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「虹の雫にそんな逸話があるだなんて全く知らなかったです。半年はこの国にいたのに。よくラディさんが知っていますね」
「商船に乗ってあちこち行ってると色々話だけは聞くんだよな。で、おもしろそうな話を聞いてガラノース王国にちょうど来たからついでに見てみたいと思ってさ」
なんてことないように言っているが色々と噂を聞いたり、実際に見たり調べたりするあたり好奇心旺盛なのだろう。
私に声をかけてきて色々と探ってくるのもなかなか抜け目ないようだ。
事実私は警戒せず聞かれたことをベラベラ喋っている。残念なことに大したことは知らないのでこれ以上私と話しても収穫がないであろうが。
「で、アイリスは明日も朝から港で船の観察かい?ああ、市場が賑わうとか言ってたから市場で買い出しでも?」
「うーん……今日は商船の入港が多かったですからね。市場が気になります」
やはりまた聞かれたことに素直に答えてしまう。別に決めてないとでも忙しいとでも言えばいいのに。
「なら明日も会うかもな。オレはそろそろ船に戻って仕事があるけどどうする?」
「なら私も帰ります。ああ、お会計……」
「いいよ話相手になってくれたお礼。ここはご馳走させて」
財布に手を伸ばそうとしたところを静止されさっさと銅貨で支払いを済ませてしまう。
「ありがとうございます」
「いいって。じゃあな。ぼけっとしないでさっさと帰れよ」
片手を上げながらラディは港に向かって歩き出している。ぼけっとしてるわけではないのだけど。
「帰ろ」
朝から立ちっぱなしで港を眺めていたから疲れたし、初対面の男と向かい合って食事をしたのも休憩にはなり得ないし。
港とは逆方向、我が家のある城下町の方へ歩いていく。
ガラノース王国は海に面した小さな国なので東に港、西が森に続く街道、北に小高い丘がありその上に王城があり中央部分に住居が連なる区画と市場の区画、教会や冒険者ギルド、宿屋などのある区画があり城下町を形成している。南はひたすら海岸線が続いている。
今は涼しくなったのであまり見かけないが暑い時期は海を目的に旅行者も訪れる。穏やかで周辺国との関係も良好で国を治める王家の人々も善人で、とてもいい国だ。
女が一人で歩いていても安全だし、この国の住人たちは武装だってしていない。王家の騎士たちや冒険者たちは装備を整えているけれど、このあたりは危険なダンジョンもないし海や森にも人間に害をなすような魔物はいない。自然豊かで資源も豊富で商売も盛ん。陸路も海路も整っているから世界中からものが集まる。
本当に国の大きさに比べて色々と恵まれたいいところだ。
改めてガラノース王国の良さを実感しつつ今の住まいまで戻ってきた。住居区画の端、港方面に近い場所にある小さな集合住宅。その三階部分が私の部屋だ。狭いけれど私自身荷物は少ないし寝られたら十分だから特に困っていない。
窓際の椅子に腰を下ろしなんとなく外を眺める。この窓は東向きなのでちょうど港の方面が見える。高い建物もないので沖の方まで見渡せる。東向きだから夕日で海が赤く染まりながら海に太陽が沈んでいくところが見られないのは残念だが、早起きすれば太陽が昇り海がキラキラと輝くところは見られる。
だからこの部屋を気に入っていた。
薄暗くなっていく海の上の空を鳥たちが飛んでいる。商船のマストが建物の屋根の間から顔を覗かせている。
もっと暗くなったら何も見えなくなるだろう。




