65:裁き
「こら!レテウス挨拶がまだ終わってなかろう」
「ぐぇ」
挨拶を中断したヴァルヴェックおじさんにむんずと襟首を掴まれてしまった
「代官様?今の話は一体」
「おらの牛が助かるんだべか!」
町の者達は縋る想いでヴァルヴェックおじさんを見ている
「うむ、教会の方々も居る事だし聞いて貰おうか。宜しいですかな?」
「今は皆大変な時期でございます。あとで揉める様なことなきよう言って頂ければと」
「この町の者、家畜たちが助かるのでしたら是非おっしゃって下さい」
勝手な思い込みだが自身…レテウス君の魔力判定をしくじった、もしくはわざとだと判定していたので悪党判定していたのだが…どうやら全ての教会が組みしているわけでは無いようだ
いや、それが普通か…組織なんてのは末端まで悪党じゃやって行けるわけもなし
今になるとこのゆったりとした話し方はやっぱり心を落ち着かせてくれるな。
まあ魔法についての事はおいおい調べるとしてヴァルヴェックおじさんの目を見て頷けば、おじさんも頷き返し話し始める。
「これは提案であって強制では無い。これを前提に話を聞いて欲しい。」
ヴァルヴェックおじさんがよく通る声で言い放った。
牛には優先順位が有る
先ずは種牛、現代の様な肉質や血統というものではなく子を沢山孕ませる事が出来る牛の事だ。
次に母体となる雌牛、若さと受胎率だが歳を食えば受胎率は上がる、矛盾する様な指標だが、其処こそが牛飼いの目が必要になる。
種牛は残している筈だが、ラーグの状況がまだ分からない現状ではどうなっているのか分からない、最悪種牛迄絞める対象になっている可能性も捨てきれないのだ。
「よって救済措置としてこの冬の間だけ牛の権利をエヴァン家が買い、支えようというのが今回の復興支援だ」
「よくわからねぇんですが、そんな事してもエヴァン家には何の得もねえんじゃ」
その通り短期的には損しかない
「我らエヴァン家は代官として来年を見ている、我らエヴァン家の利の為では無い。牛を絞めてしまえば来年はどうなる?もっとジリ貧だ。お前達は今年は耐え切るのだ、耐えて来年馬車馬の様に働きエヴァン家に返し、あとは自分たちの為に取り戻すのだ」
ヴァルヴェックおじ様演説に鳥肌が立つ、今の今まで明日をもしれぬ者たちに来年の話をしたのだ、先を見る事が出来ると暗に提示したと同じ、これがどれ程の安堵を生み出すか計り知れない
自分もそれなりだと思っていた。でも条件がまるで違う、自分の領地で誰もが自分の立場を知っている人の前で行うのと、他領に着て一発目の演説で民衆の心を掴むのとでは全然違う
なんか顔も嬉しそうだ…結婚出来ないの大叔父様関係ないかもしんない…天職という言葉が浮かぶ。
俺はこの人から盗みたい、人身を掌握する全てを、心から思った。
言葉の真意を熟考しているのだろう民衆たちはざわつきはしているものの声を上げる者は居なかった。
やがて恐る恐ると言った様子で一人の男が発言をする。
「それは何処の家でもか…ですか?」
「いや…」
一気に空気がお通夜になるが
「まだラーグの牛の頭数が判らぬ。先ずはそこから、頭数次第では一番頭数維持が難しい家から始める」
申し訳ないが平等とは行かない、これはアメリカのスポーツのドラフトが弱い順に指名できる様に、頭数の少ない牛飼いから牛を買い取るまたはグレンガルト・トゥアへ冬季委託出来るシステムだ
冬季委託に関しては牛による堆肥作り、石灰で一時的に生産が上がったグレンガルト・トゥアだが弱点も有る、それを回避する為の堆肥だ。
土壌改良され酸性の土壌が緩和されると作物は栄養素を取り込める様になる。そのお陰で収穫率が上がった訳だが今度は栄養を取り込める様になった事で栄養が枯渇してしまう。
堆肥で減った分の栄養を補い徐々に豊かな土に変えて行く。何年も掛かる長い道のりだが積み重ねて行くしかないのだ。
話がそれた牛の頭数が多い少ないで言えば、元々頭数を維持出来ている家は損切り出来るが、切羽詰まった家はそうは行かないからな
生かし…殺す。
良い行いをしたいと願っても、切り捨てるべき事には信念を持って決断を下す。皆を生かす為に。
それが氏族の長、それに連なる者が為さねばならぬ事。
氏族とは全ての者が同じ苗字ファミリーネームを有する家族の繋がり、上下の関係では無く横の関係だ。
判断一つがその大家族を生かしも殺しもするのだと知る。知識ではなく体験としてレテウスは胸に刻む。
挨拶を終えると町の牛飼い達が牛を連れて町の広場に集まり始める。数を数える為だ、念の為家で飼いきれている者達には家で待機して貰う様に伝えてある。
これはこっそり牛の少ない家に自分の牛を押し付けて少ない様に見せかけられない様にする為
おじ様と自分に別れて各家の牛を数え始める。
「レテウス様大丈夫ですかい?」
ハウベルに肩車されながら数を数える。
「問題ないよ。10、11、12。はい、このうちは12頭ね、間違いない?合ってる?」
「はい、合ってますだ」
こうやって蝋板に書き留めて行く。順調に進んで行ったのだが… 牛の鳴き声に混ざって怒気をはらんだ野次が飛んだ
「おめえ!そりゃ俺んちの牛じゃねえ!押し付けようったってそうは行かねえ!」
「いや、お前こそ俺の牛に紛れ込ませようって腹なんだろ!」
やはり問題が起きた。
牛の数が少なければ少ない程、補償が受けられるこの制度を悪用しようとする奴が出た…
何頭から保護の対象になるかは判っていなくとも牛飼い達ならば何処の誰が何頭飼っているか情報を持っているのだろう。飼っている頭数が多い牛飼いでも少ない牛飼いでもない、中間の牛飼い達で起きるとは想定していた。
案の定揉めているのは頭数の一頭違い者同士、この時代耳に傷を付けてその傷で誰の所有かを見極めるのだが、それも似た牛飼い同士の揉め事だった。
「聞け皆の者、これからもこの様ないざこざが起きるだろう。だがよく考えよ!苦しいのはたかが数年、ここで出し抜き少々の利を得たところで大した差は出まい。だが因縁はどうだ?この地で暮らすお前たちは一生因縁を抱えて生きるのだぞ。」
気まずそうな顔をする渦中の牛飼い達だが態度は変わらない
「お前たちがどうしてこの様な目に遭っているのか教えよう。我がエヴァン家の領地から牛を盗もうとしたからだ。」
知らなかった者もいるのだろう。周囲がざわめく
「取られた牛は高々数頭、だが現実はどうだ?しかも牛は我がエヴァン家の神童このレテウスによって奪い返され牛泥棒は全員討ち取った。」
ざわめきは一層大きくなり肩車された少年に視線が集中する。
おじ様…目立ちたくなかったのにこれではどうしようもない…
「哀れにも目先の欲に走った末路が今のこの地だ。代官として命ずる!今この場で数を戻すのならば不問とする。だがこれ以降事の真相が判明した場合、問答無用、ローデル家の地を穢す不届きものは一家諸共死罪を申し付ける」
不問と言うお触れと死罪という重い処遇に一同の視線が二人の牛飼いに注がれる
少ない方の牛飼いが動いた、渦中の牛を自分の方に戻したのだった
「不問と言った以上お主らも不問にする事、初期の混乱における間違いとせよ」
大岡裁き…ならぬヴァルヴェック裁き、自分があの様な立場に立って同じ様に振る舞えるだろうか…
中小の氏族でも、この様な胆力を必要とする世界を思い知らされるレテウスなのだった




