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あの怒涛の爆買い劇から、はや数日――。
私たちの暮らしは、まさに「劇的」という言葉が相応しいほどの激変を遂げていた。
「ふはぁ〜……今日もお湯が最高……」
朝のルーティンである朝風呂を終え、私はほかほかと温まった体で脱衣所からリビングへと足を踏み入れた。
一歩入れば、そこは真夏や真冬の不快な湿気・暑さとは無縁の天国空間。
壁に設置された真鍮製の『対流式空間熱媒換熱循環機』が、静かに「フォー……」と心地よい微風を送り出し、室温を完璧な25度に保ってくれている。
足元では、円盤型の『自動清掃徘徊機・ルンバスⅩ(テン)』が「シャカシャカシャカ……」と規則正しい音を立てて小さな埃を吸い取りながら廊下を優しく巡回中だ。
キッチンの方を見やれば、巨大な『氷素定着式局所低温維持機(冷蔵庫)』が「フシュー……」と低い重低音を響かせ、昨日買い込んだ新鮮な野菜や果物、乳製品をバッチリ冷やしてくれている。
「文明の力……素晴らしすぎるわ……!」
あの日、輸送費・設置費込みで300金貨という大金をぶち込んだ甲斐があったというものだ。
手でゴシゴシと服を揉み洗いする必要もなければ、ほうきで埃を吐き出す手間もない。お風呂上がりには『熱流体式温風機』で髪をサッと乾かせば、10分でしっとり潤うサラツヤ髪の完成である。
カシウスが帰ってくる前に、進めておかないと。
私は頭に巻いていたバスタオルを外し、熱流体式温風機で乾かした後、リビングの中央に置かれた木製の大きなテーブルへと向かった。
この重厚で温かみのある木製テーブルと、身体に心地よくフィットする二脚の椅子は、何を隠そうカシウスが手作りしてくれたものだ。
アパートに越してきた、家具が何もない部屋を見かねた彼が、近所の木材屋から頑丈なオーク材の端材を安く買い求め、夜遅くまで一生懸命削って組み立ててくれたのだ。表面もしっかり磨かれていて、角が丸く削られたその丁寧な仕事ぶりには心底感心させられたものである。カシウスは余り物のクッション材しかなく不満だったが、ここら辺は後でどうにでもなるだろう。
私はカシウス特製の椅子にチョコンと腰掛け、テーブルの上にどっさりと紙束を広げた。
紙の正体は、王都の広場にあるアルブム(斡旋掲示板)から一枚ずつ集めてきた、麻紙の求人広告である。
今朝、カシウスは朝早くから街の武具店へ出かけている。
自分の甲冑や剣の手入れに使う『ラノリン(精製羊脂)』や砥石の補充が目的だ。出かける際、「ついでにご飯を買って戻りますね」と言ってくれたので、私はそれまでの時間を使って、自分のお仕事探しに精を出しているというわけだった。
さて……これからこの街で生きていくための、私の『お仕事』を見つけなくちゃ!
2000金貨以上の蓄えがあったとはいえ、当然出費で高速に目減りしている。現在はカシウスと共同管理にしたが、カシウスに甘えているわけにはいかない。ただ部屋でゴロゴロと散財しているだけの人生なんて前世の私には耐えられない。人間、適度に働いて社会と繋がり、自分の手で糧を得るからこそ充実感が得られるのだ。
「えーっと……どれどれ〜?」
私は求人広告を一枚ずつ手に取り、じっくりと内容を吟味しながら、「採用」「不採用」の山へと地道に分けていく作業に入った。
まずは、一枚目。
【大衆酒場『キングロブスター亭』:給仕急募!】
時給:銀貨2枚。賄い付き。元気で愛嬌のある若い女性歓迎!
「うーん……酒場の給仕かぁ……」
私は顎に手を当てて考え込んだ。
パスね。絶対に酒癖の悪い酔っ払いや、荒くれ者の傭兵たちと揉める未来が見えるわ。胸やお尻を触られたりしたら嫌だし……何より怖い。平和的に却下!
皿洗いや開店前の掃除だけなら静かで良さそうだけど、酒場という環境そのものにトラブルの匂いがプンプンする。危険はハナから回避するのがスマートな生き方だ。
続いて、二枚目。
【近郊の農園:農作業員募集】
内容:小麦の収穫および芋掘り。早朝より日没まで。
「農婦……うん、無理!」
即答で不採用の山へポイ。
ブラック臭がすごすぎるわ。それに毎日炎天下で畑仕事なんてしたら、昨日エルフの美容液で整えた私の肌がカピカピの干し柿になっちゃう! 紫外線はお肌の殺傷兵器なんだから絶対ダメ!
そう言えばランニングやサッカーが趣味で、大会まで出ている子達と、バレエやスケートをずっとやっている子達とか、同窓会で両方に会ったけど、悲惨だったな……。
よし! どんどんいこう。三枚目。
【館の使用人(掃除・洗濯全般)募集】
条件:住み込み。真面目で口の堅い者。
使用人……お掃除全般ね。
これは少し手が止まった。
お掃除や片付けなら、前世の一人暮らしの知識が活かせるし、比較的簡単そうね。悪くないかも……あ、でも待って。
私はふと首を傾げた。
貴族の館への住み込み使用人って……この国だと、下級貴族の次女や三女が作法を学ぶために出るのが一般的なのよね。貴族のお屋敷じゃないってこと? 口が堅い者ってのも気になる。でも悪くないかな。
四枚目。
【乳母募集】
乳幼児のお世話。住み込み。高給優遇、食費全額支給!
「うわ、条件めちゃくちゃ良いじゃない! 給与高くて食費もタダ! ……って、あ」
私は自分の胸元を見下ろし、すぐに遠い目になった。
そもそも私、出産経験ないから心配だわ。それに赤ちゃんのお世話は嫌いじゃないけど……出産の補助とか怪我の処置で『血』を見るのは絶対に無理かも。前世から注射針すら直視できないレベルで血が苦手なのよ……血を見たら卒倒しちゃう。無理無理!
五枚目。
【建築現場での資材搬入・土木作業員】
体力自慢求む! 日給20銀貨!
無理無理無理無理!!!! 私に重い丸太や石材が運べるわけがない。骨折して終了だわ。
六枚目。
【パン屋の助手募集】
早朝からの生地こね、窯の番、接客。
パン屋さん……美味しそうだけど、私、お料理全般がめちゃくちゃ苦手なのよね……。
私は遠い目をして、前世の寂しい食卓を思い出していた。
前世の独身時代、私の自炊といえば、スーパーでカット済みの野菜パックとカット肉を買い、市販のタレや素を絡めて炒める、煮込むだけの『ローテーション調理』だった。揚げ物は惣菜コーナーで、魚も下処理済みの焼くだけ。
レシピ本を見てイチから出汁をとったり、パン生地の発酵温度を管理したりなんて到底できるわけがない。
包丁で野菜を切ってタマネギの涙に耐えるくらいならできるけど、パンを焦がして店主に怒鳴られる未来が見えるわ……これもパス
……と、ここまで見てきて、私は大きく溜息をついた。
はぁ……私にできることって、本当に何もないのかな……。
IT系は当然ないし。高額と言えば、魔法や錬金、戦場の傭兵とか。
なんだか社会から「いらない子」と言われているような気がして、少し凹みかけた――その時だった。
テーブルの隅に追いやられていた、薄桃色の紙切れが目に飛び込んできた。
【針子募集】
簡単な衣類の繕い、ボタン付け、刺繍の補助ができる方。
「……ん? 針子……つまり、裁縫?」
その文字を見た瞬間、私の頭の中でピカーン! と鮮烈なひらめきが走った。
「ちょっと待って……これ、私にめちゃくちゃ向いてるんじゃない!?」
『ハンドメイド』も個人ブームだったのだ!休みの日はフェルトや生地を買い込み、ミシンと手縫い針を駆使して、推しキャラのぬいぐるみや、フリルたっぷりのポーチ、ゆるふわな動物マスコットなどを夜な夜な作りまくっていた過去がある。
そうよ! 裁縫なら自信があるわ!
私はウキウキと目を輝かせ、頭の中でアイデアを爆発させ始めた。
この世界の手芸品や子供向けのおもちゃといえば、木彫りの無骨な人形や、羊毛を丸めただけの素朴な玉くらいしかない。
もしここに、前世で大人気だったような『ゆるふわ系の可愛い動物ぬいぐるみ』や『フワフワのフェルトマスコット』を持ち込んだら……?
「絶対にバカ売れするわ……! 子供たちだけじゃなく、若い女の子や子育て中のママさんたちが飛びつくに決まってる!」




