんだ」
どうでも良いとばかりに手を振るミランダに、俺は恥ずかしくなって頭をかく。
善意を疑う様な真似は最も恥ずべきものだ。勿論、無償の善意など存在しない。それでも、助けてもらったことを感謝するよりもまず、借りを作ってしまった事を警戒するなど、本当に恥ずべきだ。
「ふーん。キミがそう思うんならそれでいいんじゃない」
確実に全てお見通しの上で無邪気に笑ってくるのだから、本当に敵わない。
これが、人としての器の違いというやつだろう。
何か完全に掌の上で踊らされている気もするが、嫌な気持には全くならない。
「それで? 面倒事も一通り終わったけど、これからどうするつもりなの?」
どうやら彼女はまだまだ一緒に居るつもりのようだ。それも当然だろう。実際出会ってまだ一週間も経っていないし、これだけお世話になっておきながら何のお返しも出来ないままサヨナラと言うのは、俺としてもゴメンだ。
何とか彼女に何か返したいところだが、今の俺に彼女相手に出来る事などまずないだろう。
「とりあえずは他の船の調査を終わらせるのが先決かな。なんだかんだでまだ終わっていないし、それが終わるまではこの国にいるつもりだよ。終わってからどこに行くかは決まってないけど」
装機竜人の件が終わっても、まだ空中戦艦が残っているが、これは焦る必要はない。こちらでじっくり調査や研究をさせてもらって、時期を見て引き渡させてもらう。
と言うのも、発見された空中戦艦がレジェンドクラスの魔物の魔石を動力源としているからだ。
そもそも、遺跡から発見された空中戦艦が、そのまますぐに動かせる状態にあるなどとは誰も思わない。
時空魔法の状態維持の効果によって、当時と同じ状態で保管されていても、動力が、魔力がそのままの状態で置かれているとは限らないのだ。
まさか、封印する時に動力の魔力を満タンにされているなどと誰が思う?
実際には全ての艦、全ての装機竜人がすぐにでも稼働できる状態で封印されていたが、それを知っているのは俺たちだけだ。
レジェンドクラスの魔石による魔導炉を稼働させるための魔力を注入するには時間がかかると言えば、誰も疑いも疑問にも思わない。
ついでに、発掘された空中戦艦の運用が極めて難しい事も理解してくれるはずだ。
俺のヒュペリオン以外の艦には、魔素を魔力に変換する無限機関。魔力の回復機能はついていない。つまり、レジェンドクラスの魔石が使われた空中戦艦を運用するには、現在使われているSクラスの魔石を踏力とする空中戦艦とは比べ物にならない、莫大な魔力が必要となるのだ。
果たして運用できるだけの魔力を、魔石を用意できるか?
今頃は真剣に悩んでいるハズだ。
実際には、十万年前の想像を絶する激戦の中ならともかく、今なら平常に活用するだけならそれほどの魔力を必要としないのだけれども、稼働に必要な魔力量についても知らないのだからそれも判らない。
ようするに、余りにも桁外れの性能を誇るために、何とか手に入れたいとは思うけれども、手に入れても使いこなせるのかと疑心暗鬼になっているのだ。
俺がそうなるように仕向けたんだけど、
性格が悪いとか言わない様に、下手をうって各国のパワーバランスを崩す訳にもいかないし、面倒事はごめんなので、最も確実な手段でブレーキを掛けただけだ。
地球においては社会活動の基本となるエネルギーは電機、ガス、ガソリンなど様々な種類があったし、電力も火力、水力、風力、原子力、太陽光、地熱など様々な発電方法があったが、この世界の動力は魔力一つに限られている。
使用者自身の魔力で動く魔道具も多いが、基本的に魔道具は魔石を動力源にしている。そして、使う事で減っていった魔石の魔力は、使用者の魔力を供給する事で回復させることも出来るが、基本的には別の魔石から魔力を移すか、別の魔石に交換する事で回復させられる。
魔力自体は全ての人間が持っているとは言え、その絶対量は千差万別の上、戦闘職にあり魔力を極限まで高めている者以外の魔力量はたかが知れているので、人の魔力のみを社会システムの根幹をなす魔力の供給源にするのは無謀と言う背景もあり、確立されている魔石を動力源とする魔石文明なのだけども、
際限なく湧いて出て来る魔物を討伐し続ける事で安定した運用がなされていて、世界中のどこでもエネルギー不足に陥る事はない。ある意味で魔物と共存関係にあるのだけども、それはそれとして、
現状魔力が不足する事はないが、レジェンドクラスの魔石に魔力を込めるとなれば、間違いなく一千万の人口を誇る王都の一年間に消費する魔力と同じだけの魔力が必要となる。
一千万人が暮らすために必要なエネルギー量がどれ程のモノか、考えるまでもないだろう。流石にあまりにも膨大過ぎるのだ。
実際に発掘品の空中戦艦がどれだけの性能を持っているかも判らない状態で、空中戦艦の購入費用だけでも莫大な金額になるのに、稼働させるのにも膨大な出費が掛かるのではどの国も躊躇わざるえない。
実際、今はまだ明らかにオーバースペックだし、あんな化け物みたいな過剰戦力を必要とする事態なんてまず起きないから、あっても無駄てしかないどころか、余計な問題を招く厄介モノにしかならないので、そのまま諦めてくれるのが一番いいんだけど、どうなる事やら、
「調査ね。私も付き合わせてもらえるわよね?」
「勿論。多分ミランダもビックリすると思うよ」
常軌を逸した性能とか、色々と秘密にしてきた事が多いけれども、もうミランダに教えても問題ないだろう。流石に、俺を含む転生者の事までは話すつもりは無いが、何時までも秘密にしていても無駄なだけに思える事が多い。
「ほほう、この私を驚かせるようなものはそうそうないと思うけど? キミがそこまで自信満々とは面白いな、期待させてもらおうじゃないか」
確かに、ミランダが腰を抜かして驚くとか想像もつかない。
彼女も十万年前の圧倒的な魔道技術については知っているだろうし、どれだけ非常識な性能を目の当たりにしても驚かないかもしれない。
まあ、その辺りは実際に見てのお楽しみだ。
「楽しみにしてもらおうか、特に俺のヒュペリオンには驚くこと請け合いだ」
まあそれでも、ヒュペリオンの規格外さには間違いなく驚くだろうけど、
「しばらくごたごたが続いて遅れていたメリアたちの修行もシッカリしたいし、ユリィとケイもこれからは正式に参加してもらうよ。二人はもう俺の弟子だから」
それとこちらも本題だ。
遺跡発掘後のごたごたで遅れていた分をシッカリと鍛えないといけない。
あまり早急にレベルアップしていくのも、いろいろと問題の気もするが、俺と一緒に居る以上、これからも危険な事に巻き込まれる可能性は高いのだから、強くなっておくに越した事はない。
それこそまた、訪れた先で魔域の活性化に巻き込まれる可能性だってあるのだ。
ぶっちゃけ俺自身、平穏とかはもう諦めた。
いく先々で厄介事に巻き込まれる運命だと諦めるしかないだろう。もう、神か何かに仕組まれているとしても驚きはしない。むしろ納得する。
これからもそんな俺と一緒に居るのだ。彼女たちは強くならないといけない。
「とうとうキミの弟子として正式に修行開始か、うん。楽しみだね」
「私たちは強くなる義務があるからね。判っていても、縛られるのは若干イヤだったんだけど、今回は純粋に楽しみだよ。キミが私たちをどれだけ強くして見せるのか」
ポロリと漏らしたユリィの本音は、軽い口調だかかなり重いモノだ。だけど、気持ちは判る。王家に連なる者として生まれた以上、国を、民を守の責務がある。それを投げ出すつもりも無いし、自らの為にも力が必要なのは判っていても、責務として力を求めるのに息苦しさも感じていたのだろう。
だからこそ、彼女たちは修行の一環として、また見聞を広め、人脈をつくるためと称して、二人での気楽な旅を求めたのだ。
ほんの少しの息抜き。これから先、数百年と国の為に生き続ける彼女たちの、ほんのわずかな自由時間。
それでも、本当に自由気ままには出来ないのだから、立場と言うのはある意味で湾頭に厄介で面倒なものだ。
判っていても、俺がどうする訳にもいかないし、彼女たちが望むかも判らない。
もしも、彼女たちが何時までも俺と共にいる事を、自由にある事を望むのならば、何としても叶えるが、望まれてもいないのに、頼まれてもいないのに下手な事をする訳にはいかない。
「任せてくれ、あっという間に、ビックリするくらい強くして見せよう」
だから、今の俺に出来るのは彼女たちを強くすることだけだ。
強くなれば、彼女たちを縛る柵もまた増えるが、同時に未来の選択肢も多くなる。
「面白そうだね。私も参加しようか。勿論、教える側でね。これでも師としては優秀だと言われているから安心していいよ」
そんな彼女たちの想いが気に入ったのか、それとも単に興味本位か、ミランダも師として参加すると言い出した。
俺としても、彼女がどんな風に弟子を育てていくのか興味があるしむしろ歓迎なのだが、それだけが目的でもないだろうと若干不安になる。
「ついでに私たちで模擬戦もしようか、彼女たちのいい勉強になるし、楽しそうだからね」
むしろそれが本命だろう。やはりバトル・ジャンキーの一面があるらしい。
いや、もう俺も人の事は言えないが・・・。
それに、確かに楽しそうだ、面白そうだと思う。一体どんな戦いになるか、
「それも良いな。でも、あくまで模擬戦だから」
一応クギを刺しておかないと、俺も彼女も、余り熱中し過ぎて全力を出しでもしたらとんでもない事になる。それこそ、辺り一面、消し飛びかねないのだから、本気で注意しておかないと、
それでも、やはり楽しみだと思う俺は、立派なバトル・ジャンキーなのだろう。




