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雇われの針子として地味に服の破れを直すだけなんて勿体ない。
せっかく潤沢な開業資金(資本金)があるのだから、雇われるのではなく――『自分で小さなお店を開く』のはどうだろう!?
「小さな店舗を借りて、私のハンドメイド雑貨と……そうよ!」
私は誰もいない部屋でパンッと手を打ち鳴らした。
「カシウスの作ったお手製家具も、一緒に並べて売ればいいんじゃない!?」
木の温もりがあふれるカシウス作の美しい机や棚の上に、私が作った可愛いゆるふわぬいぐるみがちょこんと飾られている、夢のようなオシャレ雑貨ショップの光景を!
「素晴らしいわ……! 運命のパズルがカチッとはまった感じがする!」
私が一人で興奮の絶頂に達し、鼻息を荒くしていたその時――。
ガチャリ。
静かな解錠の音とともに、アパートの重厚なドアが開いた。
「ルキア様、ただいま戻りました」
手に大きな紙包みを抱えたカシウスが、爽やかな風とともに帰宅したのだった。
◈
「あ、カシウス! おかえりなさい!」
「ただいま戻りました。街は朝から賑わっていましたよ。……約束通り、お昼ご飯を買ってまいりました」
カシウスはそう言って、テーブルの上に温かな湯気が立つ紙包みをそっと置いた。
包みを開くと、そこから香ばしい小麦とトマト、ニンニク、そしてハーブの甘い香りが部屋いっぱいに広がった。
「わあ……! すごく美味しそう!」
買ってきた料理は、太めのストロー状のロングパスタ『ブカティーニ』の濃厚トマトソース和えと、ブロッコリーやカブ、人参を香草オイルで蒸し上げた『温野菜のサラダ』。それと、フルーツジュースだった。
「冷めないうちに食べましょう」
カシウスが手際よくカトラリーを並べ、椅子を引いてくれる。
私たちはカシウス特製のテーブルを挟んで向かい合わせに座り、「いただきます」と手を合わせた。
ブカティーニをフォークに巻きつけて口に運ぶ。
もちもちとした歯ごたえのある麺の中から、穴を通じてじゅわっと溢れ出す濃密なトマトソース。ハーブの風味が効いていて、飛び上がりたくなるほど美味しい!
「おいしい……! カシウス、このお店すごく当たりね!」
「喜んでいただけて何よりです。……ところで、ルキア様」
温野菜サラダのブロッコリーを上品に口へ運びながら、カシウスがテーブルの上に散らばった麻紙の山に目を向けた。
「出かける前にも拝見しましたが……その大量の紙は、もしかしてアルブムですか?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」
私はパスタを口に含んだまま、興奮気味に乗り出した。
「実はね、これからこの街で生きていくために、自分にできる『お仕事』を探していたの! でね、色々と考えてみたんだけど……私、雇われるんじゃなくて『自分のお店』をやってみようかと思っているの!」
「……お店を!?」
カシウスが驚いたように目を丸くした。
「ええ! 私は前世……じゃなくて、昔から裁縫や小物を手作りするのが得意だったから。だから、アイディアを活かした可愛いぬいぐるみや雑貨を作る『ハンドメイドショップ』を開こうと思っているの!」
「ルキア様の手作り……なるほど。ルキア様の器用さと感性であれば、きっと素晴らしい品ができるでしょうね」
カシウスは深く頷き、心からの賛同を示してくれた。
「それでね、カシウス!」
私は身を乗り出し、彼のまっすぐな瞳を見つめた。
「もしよかったら……カシウスも一緒にお店をやらない? カシウスが作ったこの素敵なテーブルや椅子みたいな『木工家具』を、私のお店に商品として並べてほしいの!」
「え……? 私の作った家具を……商品として、ですか?」
カシウスが一瞬、ポカンと呆けたような顔をした。
いつも冷静沈着で凛々しい彼が見せる、珍しい隙のある表情だ。
「そうよ! だって見てよ、このテーブルも椅子も、木目がすごく綺麗で角の仕上げも丁寧で、座り心地最高じゃない! こんなに素晴らしい家具が作れるんだから、世の中に出さないなんて絶対に勿体ないわ!」
「……」
カシウスは自分の膝の上に置いた大きな手を見つめ、それからゆっくりと噛みしめるように呟いた。
「……実は」
「ん?」
「実は……騎士団におりました頃から、非番の日に木を削り、家具や小道具を作ることが私の唯一の密かな趣味でした。いつか自分の手で作った家具を、誰かの生活に役立ててもらえたら……と、夢見たことがなかったと言えば、嘘になります」
カシウスの頬が、ほんのりと赤らんでいた。
普段のストイックな騎士の顔から、一人の青年の素の顔が覗いている。
「いいですね……! ルキア様のお店の隅に、私の作った拙い家具を置かせていただけるのでしたら、これ以上の喜びはありません!」
「拙くないわよ! 最高なんだから!」
カシウスの前向きで好意的な返事に、私は胸を躍らせた。
よーし、話がまとまったところで――いよいよ本日のメインイベント発動である!
「カシウス、ちょっと待っててね!」
私はパッと立ち上がると、寝室のクローゼットへ駆け込み、あらかじめ隠しておいた「それ」を抱えて戻ってきた。
ずっしりと重い、革製の頑丈なツールバッグ。
「……? ルキア様、それは?」
「ふふん! カシウスへ、私からのサプライズプレゼントよ!」
バサッとテーブルの上にツールバッグを置き、ジッパーを開けて中身を広げて見せた。
重厚な真鍮と鋼で出来た『トンカチ』、美しい刃先がギラリと光る両刃の『ノコギリ』、サイズの異なる鋭利な『鑿』が数本、そして滑らかな平木で作られた極上の『鉋』!
大工や木工職人が喉から手が出るほど欲しがる、王都最高峰の鍛治職人が打った『大工道具一式セット』である!
それを見た瞬間、カシウスの時が止まった。
彼は目を見開き、息を呑み、震える手を伸ばしてそっとノミの柄に触れた。
「こ、これは……王都一の鍛治工房『鋼の槌亭』の刻印……! なぜ、これほどの最高級品を……!?」
「ふふん、気づいてたのよ?」
私は腕を組んで得意げに笑ってみせた。
「カシウス、この部屋の家具を作ってくれた時、近所の職人さんから古くて錆びた道具を借りて使っていたでしょ? 『いつかお金が溜まったら自分専用のいい道具を買いたいな』って、つぶやいていたの、私は聞き逃さなかったんだから!」
借り物の道具で、あんなに素晴らしい家具を作ってくれたのだ。
彼に自分専用の本物の道具があれば、どれほど素晴らしい仕事ができるか。
だから私は、こっそり一人で高級工房に立ち寄り、一番良い道具一式を先回りして買い揃えておいたのだ。
「ルキア様……私のような護衛のために、このような高価なものを……」
カシウスは道具セットと私を交互に見つめ、言葉を詰まらせていた。
彼の青い瞳が、じんわりと揺れている。
いつも完璧で、主人のために感情を押し殺しがちな彼が、まるでサンタさんから欲しかったおもちゃを貰った幼子のように、心底からの喜びに打ち震えているのだ。
「借り物の道具なんて返して、今日からはこの子たちを自分の相棒にして! 私たちのお店の商品、期待してるんだからね、カシウス!」
「……はいっ!!」
カシウスは力強く頷くと、ノコギリとカンナを愛おしそうに胸に抱きしめた。
その顔には、これまで見たこともないほど眩しく、少年のようなピュアな満面の笑みが浮かんでいた。
(……あ、あかん……可愛すぎる……!!)
胸の奥がキュンと激しく鳴り響き、私は悶絶しそうになるのを必死で耐えた。
普段はクールで頼れるイケメン騎士が、プレゼントされた大工道具を抱きしめて破顔しているのだ。このギャップ萌えの破壊力は冗談抜きで世界を滅ぼせるレベルである。
「大切に……生涯の宝物として、大切に使わせていただきます! ルキア様、本当に……本当にありがとうございます!」
「どういたしまして! 喜んでもらえて良かったわ!」
カシウスの弾けるような笑顔に毒気を抜かれ、私は胸いっぱいの癒やしと幸福感に包まれていた。
美味しいパスタの香り、心地よいエアコンの風、そして大好きな騎士の飛び切りの笑顔。
「よしっ! 方向性は決まったわね! 明日からはお店の物件探しと、ハンドメイドの試作を始めるわよ〜!」
「はい! 全力でお供いたします、ルキア様!」
没落令嬢と真面目な騎士のセカンドライフ。
快適な古代ドワーフ家電に囲まれた私たちの次なる一歩は、夢の「ハンドメイド&木工家具ショップ」の開業へと向かって、賑やかに踏み出されたのだった。




