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無人店舗で手数料という名の不条理な関税を毟り取られ、しかも本命の「美容液」が手に入らなかったショックで、私の足取りは鉛のように重かった。
「……うう、18銀貨あれば、あの可愛いネコックの絶品サンドイッチが何個買えたことか……」
革のバッグを抱きかかえ、涼しい風が吹き抜ける大通りをトボトボと歩く。
このルーメン王国の行政やら商業システムやらは、本当に前代未聞レベルで大雑把というか、利用者泣かせなのだ。そのまま野放しというのは、どうなのだろうか。まあ、私自身も、ついこの間まで貴族の特権にかまけた大雑把な生活をしていた側なので、あまり偉そうなことは言えないのだけれど。
そんなモヤモヤとした思考を巡らせながら、大通りの角にある馬車留めエリアの近くを通りかかった時のことだ。
大きな積載用馬車の陰から、異国風の珍しい衣装に身を包んだ二人の男性が、少し低めの声で会話しているのが耳に入ってきた。
「――まったく、やってられんな。この国の貴族どもは、未だに自分たちが世界の中心で一番偉いと思い込んでやがる」
その不満げな声に、私はふと足を止めた。
柱の陰からこっそりと覗き込んでみると、一人はゴツゴツとした重厚な装飾の服を着た商人風の男性。
もう一人は華やかなシルクの衣装を纏った痩せ型の男性だった。
「本当にな。行政の手続きひとつ取っても、何から何まで書類の手渡しと現物の確認だ。そのせいで我が商隊も、また国境手前で缶詰状態ですよ。さっさとこんな時代遅れの国など通り過ぎて、ゼリュキア領国へ戻りたいというのに……無駄に時間ばかりがかかる」
「もっともだ。……そういえば聞いたか? アライアスの奴は、関税役人に裏でたっぷりと賄賂を送って、一足先に通過許可を取ったらしいぞ」
「あいつらしいな。なにしろ奴が扱っている道具が道具だ。商人としてのプライドやら信念なんてものが最初からなくても、不思議じゃないさ」
痩せ型の男性が吐き捨てるように言い、それからふっと表情を緩めて、もう一人の重厚な服を着た商人の肩を叩いた。
「にしても、助かったよ。お前が売ってくれた『美容液』のおかげで、うちの娘が大喜びしていてな」
――……ん?
私の耳が、ピクン象のように大きくなった。
今、この人「美容液」って言った!?
幻聴!? いや絶対に聞き捨てならない言葉が聞こえたわよ!!
「いや、気にするな」と、重厚な服の商人が無造作に手を振る。
「お前には以前、貸しがあったからな。それに……あの薬液は、塗れば肌が若返ると評判だからな。まあ、流石はエルフの秘薬といったところか」
「ああ、本当に素晴らしい効果だ。ガイアードの御心の恩恵だろうな」
二人が頷き合っている。
(エルフの秘薬!? 肌が若返る美容液!? 存在するの!? この世界に本当にあるのね!!?)
私の脳内で、ファンファーレと警報が同時に鳴り響いた。
さっきまで無人店舗で敗北を喫し、どん底まで沈んでいた私のモチベーションが、一瞬で銀河の彼方まで爆上がりする。
逃してなるものか!!
このチャンスを逃したら、私の肌は永遠にカサカサの干上がった砂漠のままかもしれない!!
「あの、すみませーーーんっっ!!」
私は物陰から猛ダッシュで飛び出し、二人の商人の前に滑り込んだ。
痩せ型の商人が驚いて飛び退いた。
彼は私の上から下――ボサボサ髪(だけど眉毛だけ黄金比)、古着、そして顔面に残る肌荒れの痕――を、まるでゴミを見るかのような猛烈に嫌そうな目で見つめた。
「なんだ、不審者か。関わるとロクなことにならん……。では、私はこれで失礼するよ」
痩せ型の商人は露骨に不快感を露わにすると、会話していた商人に軽く別れの挨拶を済ませ、目の前に停めてあった豪奢な馬車へと乗り込んだ。その馬車の側面には、大国「ゼリュキア大帝国」の巨大な紋章がいくつも刻まれている。馬車はカツカツと音を立てて、あっという間に走り去っていった。
取り残されたのは、重厚な服を着た商人一人。
そして、その商人の背後に佇む、彼の馬車であった。
「……っ!?」
私はその馬車を見て、思わず息をのんだ。
その巨大な馬車の車体には、極彩色の美しい装飾とともに、エルフ達の住まう超大国「ヴェルディス・ティル・ナ大帝国」の厳かな紋章が刻まれていた。
だが、何より驚くべきは、その馬車を護衛するように周囲を囲んでいる「存在」だった。
ガシャン……ツ……。
人間ではない。
そこに立っていたのは、全身が鈍い光を放つ真鍮で作られた、4体の機械の兵士――「真鍮製のオートマトン」だった!
精巧なギアと蒸気機関のような排気口が背中に備え付けられ、関節部分が微かな駆動音を立てて蠢いている。このルーメン王国では一度もお目にかかったことのない、伝説の「ドワーフ製機械兵」である。
エルフの国の紋章に、ドワーフ製の機械兵……!
この商人、ただの行商人じゃない! とんでもない規模の大商隊の権力者だ!
商人は、飛び出してきた私を鬱陶しそうに見下ろすと、冷たく言い放った。
「なんだ、私は貴族に売り払うような娯楽品は持ち合わせていないんだ。用がないならどいてくれ」
「え……?」
私は思わず自分の顔や服を見回した。
「ど、どうして私が貴族だって分かったんですか……? こんな古着を着て、顔も手入れの行き届いていない怪物みたいな見た目なのに……」
実際、今の私はどこからどう見ても貴族令嬢には見えないはずだ。
商人は鼻で笑い、腕を組んだ。
「どんなに小汚い服を着ていようが、苦労を知らん貴族の育ちというのは肌の嫌でも伝わってくる。どいた、どいた。馬車の邪魔だ」
商人はそう吐き捨てると、私を無視して馬車のステップに足をかけようとした。
(待って! 待って待って待って!!)
「ま、待ってください!! 確かに私は貴族の令嬢ですけど、中身は生粋の超平民なんです!! だから貴族のプライドなんて一微塵もありません!! お願いです、さっき話していたその『美容液』を、私にも売ってください!!」
私は必死の様相で、馬車のステップにすがりついた。
商人は心底呆れたように溜息をつき、手を追い払うように振った。
「断る。何度も言わせるな。私はもうすぐこの国を去るんだ。行政のグズノロな手続きのせいで余計な足止めを喰らって、イライラしている最中なんだ。急いでいるんだ、さっさとどけ!」
冷たく言い放ち、再び馬車に乗り込もうとする商人。
(ダメだ……普通に頼んでも、この頑固そうな商人は絶対に首を縦に振らない……!)
八方塞がり。万事休す。
だが、ここからが「超平民」の本領発揮である! 見栄? プライド? 貴族の面目? そんなもの、一金貨の価値すらない!!
「……だったら、私にも考えがあります!!」
私はピンと背筋を伸ばし、堂々と胸を張った。
商人がピタリと動きを止め、眉をひそめて振り返る。
「考えだと? フン、なんだ……脅しか? それとも、『賄賂を払うから買わせろ』とでも言う気か?」
商人の目が、冷ややかな蔑みを含んで光った。
誇り高い大国の商人にとって、脅迫や裏取引の賄賂など最も反吐が出る申し出なのだろう。
だが、私の口から飛び出したのは、そんなスマート(?)な交渉ではなかった。
「お願いしますぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!!!(号泣)」
ズザザーーーーッ!!
私は街道の石畳の上に、ダイナミックな音を立てて五体投地――「フルスロットル土下座」を敢行した!
頭を石畳に擦り付け、両手を地面につき、滝のような涙をボロボロと流しながら大声で号泣する!
「頼みます!! お願いだから美容液を売ってくださいぃぃぃぃ!! 私、お肌がカサカサでブツブツで、鏡を見るたびに泣きそうなんです!! お金ならちゃんと払います!! 正当な対価を支払いますから!! 頼むから私に潤いをくださぁぁぁぁぁいっっ!!」
「……は……!?」
商人の思考が、完全に停止した。
目の前で、貴族の雰囲気を残した令嬢が、地面に頭を擦り付けて号泣しながら土下座をしているのだ。
周囲の通りすがる人々が「えっ何あの人……」「貴族の令嬢が土下座してる……?」とギョッとした目で遠巻きに見ている。
護衛の真鍮オートマトン4体が、カシャン、カシャンと困惑したように首を360度回転させてギギギと音を立てていた。
「正気か!? 貴族の令嬢が道端で土下座だと?」
「正気じゃ美容なんてやってられません!! プライドなんて最初からありません!!欲しいものは欲しい! 美容液のためなら靴でも舐めます!! だからお願いですからぁぁぁぁぁっ!!」
「わ、分かった! 分かったから叫ぶな! 鬱陶しい。あと声が大きい!! 周りの目が痛いだろうが!!」




