試作品 02番
いつからここにいたのか。上も下もわからない空間で私はただ存在している。
真っ暗闇の中ただそこにいるのだ。
真っ黒に塗り潰された世界に私がいる。永遠に続く黒い世界。なんのために私がいるのかわからない。どのくらいここにいるのかわからない。自分の意思で動くこともできない。
でも私は確かにここに存在しているのだ。
*
私が黒の世界に存在を始めてからどのくらいが経過したのか。
一瞬だっただろうか。永遠にも等しかっただろうか。
それは唐突にやってきた。
まず視界に違和感を覚えた。真っ黒色だった世界に小さな染みのような白い点が見えた。ひとつの小さな点に気がついた瞬間から瞬く間に無数の小さな点が見え始める。
白ひとつだと思っていたが赤や青、黄や緑、紫と様々な色があることがわかる。
星だ、私はなぜだかわからないがそう確信した。真っ暗闇は夜の空だったのだ。そしてもうひとつの確信もできた。私は今まで確かに暗闇を見続けていたのだと。
唐突に現れた星々の存在によって私という存在にも確信が得られたのだった。
*
小さな無数の星々が現れ見ることを思い出した私の感覚はどんどん研ぎ澄まされていく。
次の瞬間には頬や腕、ふくらはぎの裏に柔らかな感触を思い出させる。これは芝生だ。
柔らかな緑色をしたあたたかい芝生。私はそこに寝転び満点の星空を眺めているのだ。
爽やかな草の香りに混じる湿った土の匂い。広い草原の中にいるのだ。人工の光が届かぬ地で空を見上げ星々の観察をしている。
私はそのためにここへ存在を許されたのではないだろうか。
*
広い草原で星空を眺める。なんてロマンチックなんだろう。
ふと左側に私とは別の温もりを感じる。
そうだ。私はたったひとりでここに存在しているわけではない。私の隣にはもうひとり、別の誰かが存在していた。ここでふたり一緒に星空を眺めている。
ふたりして黙ったままなのは言葉を交わさずとも素晴らしい光景が目の前に広がっているから。言葉を交わさずとも思いが通じ合っているから。
私たちは恋人同士なんだ。
*
広い芝生の草原で恋人とふたりきり、満点の星空を見上げロマンチックに過ごす。私はそうして存在を確立させた。
なんて素敵なんだろう。この草原に辿り着くまでの小さな土の小道もある。その道の先へ行くとチューリップ畑があったはず。林の奥には隠れ家のような我が家もある。
そこで私と彼は一緒に暮らしているのだ。今は夜の特別なデートの時間。
次々私は理解していく。そうだ、そうだ、そうだった。
*
幸せな彼との時間を噛み締めようとしてふと気がつく。
彼のことを私は何も思い出せない。どんな顔をしていたっけ。どんな声をしていたっけ。私たちはどんな話をしていた?
どうやってここへ来たんだっけ……?
考えても考えても思い出せない。
違う。私は黒だけの世界にいたのではなかったか。ひとりきりでいたのではなかったか。
ならば今隣にいるのは誰なんだ?
確かめたい。
なのに声が出ない。それどころか口を動かすこともできない。
横を向のに首も、手も、足も動かない。
あんなに幸福に満ちた気持ちは一瞬で消え失せた。
広い草原に寝転んで満点の星空を眺め私たちはふたりでただそこに存在している。




