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市場に行った日から三日目の夜。
今日はまだ家から一歩も外に出ていない。ずっと東向きの窓の外を眺めていた。朝日が昇るところから真っ暗になる今までずっと。
今日はいい天気だったが昼過ぎに太陽が出たまま少しだけ雨が降った。不思議な天気のあとは空に美しい虹がかかった。とても色が濃くくっきり見える虹。
人々はみな空を見上げ歓喜していた。開け放した窓から声がよく聞こえていた。
外は暗闇。もうほとんどの人はぐっすり眠っているだろう時間。
私はそっと外へ出る。目的地は北。
誰ともすれ違うことなく王城の前までたどり着く。城壁に囲まれ門には警備の騎士たちがいる。平和なこの国でもさすがに城の守りは蔑ろにしていない。
丘の上にある王城は基本的に至る道は一本だ。見晴らしもよいので裏手に回る輩がいれば見張り塔の騎士たちが見つけるだろう。
元が平和な国だ。そして慢心もあるのだろう。見張りに見つからずに城の裏手へまわり城内に潜入するのは容易だった。
城内には見張りはほとんどいない。
私は確かな足取りで目的の部屋まで向かう。初めて入った城だが迷うことはない。どこへ行けばいいのか私にはわかる。
美しい木製の扉をそっと開け室内へ身体を滑り込ませると先客が月明かりに照らされていた。
「まさかこんなところで会うとはなぁ」
ラディが驚いた顔で言った。
「こんばんは。虹の雫、見れたんですね」
ラディの手にあるモノを確認して声をかける。
「アイリスはこの城の関係者?」
「いいえ」
私はこの王国とは何も関係していない。城内に入るのだって初めてだし、王族はもちろん城内の人間とは誰も知り合いではない。
「ならオレと同業?」
「いいえ」
ラディは盗賊だ。まるで商船の仲間であるかのような口ぶりだったが、彼はそんなことを言っていないのである。ただ船に乗ってやってきたというだけで。
「密偵かなにか?」
「いいえ」
それも違う。私は何かを暴きにきたのではない。
「アイリスは、何者なんだ?」
警戒した様子でラディは問う。微笑み余裕のあるフリはしているが表情は強張っている。
右手に握りしめられた虹の雫のついたネックレス。月明かりしかないこんな場所でも美しく輝いている。
「私には探し物があるんです」
「探し物?お目当てがこれかい?」
ラディが右手を揺らすと虹の雫がまた輝く。
「いいえ。虹の雫を探しているわけではありません」
そう。私は虹の雫そのものに用事があるわけではないのだ。
結果的に虹の雫へとたどり着くというだけで。
「なら、なぜこんなところへ?」
「教えてくれたではありませんか。虹の雫にまつわる色々なお話」
望む場所へ連れて行ってくれる、神話の時代の女神が授けた宝石だと。ああ、ダンジョンの鍵だという話もあったか。
「それが?ただの噂話を間に受けてたわけじゃないだろ?」
「ええ、もちろん」
「だったらなにが………」
何が言いたい、そう続けるつもりだったのだろう。突如輝きを増した虹の雫に言葉が途切れた。
そのままあたり一面が真っ白になるほど光が広がり目を開けていられないほどになる。
次に私が目を開いた時には月明かりに照らされた静かな城の一室。私以外には誰もいない。
床に虹の雫のネックレスが落ちている。
私はそっとそれを拾い上げると丁寧に撫でる。傷も何も付いていない。収納されていた場所へ戻し侵入者がいた痕跡をひとつ残さず丁寧に消してゆく。
今日王城に侵入した者は誰もいない。何も特別なことは起こっていないいつもと同じ平和な夜。
ガラノース王国は小さな国だが活気あふれる平和な国。王家の人々は善良で周辺国との関係も良好。国民たちも明るく朗らかで親切な人ばかり。魔物の恐怖に怯えることもなく平穏な日々を過ごしている。
月明かりの下私は軽い足取りで歩いていく。この国は本当に平和な良い国だ。
探し物も見つかった。
明日はどこへ行こうかな。何をしようかな。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ガラノース王国編はこれで完結です。




