70:一歩先の施政
まだ冬本番ではないが冬の気配も深まるラーグでは今年最後の牛売のために牛たちが集められドローヴァーと呼ばれる牛を運ぶ男たちが広場に集まっていた。
この呼称は実を言うと歴史的にはまだ早い、専門職になるのはもうちょっと後の話なのだ。それでもレテウスがこの呼称に拘るには理由があった。
ラーグという土地はスコットランドではレアグと呼ばれる土地だった。レテウスの知る歴史では一世紀後には交易都市への中継地点として栄える。それを早めるためにもドローヴァーという専門職を今のうちに確立させるのが狙いなのだ。
「出発までまだ日にちが有るってのに呼び出しやがって、なんだってんだ!」
この時代では牛の移動は専門職ではなく牛飼い達の冬の仕事、のんびり出来ると思っていた牛飼い達は苛立っていた。
カーン カーン
広場に鐘の音が鳴り響く、ぞろぞろとレテウスの元へと集まる牛飼いたちに声をかける。
「今から皆さんに前金を払います。並んで下さ~い」
「前金ってなんだ?」
レテウスはにっこり微笑んで
「賃金の前払いです。と言っても全部じゃありませんよ。」
「坊っちゃん俺たちゃまだ働いてませんぜ」
「だから前金なのです。それに…」
「それに?」
「だって後払いじゃ、インヴァクスに着いても買い物できないじゃないか」
レテウスがラーグの家々を回りながらカウトールの治世について聞いて回っている間に耳に入ったことだった
「牛追いをしてもインヴァクスで何も買って帰ってやれねえ」
前払い自体はこの時代でも有るはずなのだがカウトールではしてこなかったようだ。
牛を救いはしたがまだまだ治める上が変わっただけだと思っている住民は多い。そこでヴァルヴェックとのラーグ復興計画の中で上が変わっただけでない、目に見えて良くなったと感じられる施政とは何かを考え、賃金の一部前払いを思いついたのだ。貰える賃金は同じでも恩恵は大きい。
ラーグでは手に入らない妻や子供へインヴァクスの土産や加工品、食材品だって手に入る。出発の数日前に渡すのもこの話を広めてもらうためだ。
「本当に貰って良いんですかい?」
「その分頑張って働いてね。に~し~ろ~や~…はい二十四枚で二シリングね。帰ってきた後は四シリングだよ」
数え終わると小袋に入れレテウスはドローヴァーに手渡す
隣に立つヴァルヴェックおじさまが補足を入れる。
「インヴァクスで使うのも自由だ、だがいざという時の飯代くらいは払えるように残しておけ」
おおおおぉぉぉぉぉ
前金を順番に渡すたびに上がる喜びの声を上げれば、周りにいた住民たちも何事かと顔をこちらに向ける。
よしよしみんな食いついたな。住民たちが興味を持ったところで
「じゃあ、解散。ゆっくり休んで仕事に備えてね」
牛飼い達はホクホク顔で家へ戻っていく。家でこの話を触れ回ってくれれば信頼してくれるとまでは行かなくても家の雰囲気が良くなればそれでいい
からっ風が凍みる自分たちも早く屋敷に撤収しよう、そう思い踵を返すと荷馬車がやってきた
「レテウス様~例のもの積んできましたよ~」
グレンガルト・トゥアからの荷馬車だった。
――――――
屋敷に戻るつもりだった計画を変更して教会へ行きフォルフリッサさんを呼んでもらう
「レテウス様?どうなさいまして」
「フォルフリッサさん、旅の間はこれを付けていて下さい」
エヴァン家ひいてはグレンガルト・トゥアの一団に加わったことを証明するためにバッジを渡した。
「これは私が身に着けてもいいものなのかしら?」
フォルフリッサさんは掌に乗せた鉄製のバッジをこちらに見せながら確認してきた。
「勿論ですよ。一緒にインヴァクスへ行ってもらえるんですから」
何度もインヴァクスへ行ったことの有るというフォルフリッサ、彼女が言うにはラーグからインヴァクスへの道のりはここ数年でだいぶ荒れてしまっているそうだ。
「私なら道案内出来ますわよ。勿論インヴァクスの街の案内付き」
自信満々な彼女がにこにこと案内役を買ってくれて今に至る
このバッジは、十九世紀頃のスコットランドには存在するクラン・クレスト・バッジと呼ばれる物を先取りした物でグレンガルト・トゥア産のブランドロゴが描かれたピンバッジ、この世界にも存在するが鉄製でもなければ意匠でもない。
スコットランドの各氏族は所属を証明する為にプラントバッジといって氏族の植物を帽子などに挿していたと言われている…こういう言い方になってしまうのは植物であるが故に全く現存しないからだ。
バッジが届くのは、もっと先になると思っていた。
それだけヨゾ達が頑張ってくれたのだろう。
手に取ってみれば13世紀当時の硬貨ほどの大きさしかない。ここまで小さく仕上げられたことにも驚かされた。自分が想像していたよりも短期間でグレンガルト・トゥアの技術力が上がっている。
こんな事をレテウスは考えていたが、実際はレテウスの無茶振りの所為とフォークが肝心な事を黙っていた所為なのだが当のレテウスは知る由もなかった。
バーン!
「レーテーウース―!!」
扉が乱暴に開かれたかと思えば、顔を赤くしたおじさまがズカズカと近づいて来る。
「ヴァルヴェック様ごきげんよう」
「ごきげんようフォルフリッサ殿」
肝っ玉の座ったフォルフリッサはふふふと笑い、おじさまも意に返さず俺に一直線。
「アレはなんだ!」
「え~と、アレとは?」
「しらばっくれるな!馬車が一台増えていると思って中を見れば半分はゴミの山ではないか」
「ゴミとは失敬な!グレンガルト・トゥアの皆が集めてくれた石と牡蠣殻です。」
「だからゴミだと言ったのだ!グレンガルト・トゥアには馬車は一台しかないのであろう?それなのにあんな物を載せてどうするつもりだ。」
「それはもちろんインヴァクスへの道へ撒くのです。」
「は?」
お~、切れ者のおじさまが理解不能でフリーズしてる。珍しいなぁ~
「何だその顔は…馬鹿にしておるのか!」
おっと、勘違いされてしまった。
「馬鹿になどしてません寧ろ尊敬しています!」
「おっ…おう…そうか」
「これはインヴァクスへの道に使うのです」
「道に?どういうことだ」
おじさまも知らないのか…
「道の補修にでございます。小石を敷き詰め石か…牡蠣殻を撒くことで地面の改良をするんです。」
「石は敷くが牡蠣殻が地面を変えるなどそんな話聞いたことがない」
しまった…一緒に撒く程度に抑えるべきだった…なんて答えようか、おじさま頭良いし、適当に答えると突っ込まれそうだし…後々の事を考えると意地でも押し込みたいのだが…
「あの…少しよろしいですか?」
「なにか?」
「私もそんな事をしているドローヴァーは見たことありませんわ…でも」
「でも?」
「道が良くなれば、その間の牛の餌が少なくて済みますわ。」
おじさまがこめかみを親指で抑える、これ何度か見たけど考える時の癖みたい
「それにもう馬車がこちらに到着してしまったのですから、返してしまえば無駄になってしまいますが…石を下ろした空馬車にはインヴァクスから品を載せて帰って来れますわ。」
「んんん~」
この感じはおじさまの事だ、道理云々よりもこれがプラスになるかマイナスかで考えてくれているのだろう。
「仕方有るまい。だが効果が出ないようなら止めさせるからな」
「それはいつまでですか?一回や二回やった程度で効果が出るものじゃないので…」
「…ん~、足が出るようになったら即だ!」
と言うことは現状はOKってことだ、でも赤字が出たらか…問題はないはずだけど、何が有るかはやってみなきゃ分からない。儲けにつながる事をなにか考えておかないと心配になってきた。




