13
「ふはぁぁ〜……天国、天国……」
朝の爽やかな光が差し込む小窓の下で、私は湯船に肩まで浸かり、幸せな吐息を漏らしていた。
前世からの譲れないこだわり――それは「朝風呂」である。夜にお風呂に入って一日の汚れを落とすのは当然として、朝起きた時に軽く温まり、肌を整え、目覚まし代わりに朝風呂へ浸かる。この「二度風呂習慣」こそが、私の美容人生における生命線なのだ。
昨日、ヴァレリウス伯爵家(元我が家)の物置からちゃっかり持ち出していたお気に入りのボディーソープ――高級植物油と花エキスが凝縮された固形石鹸を泡立て網でモコモコに泡立て、体全体を優しく包み込むように洗う。
そして、髪には買い求めた『華精の洗髪液』を贅沢に使用。
指通りが圧倒的に滑らかになり、傷んでパサついていた毛先がしっとりまとまっていく。
仕上げはこれ、私の秘密兵器――『滑過の魔導剃刀』
見た目は真鍮製の小さなT字カミソリだが、柄の部分に微弱な風魔法の魔石が組み込まれており、刃を肌に滑らせるだけで、一切の痛みがなく、産毛や体毛を一瞬で根元から綺麗に刈り取ってくれるスゴイ優れものなのだ。
「よしっ……脇も脚もツルツル! 髪はサラサラ! 顔は昨日買ったエルフの秘薬でモチモチゆでタマ!」
お風呂上がりに鏡を覗き込み、私は思わずガッツポーズを作った。
「これこれ! これよ私のQOB!!」
屋敷を追い出された当初は、井戸水で泥を洗うような地獄の極限サバイバルを覚悟していたけれど、蓋を開けてみれば前世の現代日本と比べても遜色ないレベルで快適な美容ライフが送れている。カシウスも昨日のお風呂でそれぞれ使ってもらって満足していた。
実は、この世界が異世界ファンタジーのくせにやたらと衛生面や生活環境で恵まれているのには、明確な理由があった。
それは――古代に存在し、今や滅び去った超技術の民『ドワーフ族』のおかげである。
この世界において、古代ドワーフ族が遺した建築技術や魔法技術の遺産はあまりにも偉大だった。
現在の人間たちは、ドワーフたちが遺した技術を完全に原理から解明・復元できているわけではないけれど。
彼らが遺した設計図や回路をなんとか解読し、「使えそうな部分を部分的に模倣・復元して再現している」という状態なのだが、それでも十分すぎるほど過剰な技術力だった。
例えば、このアパートの浴室。
前世のユニットバスとほぼ同じような構造で、魔石による自動給湯システムが組み込まれているため、蛇口をひねるだけでアツアツのお湯が溢れ出てくる。
さらに水インフラに関しても、昔から流行病や伝染病(疾病)の対策に徹底的に力を入れてきたルーメン王国が国力を挙げて管理しているため、上下水道は完璧に完備。トイレだって、水晶ボタンを押せば水が流れる完璧な水洗トイレなのだ。
「古代ドワーフ技術と王国の水インフラに感謝ね……」
まったりと温まり、最後にもう一度お湯をかぶってバスタオルを頭に巻いた、その時だった。
カサッ……シャリッ……シャリッ……。
脱衣所の薄い扉の向こうから、小さく規則的な金属音が聞こえてきた。
刃物を砥石で研ぐような、静かで静寂な音だ。
「カシウス?」
私はバスタオルで髪を拭きながら扉を開け、リビング(兼玄関)へと顔を出した。
そこには、私よりずっと早起きをして服を着替えたカシウスが、床に布を広げ、膝の上に置いた彼の愛剣を真剣な目つきで磨いている姿があった。脇には、ピカピカに磨き上げられた彼の銀色の甲冑が整然と置かれている。
「あ、ルキア様。お風呂から上がられましたか」
カシウスは手を止め、顔を上げた。
昨日使ったエルフの美容液のラズベリーの香りが私の体からふわりと漂うと、彼は一瞬だけ耳を小さくピクッと揺らしたが、すぐに凛とした表情に戻った。
「おはよう、カシウス。朝早くから何をしているの? 剣のお手入れ?」
「はい。手入れを怠り、錆びたり刃こぼれした装備を身につけている騎士を連れていると、主であるルキア様の恥になりますから。常に万全の状態に保っておくのが、騎士の勤めです」
そう言って、カシウスは手ぬぐいで剣身を丁寧に拭き上げた。
彼の背筋はピンと伸び、その眼差しには一切の甘えも妥協もない。
私は胸の奥がキュンと甘く痺れるのを感じた。
なにこの男……カッコ良すぎない……!?
どこまでも誠実で、どこまでも愚直で、主である私を第一に考えて行動してくれる。
前世の私の周りにいた男たちなんて、合コンで「俺、〇〇会社の商社マンだから〜」とか自慢してきたり、デートの遅刻を平気で仕事のせいにしたり、浮気して開き直ったりするような奴らばっかりだったのに!
「騎士が存在する世界……恐るべし……!」
こんな完璧で誠実なイケメンが、私の専属騎士として隣にいてくれるのだ。
伯爵家の財産は失ったけれど、カシウスという変えの効かぬ騎士といるだけで、私の人生は大勝利と言っても過言ではない。
「ルキア様? どうかされましたか?」
「ううん! 何でもないわ! カシウス、朝早くからご苦労様!」
私は照れ隠しにパッと笑顔を弾けさせた。
「さて! お風呂も入ったことだし、今日は予定通りお買い物に行きましょ!」
「はい。本日のご予定は?」
「まずは、私とカシウスの『新しい服』を買いに行くわ! 見た目の豪華さとかドレスみたいなひらひらした飾りは一切不要! 『機能性重視』の動きやすい服よ!」
昨日までは古着を履いていたけれど、流石にサイズが合わなくて動きづらかったのだ。カシウスも騎士団の制式服2つと甲冑しか持っていないので、普段使いできる丈夫な私服が必要だった。
「かしこまりました。服の調達ですね」
「そして服を買ったら、次はいよいよ本命……我が家の『家具・魔道具(家電)』を揃えに行くわよ!」
こうして私たちは、朝の爽やかな空気の中、王都の商業区へと出発したのだった。
◈
まず向かったのは、庶民派の洋服仕立て屋が集まる大通りの衣料品店だった。
私は店に入るなり、店員さんに「とにかく頑丈で、洗濯に耐えられて、動きやすいシンプルな服をください!」と頼み込んだ。
シルクやレースのドレスなんて一切見向きもしない。
肌触りの良い綿や麻のシャツ、伸縮性のあるズボン、前開きの上着、そして丈夫な靴。
カシウスの分も同様だ。彼のような体格の良い男性に合う、シンプルで頑丈なネルシャツや作業用のレザーパンツなどを彼が選んでいく。
「ルキア様、そんなにたくさん購入されるのですか……?」
「当然よ! 替えはたくさんあった方がいいもの! カシウスの分も、私の分も、それぞれ20着ずつ買うわ!」
「に、20着も!?」
カシウスが目を丸くしていたが、私は容赦なくカゴに服を放り込んでいった。
貴族時代は一着で金貨数十枚もする無駄に豪華なドレスを着せられていたが、こういう実用的な普段着は一着あたり銀貨数枚程度で買えてしまう。
結果、私とカシウスの服を合計40着、さらに下着や靴、靴下などをまとめ買いしても、かかった費用は合計1金貨ほどで済んでしまった!
「よし! 服の確保はバッチリね! カシウス、荷物は一度アパートに置いて……次は問題のあのお店に行くわよ!」
◈
服の買い物を手早く済ませた私たちが次に向かったのは、王都の北側――大富豪や貴族たちが集まる超一等地に構えられた、巨大な建造物だった。
ガラス張りの豪奢なファサードの上には、金文字で大々的に看板が掲げられている。
『王立魔導機械技術廠・特約販売公社』
そう、こここそが古代ドワーフ技術の復元魔道具――前世で言うところの「家電量販店」である!




