Ⅵ
私たちは中央街にある高級オークション会場へと向かった。
会場内は、新進気鋭の商人や銀行家、実業家たちの熱気に包まれていた。
私がヴァレリウス伯爵邸と領地の出品を宣言すると、会場はどよめき、瞬く間に激しい競り合いが始まった。
「1500金貨!」
「2000金貨だ!」
「2200金貨!!」
飛び交う桁外れの数字に、隣で控えていたカシウスが「なっ……!?」と息をのんでいるのが分かった。
結果として、落札額は私の想定を超える高値を記録した。
……が。
「……競売手数料、高すぎじゃない!?」
オークション終了後、裏手の控室で精算書を見た私は思わず叫んでしまった。
なんと、胴元である競売場にガッツリと高い手数料を引かれてしまったのだ。せっかく高値で跳ね上がったというのに、最終的に手元に残る金額は、結局私が最初に試算した額と大差ない結果になってしまった。
まさに虚栄心の集積所だ。
「まあ……想定以下にならなかっただけ良しとしましょう」
前世でも、フリマ手数料や意味不明な税金で泣かされた記憶がある。世の中、胴元が一番儲かるようにできているのだ。
その後、競り落とした張本人であるブルジョワの実業家――クラウディウス氏が、私兵を引き連れて我がヴァレリウス邸の最終目視確認にやってきた。
「素晴らしい……! この壮麗なフレスコ画、重厚な柱! これぞ本物の貴族の館だ! 私の新しいコレクションにふさわしい!」
クラウディウス氏は金縁の単眼鏡をパチリとはめ、屋敷の内装に大興奮していた。
どうぞどうぞ、お好きなだけ感動してください。全部あなたのものですよ。
屋敷の最終確認が無事に終わり、書斎にて正式な売却契約書へのサインが行われた。
契約が成立すると、クラウディウス氏の私兵たちが、ずっしりと重い頑丈な木箱をいくつも運び込んできた。
パカリと箱が開けられると、中には眩いばかりの光を放つ金貨がギッシリと詰まっていた。
「さあ、ヴァレリウス令嬢。約束の金貨です」
「カシウス、確認をお願い」
「はい!」
カシウスが鋭い目で金貨の枚数と質を念入りにチェックしていく。元軍人であり騎士である彼の検収作業は完璧だ。
「……ルキア様。間違いございません。契約通りの金額でございます」
「ご苦労様」
屋敷、領地、美術品、ドレス、宝飾品……すべての売却と借金返済の手続きを終え、私の手元に最終的に残る資金。
それは、2400金貨であった。
最初の試算(2500金貨)よりはほんの少し減ってしまったが、十分に誤差の範囲内だ。
2400金貨。平民が160年近く遊んで暮らせる超・莫大なキャッシュである。
「クラウディウス様、取引成立ですね。この屋敷は今日からあなたのものです」
「感謝いたします、ルキア様。……しかし、本当に身一つで出て行かれるおつもりで? 宿の手配などいたしましょうか?」
「お気遣いなく。私には優秀な騎士がおりますので」
私はニッコリと笑い、金貨の入った小袋(残りは安全な銀行の証書に換金済みだ)をしっかりと抱え直した。
─
夕暮れ時。
私とカシウスは、ついにヴァレリウス伯爵邸の重厚な鉄門の前に立っていた。
手荷物は、最低限の着替えと貴重品が入った革のバッグが数個だけ。実にコンパクトな旅立ちだ。
カシウスがふと立ち止まり、静かに振り返った。
夕日に赤く染まる大屋敷を、彼はどこか寂しげな、切ない瞳で見つめている。
彼にとってこの屋敷は、幼少期から過ごし、我が両親と共に歩んできた思い出の詰まった場所なのだ。それを、中身新参者の私がバッサリと売っ払ってしまったのだから、複雑な感情がないはずがない。
(……ごめんね、カシウス)
私の胸の中に、ちくりとした罪悪感が走る。
彼の思い出の場所を奪ってしまったかもしれない。
だけど――。
(ううん、落ち込んでいる暇はないわ! このまま見栄を張って、無収入で屋敷にしがみついてたら、私達は借金で潰れて餓死するだけだったんだから! 背に腹は代えられないのよ! 堪えてね、カシウス)
私は胸の中で強く意気込み、自分の頬をポンと両手で叩いた。
思い出よりも、過去の栄光よりも、今生きている私たちが明日笑って暮らせることの方が100万倍大事だ!
「行きましょう、カシウス! 新しい生活が待ってるわ!」
「……はい、ルキア様」
カシウスはハッと我に返ると、寂しさを振り払うように力強く頷き、私の歩幅に合わせて歩き出した。
─
さて、次なる課題は「新居探し」である。
私の計画では、いずれこの発展途上のルーメン王国を抜け出し、ロドアス帝国やハルシュタット帝国のような「先進的で安全な国」へ移住することを視野に入れていた。
だからこそ、新しい家を購入して定着するのではなく、「賃貸」で今は様子見で気楽に暮らしたかったのだが……。
「……はい? 『ちんたい』……でございますか?」
不動産屋の店主は、首を傾げてハテナマークを浮かべていた。
そう、このルーメン王国には「家を借りて住む(賃貸)」という概念そのものが存在しなかったのだ。
家とは「買うもの」か「建てるもの」であり、一時的に住むなら「宿屋に泊まる」しかないという文化だったのだ。
参ったわね……家を買っちゃうと、将来引っ越す時にまた売却の手間がかかるじゃない……。
困り果てた私だったが、不動産屋と交渉を重ねた結果、ひとつの解決策に辿り着いた。
それは、街の宿屋や集合住宅のひと部屋を「長期宿泊」という形で借り切るシステムだ。実質的な賃貸契約である!
私たちが選んだのは、王都の「中流階級が住む地区」にある、落ち着いた区画の一室だった。
治安の悪い下町は論外だし、かといって貴族街の近くは、高額かつ余計な世間体や知り合いの目が鬱陶しい。
中流地区は、少し費用がかさむけれど、街の警備がそれなりにしっかりしていて非常に安全だ。安全と平穏はお金で買うのが鉄則である。
費用は、月計算で10金貨。
一般平民の年間の生活費に近い金額だが、今の私の総資産(2400金貨)から見れば微々たるものだ。安全保障代と考えれば安すぎるくらいである。死んでは元も子もない。
「ここが……新しい家ね!」
カシウスに鍵を開けてもらい、中に一歩足を踏み入れた。
部屋の広さは、二人で暮らすには十分すぎるほどの間取り。
選んだ基準通り、内装は清潔で綺麗に手入れされており、何より周辺環境が素晴らしい。
窓の外を見下ろせば、画家が集まるアトリエや、風情ある絵画店、古書店などが立ち並ぶ、静かで知的な雰囲気が漂うストリートだった。騒音とは無縁の最高の立地だ。
だが――。
「……うわぁ、本当に『何もない』わね!」
部屋の中を見回して、私は思わず笑ってしまった。
前世の「家具家電付き賃貸」どころの話ではない。
広い部屋の中にぽつんと存在するのは、木製のシンプルなベッドがふたつだけ。
机も、椅子も、クローゼットも、カーテンすらもない。完全なる殺風景空間である。
「申し訳ございません、ルキア様……。このような素っ気ない部屋にお連れすることになってしまい……」
カシウスが申し訳なさそうに身を縮めたが、私は首を横に振った。
「あなたはなにも悪くないわ、カシウス。これでこそ正解なのよ! ここは長期宿泊用の部屋なんだから、旅人が寝泊まりするための最低限の設備しかないのが常識なんだもの!」
むしろ、余計な家具がないということは、これから自分の好きな家具やインテリアを自由に買い揃えられるということだ!
前世で一人暮らしを始めた時の、家具を選んでいたワクワク感が蘇ってくる。
私は部屋の奥へ歩み寄り、大きな木製の窓枠を両手で押し開けた。
心地よい夕暮れの風が部屋の中に吹き込んできた。
眼下に広がる落ち着いた街並み。アトリエから聞こえてくる静かな音。
絵の具の匂いや、古書店の紙の匂い。遠くで鳴る、聖堂の鐘の音。
見栄も、借金も、怪物令嬢という重圧も、すべてあの大屋敷に置いてきた。
手元には約2400金貨という贅沢な資金。
隣には頼りになる忠実騎士。
そして、これから始まる自由で快適な平民ライフと、本格的な大・美容改革!
「ふふっ……あははっ!」
私は風を浴びながら、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。
「さあ……始めるわよ、カシウス! 私たちの、新しい生活を!!」
「……はい。ルキア様」
夕日を浴びながら、私はこれからの新生活と自分磨きのプランに、胸を躍らせて膨らませるのだった。




