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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第14話 薬が来ない

ハンナばあちゃんは、すぐに答えてくれた。


「メルちゃんなら、体重は村の記録で確認できる。去年の冬の鑑定のときに計ったはずだから」


「お願いできる?」


「いいよ。で——もう一つの質問は? 体が強く反応したことがあるか、って」


「そう。食べたものとか、触れたものとかで、急に肌が荒れたり、息が苦しくなったりしたことが」


ばあちゃんは少し考えてから、首を振った。


「メルちゃんについては、聞いたことがない。ダグの家は丈夫な子が多いから——ただ、確実じゃないね」


「わかった。体重だけでも、急いで調べてほしい」


「どうしてそんなことを聞くんだい」


ばあちゃんの声が、静かに変わった。


問い詰めているわけじゃない。でも——何かを、確かめようとしている声だった。


「……あとで、全部話す」


「そうかい」


それ以上は聞かなかった。ばあちゃんは立ち上がって、奥の棚へ向かった。


◇


「体重は十八キロ。アレルギーの既往は、確認できませんでした」


美緒がメモを見ながら言った。


「柳瀬先生に連絡します」


工藤が端末に手を伸ばした。


返答はすぐに来た。


「十八キロなら、アモキシシリン二百五十ミリグラムを一日三回。食後に飲ませること。五日間続けること。飲み始めて二日で熱が引いてくるはずだ。もし引かなければ、また連絡してくれ」


「錠剤と、粉末と、どちらが——」


「子どもには、粉末タイプが飲ませやすい。甘味をつけたものが市販されている」


「わかりました」


電話が切れた。


楓太が、すでに棚を開けていた。研究室の救急セットの中に、薬は入っていない。


「どこかに——子ども用の粉末タイプはありませんか」


「近くの薬局に走ります」


楓太が言いながら、財布を掴んだ。


「待て」


工藤が立ち上がった。


「俺が行く。何が必要かを、俺が一番わかっている」


珍しく、工藤が先に動いた。


美緒はその背中を見ながら、思った。口の悪いこの人が、今日一番、急いでいる。


◇


「薬が来た」


ミオの声が、枠の中から聞こえた。


「今、転送窓に入れる。受け取れる?」


「うん」


隙間の奥で、かすかな音がした。


引き出すと——小さな袋が出てきた。白くて軽い。中に、さらに小さな袋がいくつか入っている。粉末が入っているらしく、振るとさらさらと音がした。


「飲み方を教える。沸かして冷ました水に、一袋分を溶かす。朝、昼、夜——食事のあとに飲ませる。五日間、続けること」


「わかった」


「アレルギーが出たら——飲むのをやめて、すぐに教えて。肌が赤くなる、息が苦しくなる、そういう反応が出たら、すぐに」


「うん」


ティナが袋を受け取って、中を確かめた。


「これ、匂いはどう?」


「甘い匂いがする。子どもが飲みやすいように——フウタが選んでくれた」


フウタが、枠の奥から照れくさそうに顔をそらした。


「ありがとう、フウタ」


「別に」


ティナが、こらえきれずに笑った。


「素直じゃないなあ」


◇


「さて」


ティナが、笑いを収めながら言った。


「問題は、どうやってメルちゃんに飲ませるか、だよね」


「うん」


「ダグさんとこは——ノアの薬は受け取らない」


「受け取らない」


「じゃあ——」


ティナが腕を組んだ。


「ハンナばあちゃんに、頼もう」


「ばあちゃんに?」


「ばあちゃんなら、ダグの家に入れる。村の薬師として、薬を持っていくことができる。ノアの薬じゃなくて、ばあちゃんの薬として——メルちゃんに届けることができる」


僕は少し黙った。


「それは——ばあちゃんに嘘をつかせることになる」


「全部を話さなくていい、ってことじゃなくて」


ティナが、まっすぐに言った。


「ちゃんと話すんだよ。全部。ばあちゃんに」


「……」


「前から薄々わかってたと思う。ばあちゃん、ずっと何も聞かないでいてくれてたんじゃないの」


答えられなかった。


ティナの言う通りだった。ばあちゃんはずっと待っていた。聞かないでいてくれた。ノアが話す気になるまで。


「今日が——その日だよ」


◇


ハンナばあちゃんの家に戻ったのは、夕方だった。


台所で、ばあちゃんが夕食の準備をしていた。いつもと変わらない後ろ姿。でも——僕が入ってきたとき、鍋をかき混ぜる手が、一瞬止まった。


「おかえり」


「ただいま」


「メルちゃんの体重、調べておいたよ。十八キロ。去年の秋の記録だけど」


「……もう伝えてある」


ばあちゃんが振り返った。


「誰に?」


僕は、椅子を引いて座った。


ばあちゃんも、向かいに座った。


火にかけた鍋が、静かに音を立てている。窓の外が、少しずつ暗くなっていく。


「ばあちゃん」


「うん」


「ずっと、話せなかったことがある。話したかったけど——どう話せばいいかわからなくて」


「うん」


「森で、拾ったものがある。一月くらい前に」


「うん」


「それは——遠い場所の人たちと、話せる箱だった」


ばあちゃんは、何も言わなかった。


「声が届いて、物も少し行き来できる。彼らは、魔法のない世界の、研究者だって言ってた。最初は怖かったけど——怖くない人たちだってわかって。植物のことを聞いてくれて。コラルのことも、メルのことも——助けてくれようとしている」


ばあちゃんは、じっと僕を見ていた。


「その薬も——彼らから来た?」


「うん。向こうの世界のお医者さんに聞いてもらって。メルの体重に合わせた量を、選んでくれた」


「なるほど」


ばあちゃんが、ゆっくりと頷いた。


「ハンナのサルベ草の塗り薬も——?」


「うん」


「そうかい」


ばあちゃんは、しばらく黙っていた。


怒っているのか。呆れているのか。信じていないのか。


読めなかった。ばあちゃんの顔は、いつもと同じで——穏やかだった。


「その箱、見せてもらえるかい」


「今は森に——」


「明日でいい」


ばあちゃんが立ち上がって、台所に戻った。鍋の火加減を確かめながら、静かに言った。


「ノア。お前が嘘をつく子じゃないのは、生まれたときから知ってる」


「……」


「遠い世界の人たちが、本当にそういう人たちなのかどうか——明日、自分の目で確かめてから、考えるよ」


「ばあちゃんが、メルに薬を届けてほしい。ばあちゃんの薬として——ダグの家に」


「わかった」


「本当に?」


ばあちゃんが振り返った。


少し笑っていた。


「ノアが信じてる人たちなら——試してみる価値はある。それだけのことだよ」


鍋の音が、台所に満ちていた。


僕は、ずっと抱えていたものが、少しだけ、軽くなった気がした。


秘密は消えていない。でも——一人で抱えていたのが、二人になった。


三人か。ティナも含めれば。


「ばあちゃん」


「うん」


「怒らないの?」


「なんで怒るんだい」


「黙っていたから」


ばあちゃんは、しばらく黙ってから言った。


「ノアが言えなかったのは、怖かったからだろ。大事なものを取り上げられるのが怖くて、信じてもらえないのが怖くて」


「……うん」


「それは——しょうがないことだよ。怖いと思う気持ちは、誰にでもある」


窓の外に、星が出始めていた。


「明日、見せておくれ。箱を」


「うん」


「楽しみだね」


ばあちゃんが、また笑った。


その笑い方が——どこか、楽しそうだった。


不思議な人だ、とずっと思っていた。


こんな話を聞かされても、まず「楽しみ」と言えるのは——ばあちゃんだけだと思う。


◇


「ノアがハンナさんに話してくれた」


美緒は、モニターを見ながら言った。


「ソラが記録してた会話から」


「どんな反応でした?」


楓太が聞いた。


「怒らなかった。明日、箱を見せてほしいと言ったらしい」


「怒らなかった……」


楓太が、ほっとしたような声を出した。


「ノアにとって、ずっと重かったんでしょうね」


「うん」


工藤が、端末を閉じながら言った。


「あの婆さん、器が大きい」


「工藤さんにしては、素直な感想ですね」


「うるさい」


美緒は、モニターの中のノアの家の灯りを見た。


台所の窓から、温かい光が漏れている。二つの人影が、並んで夕食を食べているのが見えた。


「よかった」


静かに、言った。


それだけで、十分だった。

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