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「うぐぐ……どの世界に行っても、税金と手数料ってやつは容赦がないのね……」
アパートの快適なリビングで、私はテーブルの上に羽ペンと計算用の紙、そして商業ギルドから提示された分厚い規則書を広げ、頭を抱えていた。
エアコンの涼しい風が心地よく吹き抜け、足元ではルンバスⅩが健気に巡回しているけれど、私の心はちっとも爽やかではなかった。
なぜなら――これから始める『ハンドメイド&木工家具ショップ』の試算をすればするほど、生々しい「固定コスト」の壁が立ちふさがってきたからだ。
「えーっと、まずは王国の治安維持・商業保護税……これが店舗売上の【10%】」
これは何かトラブルがあった際、即座に王立警備隊が駆けつけてくれる保証料も兼ねているらしい。
「次に、商業ギルドへの加盟料と、資材搬入時の護衛共済手数料……これが売上の【5%】」
そして最後に、私たちが狙っている人通りの多い中央大通り――いわゆる「超一等立地」のショッパーズ組合への上乗せ手数料が売上の【5%】。
「……全部合わせたら、なんと【売上の20%】が税金と手数料で持っていかれる計算じゃない!!」
私は羽ペンを置いて、がっくりと肩を落とした。
前世の記憶が頭をよぎる。
アプリ開発者やECサイト出店者が「プラットフォーム手数料30%は高すぎる!」と悲鳴を上げていたのをニュースで見たことがあるけれど、売上の2割が持っていかれるのも大概だ。利益率の低い商売だったら、これだけで一発で赤字転落してしまうレベルである。
「そりゃあね……どこの世界でも、裏でこっそり手数料を誤魔化したり、無許可で闇市を開いたりする『手数料詐欺』が横行するわけだわ……気持ちは痛いほど理解できる……」
しかし、私はすぐに頭を振ってその思考を打ち消した。
「だめだめ! 安全と平和はお金で買うものよ! 街の外や裏路地で無許可営業なんてしたら、治安は悪いわ、客層は悪いわ、いつ憲兵に捕まって全財産没収されるか分かったもんじゃないもの!」
集客が見込める安全な一等立地で、正々堂々と胸を張って商売をするためなら、20%の経費は必要不可欠な「安全対策費」と割り切るしかない。私には2000金貨という潤沢な資本金があるのだから、目先の数%をケチってリスクを犯すのは愚の骨頂なのだ。
「よしっ! 腹は括ったわ! 申請書類、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう!」
私がカリカリと羽ペンを走らせていると、部屋の隅から「シャー……シャー……」という心地よい木削りの音が聞こえてきた。
そこでは、昨日私がプレゼントした大工道具一式を広げ、カシウスが集中した眼差しで木材と向き合っていた。
彼が作っているのは、私服やハンドメイド用の生地を収納するための大型の『衣装箪笥』だ。
新品の鉋で削られたオーク材からは、薄い木くずがまるでリボンのようにするすると生み出され、部屋の中に清々しい木の香りが漂っている。
カシウスの手つきはプロの職人顔負けで、カンナを引くたびに木肌が鏡のように滑らかに光り輝いていた。自分がプレゼントした道具で、彼が実に楽しそうに作業をしている姿を見るだけで、私の疲れは吹き飛んでしまう。
(ふふ、カシウスってば本当に器用なんだから……)
私が微笑ましく彼を見つめていた、その時だった。
――コン、コン。
静かなアパートのドアを、控えめだが力強いノックの音が叩いた。
「はーい!」
私は前世の感覚で、なんの疑いもなく「宅配便かな?」くらいの気安さで立ち上がり、扉へ向かおうとした。
だが――次の瞬間!
バッ……! と風を切る音がして、視界が遮られた。
「ルキア様、お下がりください!」
カシウスだった。
彼は作業の手を即座に止め、まるで襲撃を受けたかのような素早さで私の前に立ち塞がると、腰の剣の柄にしっかりと手をかけていたのだ。
その青い瞳は鋭く引き締まり、ドアの向こうの配慮に全神経を集中させている。
「あ、カシウス……? 大丈夫よ、ただの訪問者だと思うけど……」
「いいえ。このアパートの部屋を知っている者は限られています。ルキア様の安全が確認できるまで、お一人でドアを開けてはなりません」
そう言うと、カシウスは私を背中に庇うようにして少し後ろへ下がらせ、左手で静かにドアの鍵を解除した。
(あ、そっか……ここ異世界だし、私は一応『元・伯爵令嬢』だもんね……カシウスの警戒心が正しいわ)
前世の感覚で「誰〜?」と気楽に開けようとした自分を反省しつつ、私はカシウスの広い背中の後ろから、そっと外の様子を覗き込んだ。
ギィ……とドアが開く。
そこに立っていたのは――予想を遥かに超える、異彩を放つ二人組だった。
一人目は、つばの広い華やかな帽子をかぶり、最高級のシルクで仕立てられた美しい深緑のドレスを纏った、気品と自由奔放さを同居させたような美貌の女性。
そして二人目は、その女性の斜め後ろに付き従う、体躯の大きな護衛の騎士だった。
(……え!?)
私は後ろの騎士が身につけている重厚な甲冑を見て、思わず目を見張った。
金属表面には美しい群青色の塗料で繊細なルーン文字の彫刻が施され、胸元には錨の紋章が刻まれている。あれは――貴族時代の知識にある。
(ゼリュキア帝国……! あの有名な『ゼリュキア遠征騎士団』の高位騎士しか着用を許されない、最高級の魔導装飾甲冑じゃないの!?)
なぜ、そんな超大物の護衛を連れた大貴族のような女性が、こんな庶民向けのアパートのドアの前に立っているのか。
「あら……失礼。物物しい警戒をさせてしまったかしら?」
ドレスの女性は、カシウスが剣に手をかけているのを見ても顔色ひとつ変えず、優雅で鈴の鳴るような声で微笑んだ。
「初めまして、可憐なお嬢さん。それから……頼もしい騎士様。私はアイレネと申します。職種で言えば……そうね『画家』をやっている者よ」
「画家……?」
私が首をかしげると、私の前に立っていたカシウスが「ハッ」と息を呑んだ。
彼の肩が大きく跳ね上がり、驚愕の声を漏らす。
「アイレネ……!? もしかして『巨匠クラトス様』の……ご息女であられる、あのアイレネ様ですか!?」
女性――アイレネは、くすりと悪戯っぽく微笑んだ。




