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第四話:残念少女と第二皇子

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ディアノーグの前で目の前で汚ならしい格好をした少女がパンを口いっぱいに頬張っている。


「おいしいですか?」


「…悪くない」


もぐもぐとパンを咀嚼して飲み込んだ後、その少女、ライアは感想を伝えた。


ライアの腹の音が場の緊張をぶち壊した後、敵意らしい敵意もなかった彼女にディアノーグたちは助けてくれたお礼として食糧を分け与えた。


よく考えてみれば、そもそも彼女は最初に殺されそうになっていた騎士を助けてくれたのだ。

仮に自分たちを殺すつもりだったら、あれだけの強さを持つ彼女だ。

今ごろ、自分たちは全員肉塊と化しているに違いない。

それでも今、自分たちが生きているということは彼女がこちらに危害を加える意思がないことの証だ。


故に現在は先程の戦闘の傷の手当てや武具の簡単な手入れをしつつ、彼女から話を聞いている状態である。

ちなみに自己紹介の時、自分が第二皇子であることを教えたら、ライアは目を丸くして驚いた後、何かを諦めたかのような顔をした。

いったいどういう意味があったのかわからないが。


まあ、そんなことは置いといて。


「ディグ……」


ディアノーグの隣に立つセシルが苦渋の表情をしながら、こちらに視線で訴える。


わかっている。

こっちだって必死で我慢しているのだ。


表情を取り繕いながら、目の前の少女を見る。


臭い。


その一言に尽きた。


本当に臭かった。

強烈に臭かった。

何をどうしたらここまで臭くなるのかわからないくらいに臭かった。


「ライアさん、でしたよね?」


「……ん」


「つかぬことをお聞きしますが、体を清めたのはいつ……」


「五日前」


「い、五日……」


その答えに思わず顔がひきつる。

五日も体を洗わない女性など初めて見た。

しかし、この少女だって年頃のはずだ。

もしかしたら何か事情があるのかもしれない。

その辺りには立ち入るべきではないだろう。


「何で体を洗わないんだ?」


そう思った瞬間に隣のセシルが聞いていた。


あほだ、こいつ。

何でわざわざ地雷踏みに行ってるんだよ。

セシルの奴が昔からこういうことに疎いのは知っていたが、まさかここまでとは。

デリカシーの欠片もない人間め。


「めんどくさいから」


……心配した自分の方があほだったようだ。


「ぶほっ!」


セシルが吹き出した。


「あーはははははっ!! ふひははははははははっ!」


「…………」


そしてそのまま何がツボに入ったのか、大声をあげて笑いだした。

ディアノーグはまた始まったとため息をつく。

実はセシルは笑い上戸なのである。

何がツボに入るか分からず一旦、ツボに入ればその笑いはなかなか止まらない。


「めんどくさい……、ぶほっ、あひゃはははははは!!」


色々試したが、人為的に止めることは不可能でこうなったら後は放置するしかない。

近衛騎士や魔術師たちにとっても騎士団長がこうなることは珍しくなく、全員、気にしないでそれぞれの作業に従事している。


「ふわーははははははっ!! げほっ、あははははっ!」


「………あほ?」


「面目ない……」


笑い転げるセシルを見て、ライアが呟いた言葉にディアノーグは羞恥を感じて思わず謝罪してしまうのであった。


しかし、めんどくさいとは……。

この世には自分の想像を遥かに越える女性がいるんだなということでディアノーグは自分を納得させた。

というかそうでもして納得しなければやってられない。

自分達を助けてくれた恩人であるし、女性に不躾に臭いというのも……。


ここは腹を括って我慢するしかない。

彼女には聞かなければならないことがあるのだから。


「まあ、あのあほは放っておいてライアさん。あなたにいくつか聞きたいことがあります」


「ん」


気を取り直したディアノーグが真剣な表情で問いかけてきたので、ライアもそれに合わせて真面目な表情、とは言っても外見的にはほとんど変わらないが。

その代わりに身に纏う空気が変わる。


「あなたは何者ですか?」


「ライア」


「…………」


間髪入れず答えた。

確かに間違ってはいないが……。


「いや、それは分かってるんです。ですからそういう意味ではなくて、職業などの意味で聞いてるんです」


「やっべ、腹いてぇよ、ディグ…!! めんどくさい……、ぶふうっ!」


「セシル、黙ってろ」


未だ笑い転げて、絡んでくるセシルをディアノーグは一蹴する。


「……村の自警団」


「村?」


「この先にある村。そう遠くない」


この先にある村と言えば自分達が視察することになっていた村だろう。

つまり、この少女はあの村からわざわざ自分達を助けにやってきたのだろうか。


いや────。


「ありえませんね。どうして嘘をつくんですか。あれほどの剣技を持つ貴女が、たかだか小さな村の自警団の一員なわけがない」


その言葉にライアは目を細める。


「嘘じゃない」


「ならば教えてください。貴女の剣技……、いったいどうやってそこまでの腕を手に入れたんですか? 貴女の年であの剣技、尋常ではありません。自警団をやっている程度で身につくわけがない」


「……嘘じゃない」


ライアは尚もその一点張りで、ディアノーグを見据える。

そうしてお互い見つめ合ったまま微動だにしなかったが、先に折れたのはディアノーグの方だった。


「わかりました。言うつもりがないのなら仕方がありません。貴女にも何かやんごとなき事情があるのでしょう。そこまでの詮索はしません。何にせよ貴女が私たちを助けてくれたことには変わりませんから」


「嘘じゃないのに……」


ディアノーグはライアのその様子にため息をつく。

……確かにこの少女が嘘をついていると思えない。

さっき見たライアの瞳には一点の曇りもなかった。

嘘をついた人間は誰しも後ろめたい気持ちになる。

しかし、彼女の瞳にはそんなものは微塵もなかった。

ディアノーグはその立場上、様々な人々を見てきた。

その彼の経験上、ああいう目をした人間に嘘をつくものはいなかった。


だとするとやはり引っ掛かるのがあの強さだ。

初めは加護持ち(・・・・)かと思ったが、すぐにその考えは却下した。


何故ならそういう身体的な加護(・・・・・・)は自分の兄が持っているのだから。

同じ時代に同じ加護は二つとして存在しない。

さらに言うなら彼女からは加護特有の魔力の流れを感じなかった。

加護持ちはそれぞれ固有の力としてそれを行使するので、それぞれ通常とは別の魔力の使い方をする。

彼女にはそれがなかった。

故に却下した。


ならばあの強さは純粋な武となる。


───異常だ。


あの強さは、はっきり言って加護持ちに匹敵するだろう。

しかし、ただの人間が加護持ちに匹敵する強さを持っているなど考えられない。


だとすると、彼女は()なのか?


「………」


ディアノーグはそこで思考を止めた。


やめよう……。


さっきも自分で余計な詮索はしないと言ったばかりだ。


彼女は私たちを助けてくれた。


その事実だけで十分だ。


「……一緒に来るか?」


「?」


ディアノーグは呟いた言葉にライアは首を傾げる。


「私たちは元々、この先にある村に視察に来たんだ。貴女もその村へ行くつもりなのだろう? ならば一緒にどうかと」


「………」


「その村の自警団なんだろう? 貴女は」


「……うん」


彼女は満足したように頷いた。


これでいい。

最初からこうすればよかったのだ。

ずいぶん遠回りをしてしまった。


突然、ディアノーグの肩を後ろから誰かが叩いた。

振り向くとセシルが何かを我慢するかのように立っていた。


「どうした、セシル」


「何で体洗わないんだ?」


「は?」


「めんどくさいから」


「………」


どうやらあの時のやり取りを一人で再現しているらしかった。


「ぶふぉっ!!」


そして吹き出した。


「ふぁーははははははっ!! ひはははははははっ!!」


「あほ」


「…………」


再び笑い転げるセシルを指差して呟いたライアにディアノーグは何も返せなかった。




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