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美容革命! 見栄を捨てた伯爵令嬢の私は、今日も溺愛騎士と幸せです  作者: 逆立ちハムスター


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3/9

ふと目が覚めた。


部屋の中はしんと静まり返り、窓の外には黒々とした夜空と、冷ややかな月が浮かんでいる。

どうやら、倒れ込むようにベッドに入ってから、ほんの二、三時間ほどしか経っていないようだった。過労と頭痛は少し和らいだものの、まだ体全体に重い疲労感が残っている。


「……うーん、微妙な時間に起きちゃったな……」


ベッドの上で体を起こし、ぼんやりと天井を見上げる。

すると、まどろみの中から、先ほどまでは整理しきれていなかった「ルキア」の過去の苦い記憶が、ポツリポツリと浮かんできた。


それは、胸がギュッと締め付けられるような、底なしに暗く、不快な記憶だった。


(……あー、なるほど。これはキツいわ……)


記憶の中のルキアは、いつだって嘲笑の的にされていた。

社交界、舞踏会、親族の集まり――どこに行っても、彼女に向けられるのは冷ややかな視線と、わざと聞こえるように囁かれる陰口ばかり。


『見なさいな、ヴァレリウス家のヒキガエル令嬢ですわ』

『お気の毒に。どんなに豪華なドレスを纏われても、あのお顔では……ふふっ』

『おいおい、あいつの顔を見たか? トカゲが張り付いてるんじゃないか?』

『近寄るなよ、きっと病気が移る。壁の花どころか、壁のシミがお似合いだ』


舞踏会の夜、華やかな会場の隅で、誰からもダンスに誘われず、ただひたすらに下を向いていたルキア。

かつて彼女を「ブス」「ヒキガエル」と見下していた貴族の子息たち。

「あんな姿で外を歩けるなんて、ある意味で羨ましい精神力ですわね」と扇子の陰で嗤っていた令嬢たち。


心無い言葉の数々が、まるで鋭い毒針のように、過去のルキアの胸に何本も刺さっていた。


記憶を辿りながら、私は眉間(というか一本繋がりの眉毛の中央)にシワを寄せた。


ちょっと待って……これ、ルキア側にも原因があるわね。


ルキアの脳内データベースを検索してみると、彼女は極端に美容の知識が疎かった。というか、この世界自体、貴族のスキンケアといえば「香水を浴びるようにかける」「白い粉を塗りたくる」「高級な油脂を顔に塗りたくる」といった、根本的な解決にならない民間療法レベルのものばかりだったのだ。


それに加えて、ルキアの体質だ。

彼女は人より少し、毛根が健康すぎて毛が伸びやすく、皮脂の分泌が活発で、なおかつメンタルが肌に出やすい繊細な体質だった。

幼少期、ふとしたきっかけで男の子に「眉毛太くて変なのー!」とからかわれたルキアは、傷つき、自分の顔を見るのが恐怖になった。

鏡を見るのが怖くなり、現実逃避をし、放置し、手入れをせず……結果として体質も手伝い、見事なまでの「怪物ビジュアル」が完成してしまったのだ。


「トラウマだったのね……幼少期のからかいを真に受けて、傷ついて、誰にも相談できずに塞ぎ込んじゃって……」


私は自分の胸(旧ルキアの胸)に手を当てた。


「辛かったわね、ルキア。」


……って、今の私なんだけど!

端から見れば、自分に語りかける完全に頭のおかしい令嬢である。



自分で自分に同情しつつ、私は再び起き上がって鏡の前に向かった。

月明かりと、小さなランプの明かりを頼りに、じーっと自分の顔を観察する。


ゲジ眉、ブツブツ肌、黒クマ、いちご鼻、カサカサ唇。

確かに現状は完全に「詰んでいる」状態だ。


だけど――。


「……あれ? 待って?」


私は自分の頬を両手でギュッと引っ張り、骨格をよく確かめてみた。

痩せこけて頬骨が浮き出ているけれど、輪郭自体はすっきりとした綺麗な卵型だ。

目はクマと落胆で落ちくぼんでいるけれど、切れ長の二重で、瞳の色は透き通るような綺麗な翡翠色ヒスイいろ

鼻筋も、角栓をどうにかすれば、すっと高く通っている。


「……これ、元の顔立ち、かなり整ってない!?」


そう、原型は決して「ブス」ではないのだ!

むしろ、しっかりケアをして、肌を整えて眉を整えれば、かなりの美人寄り……少なくとも「普通以上」……いや、美形になれるポテンシャルを秘めている!


「ちゃんとケアを怠らなければ、全然違う人生だったじゃない! 社交界の嘲笑なんて跳ね返して、ドヤ顔で舞踏会の中心に立てたレベルよ!」


幼少期のトラウマで放置してしまったのは哀れだし、同情するけれど、原因が「体質と知識不足と手入れ不足」だと分かれば話は早い。

美容は科学であり、努力を裏切らない。綺麗は作れる。


「よし……目が冴えちゃったし、居ても立ってもいられないわ。今すぐできることから始めましょう!」


前世の私の密かな趣味――それは「自分磨き(美容)」だった。

週末にドラッグストアで美容液を吟味し、動画サイトで美容動画を貪り見、黄金比を研究するのが最高のストレス解消法だったのだ。


ウズウズしてきた私は、執務室の机の引き出しをあさり、小さなハサミ(羊皮紙を切るための細いハサミ)を発見した。背に腹は代えられない。


「ふふふ……血が騒ぐわね。私の美容魂(暇つぶし)に火がついたわ!」


鏡の前に陣取り、ランプの光を一番近くに寄せる。

狙うは、あの眉間をジャックしている「一本繋がりの極太ハイウェイ」だ。


鏡のなかの自分と目が合う。

鏡に映し出されているのは、手入れを怠り、奔放に生い茂った私の眉だ。太く、硬く、一本一本が自己主張の塊のように密集している。「ゲジマユ」と一蹴するだろう。だが、私にとっては最高の上質な素材だ。


右手になんとか馴染ませたハサミ。コームも、アイブロウペンシルでの下書きも使わない。プロ(自称)の指先には、骨格と毛流れの正解が触覚でわかるのだ。


小さく息を吐き、ハサミの刃先を眉頭の毛群へと滑り込ませる。


硬い毛が弾ける小さな音が、静かな部屋に響いた。まずは全体の長さを均一にするのではない。毛流が交差し、最も影が濃くなっている「密集地帯」の、その中のたった一本を見極めて間引く。


刃先をミリ単位で細かに動かし、皮膚に対して並行に、あるいは絶妙な角度をつけてハサミを慎重に動かしていく。切り落とされた短い毛が、パラパラと頬に落ちる。それを払うこともしない。視線は鏡の中の毛根の一点に集中する。


長さではなく、「密度」をコントロールする。


毛が重なり合って黒く濁って見えていた部分に、ハサミを入れるたび、わずかな隙間が生まれ、肌の青白さが透けて見えてくる。グラデーションが生まれ始めている。


集中するあまり、息をするのも忘れるほどだ。


続いて眉山から眉尻へ。ここは一本の処理ミスがラインの崩壊に繋がる。

皮膚をわずかに左手の指先で引き上げ、毛の生え際を露出させる。毛足の長い浮いた毛だけを、刃先を滑らせるようにして正確にカットしていく。


無駄な抵抗を見せていた毛先が綺麗に揃い、頑固だったゲジマユが、意思のある洗練された「眉」へと変貌していく。


10分……20分……。

集中力は極限に達していた。楽しい。自分の顔が、カットするたびに劇的に変わっていくこの感覚! 美容脳の血がドバドバと脳内物質を出している!


最後の仕上げに、全体を遠目で一度確認し、再び近づく。中央で頑固に向きを変えていた一本に狙いを定め、ハサミの根元で確実に捉えた。


これで終わり。

ハサミを置き、頬に落ちた毛羽を使っていない絵画用のブラシでさっと払う。


「できた……ッ!」


私はハサミを置き、息を吐き出した。

鏡の中を覗き込む。


鏡の中にいるのは、野暮ったさを完全に削ぎ落とされ、骨格の美しさを際立たせた、私自身の眉だ。


中央で綺麗に分離され、きっちりと美しいアーチを描く、完璧な黄金比の眉毛が存在していた。


「中々の出来栄えじゃないのこれ!」


思わず自画自賛の叫びが漏れ出た。

眉毛が整っただけで、怪物っぽさが一気に三割ほど減少し、目元の凛とした印象が際立っている。


やっぱり! 私の目に狂いはなかったわ! 顔の印象を左右する眉毛でこんなに印象が変わるんだから!


うっとりと鏡の中の自分の眉(作品)を撫で回し、自画自賛のループに入ろうとした、その時――。


コツ……コツ……コツ……。


静まり返った廊下から、足音が聞こえてきた。


「……え!? はっ!?」


私はピタリと動きを止めた。

時計は深夜の2時か3時。この広い屋敷には、現在私一人しかいないはずだ。使用人は全員解雇した。両親もいない。


なのに、廊下を歩く足音が、確実にこの部屋――執務室に向かって近づいてきている。


コツ……コツ……コツ……。


(ま、ままままさか……ぞぞぞ賊!? 泥棒!? それともこの世界って魔物とか出るの!?)


吐き出す言葉が極度に震え、一気に背筋に冷や汗が吹き出した。

前世は物騒と言われるが、比較的平和な日本で暮らしていた私だ。不審者の恐怖など久しく味わっていない。

一気にパニックになりかけたが、私は手にある「武器」を握りしめた。


先端がとがったこの小さなハサミ。


(こ、これで……これで目を狙うしかない……! グサッと! やられる前にやるのよ、ルキア!)


私は震える手足で、足音を立てないようにそっとドアへと近づいた。

ハサミを胸の前に構え、刃先をドアに向ける。恐怖で心臓がバクバクと暴れ出し、口から飛び出そうだ。


一歩、また一歩とドアに近づこうとした、まさにその時――。


ガチャリ。


「あ……」


ノックの音と同時に、ドアが内側に向かってあっさりと開いた。

しまった! 鍵をかけるのを忘れていた!!

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