45:紡ぐ業《わざ》は友と共に
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匠の業が光る見事な樽が一つ
「おぉ!」
「これほどの腕前とは…」
グレンガルト・トゥア産、初の樽に村の長デイヴィッド
…そして視察に訪れた氏族長サーロンから感嘆の声が漏れた
だと言うのに、この素晴らしい樽を一人で作り上げた当の職人ラグナルの顔色は優れない、
「なぜ浮かない顔をしているお前の技術は素晴らしいぞ」
世辞ではない当主サーロンからのお褒めの言葉もラグナルの顔から曇りは晴れなかった
「一つ発言を良いでしょうか?」
「構わぬ、申せ」
「どんなに技術があっても、もう俺は言われた数をこなせるような身体ではないのでございます」
商人とのやり取りで学んだのだろうか、庶民にしては他の難民と比べて訛りがなく聞きやすい言葉で事情を話し始めたラグナル
「ですから商売にするには…」
どうやら彼自身のプライドが数を作れないことで壊れてしまったのかもしれない…でも
俺は挙手をして発言を許可を求める
「…レテウス何をしている」
「兄貴、レテウスはなにか言いたい時に癖でこうするんだ、もう治らないから覚えてやってくれ」
叔父上はいつもこれで察してくれていたから、ついやってしまったのだがここは現代じゃなかった…
「申してみよ」
「父上ありがとうございます。では…ラグナル、お前はなにか勘違いしている様だが別に数など気にする必要なない、どうしても数にこだわりたいというのなら…そうだなこれから弟子を育て上げた数に拘ってみてはどうだ?」
「弟子…ですか」
「そう弟子!お前の知識を学び受け継いだ者たちが作る樽がこの国の基準になるような未来は楽しくないか?」
一人で成し得た偉業も途切れればそこで終わってしまう、だが受け継がれた技術はたとえ己が死んでも行き続ける
「ですが、俺は樽を作れても人は…」
「だから面白いんじゃないか、お前の辛かったことも楽しかったこともひっくるめて弟子たちの血となり肉となるのだぞ、想像してみろ。お前の人生が誰かの糧になるわくわくしないか?樽を作る資材が山程あるのに挑戦したくはないのか?」
曇っていた顔が次第に高揚し
「レテウス様は俺に数を作ることではなく樽を造れる人間を作れと…新しいことを始めてみろとおっしゃるのですね。これは…年甲斐もなく興奮してしまいますな」
ラグナルとて夢見たことは有った。しかし開拓村へ送られてからのやりたいことの出来ない日々で失いかけていた夢に小さな少年がもう一度灯りをともしてくれたのだ
ラグナルの顔にはもう暗い影はなくなっていた
「ただし!」
ラグナルの身体がビクリと硬直する、やはり何か無理難題を言われてしまうのでは…
「人を選ぶ余裕はない、人を育てるのだと自覚してほしい」
なんだそんな事か、そんな事当たり前ではないかとラグナルは胸をなでおろした
だがこの言葉の意味をラグナルだけでなく職人たちが本当に理解するのはもう暫く経ってからとなるのだが…
「よし。ではこの樽エヴァン家で買わせてもらおう」
「族長様が私の樽を?」
「違うエヴァン家が買うと言ったのだ」
それは族長が買うという言葉以上に光栄且つ重たい意味を持つ言葉だった
ラグナルはそれだけの期待を自分が受けるなどと人生で感じたことはなかった
仕事には誇りを持っていても、所詮は物を運ぶ入れ物、それ以上でも以下でもなかった
だが生まれて初めて『それ以上』を感じたのだ
形容できないほどの喜びをラグナルは感じずにはいられなかった
その証拠に一筋の涙が彼の頬を伝っていた
ーーーーーー
「なあコルマック」
「なんだラグナル?お前から声かけてくるなんて」
実はラグナルはコルマックの事が苦手だった、なまじ同じ木を扱う職業なだけにどうしてもぶつかってしまうのだ。しかもこっちは怪我であっちは必要ないと言われて双方開拓村送り…互いにプライドが有った所為で話しかけづらかったのだが
「ここに紋章を入れてほしいって言われてよ」
「やりゃあ良いんじゃねえの?」
イラッとする。それが出来るんなら声なんぞ掛けるか!
しかし今回ばかりはプライドでどうにか出来るもんじゃなかった
「あのよ…教えてくれねぇか?この通りだ」
頭を下げたラグナルに今度はコルマックの方が驚いた
「なんか悪いもんでも食ったんじゃねえか?」
軽口を叩いたつもりだったのだが慌てて口を覆うコルマック
「馬鹿!滅多のこと言うんじゃねぇ。誰のおかげで今生きられてると思ってんだ!」
「怒るなよ。今のはそういう意味じゃねぇ、こういう場合よく使う言葉だから出ちまっただけだ」
早速口論になり始めるがラグナルも思いとどまった
「まあいいや、それでお前だったらどうするか教えて欲しいんだよ…その、お前の腕は知ってるつもりだから…よ」
「お前だって樽作りなら右に出る者いねえんだからさっさと彫っちまえばいいじゃねぇか」
「そうは行かねえんだ、ちゃんとお前も手伝ってくれたって言うからよ、な!頼むよ」
「お前がそんなに焦るってただ事じゃねぇな」
「ああただ事じゃねぇ、なんせ依頼人はエヴァン家族長様だ」
「ああこの村の支族長様か」
「違う!村のじゃねえ、この領地全体の長!エヴァン家氏族長様だ!」
「そりゃあ大事じゃねえか!」
「だからさっきからそう言ってるじゃねえか!それも氏族長様の以来じゃなくてエヴァン家としての御依頼だ」
「お前、それは流石に名誉過ぎる。夢でも見たんじゃねえか?」
「夢だったらこんなに焦るもんか」
「判った判った、ちゃんと考えてやっから落ち着けって」
気がつけばラグナルは樽の特製を話し、コルマックはそれに合う素材を見繕い共同で見たこともない樽作りに取り掛かる
こんなに熱く木材について語り合いながら作業をしたのは初めてだっただろう
「なあラグナルの」
「なんだコルマック」
「色々と悪かったな…」
「悪かったってなんだよ突然」
「俺も若くてよ、お前に対抗心があったんだよ…この歳になりゃ判るが…」
ため息を付きながら汗を拭ったラグナルは話を遮り
「そんなの俺も同じだ、今思えば仕事もちげぇのに何張り合ってたんだろうな」
そう答えた
「ここでもう一度この仕事が出来るって知って感謝したね」
「俺もだ」
「だから、今度はもう少し意地張らねえで助け合ってやっていきてぇんだ」
「今まさに助けてもらってる」
少し判りにくいが、それが今のラグナルの言える感謝の言葉だとコルマックには気づけた
その瞬間コルマックは一か八かの賭けで村を飛び出て正解、いや命がけの賭けに勝ったのだと実感が湧く
「ラグナルの、俺はもうこの仕事を死ぬまで手放さねえよ」
「俺もだよ」
頑固で不器用な者同士の決意の言葉は相変わらずわかりにくかった
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