31:兄弟の誓い(SIDE:マザ)
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鍛冶場に着くと昨日言った通り村の母ちゃん達が露天風呂のお湯で洗濯に励んでいた。川からの気嵐と洗濯場から負けじと立ち上る湯気で辺りは真っ白だ
「こんな時期にお湯で洗えるなんてなぁ」
「毎日やってくれんべか」
「んだ、でもレテウス様これに入って風邪引いたんだべ?やっぱわりいもんが毛穴から入ったんだべか」
当たり前だけど好評だな、さてと、俺は切り株に座るとレテウスに言われたスケジュールを頭の中で整理していた
今日の予定は焼き上がった牡蠣殻とケルプの取り出しと窯に乾燥させた生煉瓦の搬入と並べだ
レテウス様には絶対に焼いた牡蠣殻は濡らさないこと、素手で触らないことと言いつかったけど何故そんな事をするのか判らないと困惑する俺に
「百聞は一見に如かず、試しに牡蠣殻を一個外に出して水を垂らしてみると判るよ。そうだなぁ切り株の上で試すのが一番いいかも」
また難しい言葉だ、一体何処で覚えてくるんだろうな、意味は色んな人から話を聞くより一回実物を見る方が理解できるということらしい
試しに窯から取り出した牡蠣殻に水をかけてみた
これには驚きよりも恐怖した
切り株の上に乗せた牡蠣殻に水を垂らした途端ジッと音を立てたかと思えば止まることなくジュウゥジュウウウウと湯気を立て始めしまいには切り株が焦げて燃え始めた
「レ…レテウス様はなんという物を作られているんだ……」
周りで様子を見ていた者たちからもざわめきが消えた
「み、みんな良く判ったでしょ…素手で触らないこと!汗でもだめみたいだから使うのはスコップ、口元にはリネンを重ねて覆う!」
いつものように「おう!」という掛け声も起こらずみんな口を真一文字に結んでこくこくと頷いただけだった
これを皆で見たから樽は乾燥させたし、外から持ち込む時も地面に触れないように慎重に運び込んだ。ありがたいことに中には精霊様達が居て下ったお陰で中は暖かく乾燥していた
当の精霊様たちは涼みに行くとかで何処かへ行ってしまわれたようだが…
空気穴を開けて空気の換気をする、レテウス様が言うには窯の下には息を出来なくする悪い気が有るんだとか、俺は知らなかったけどこれに関してはゴブ爺さんも言っていたからそんなに不思議じゃないことなのかも知れない
それにしても……
窯はゴブ爺とカラム兄が管理をしてくれるけど考えたのはレテウス様だ、これを一人で考えて日取りまで計画するとか、あの人は人間じゃないんじゃないかって熟思ってしまう。もちろん尊敬の念を込めて思っている
たった一年前に対面で関わりを持ったレテウス様だけどたった一年でこの村も俺達兄弟も変わりつつ有る
レテウス様を初めて見た日を思い出す
あの頃の俺はいつも兄貴について行った。
別に野良仕事の手伝いも嫌いじゃないし兄貴と一緒なら何をする時も兄貴と一緒なら楽しかった。
族長様の子供がやって来ると聞いて兄貴の後をついて行くともう人集りができていて良く見えない
やっとの思いで中心に居た男の子を見てみれば
髪が真っ黒で少しだけ白い、それ以外は別に俺達と変わらない子供に見えた
「大したことなさそうじゃん、弱っちそうなのに囲まれてヘラヘラしてよぉ」
兄貴は不機嫌そうにそう漏らした
「兄ちゃんの方が強いよね」
「あったりまえだろ!血が濃いからって偉そうにしやがってさ、俺達だってあいつみたいに飯が食えれば氏族なんてボコボコにしてやるのに」
「飯…」
痩せこけて亡くなった弟の顔を思い出すと、ふっくらとした族長の息子の顔が妬ましく思えてきた
ーーある日、噂を聞いた
「兄ちゃん、あいつ捨て子らしいよ族長が拾ってきたんだって」
今思えばなんて酷いことを言ったんだろうと思う
「マジかよ…おかしいと思ったんだよ、きれいな服着てねぇしちっこいくせして野良仕事の手伝いなんかしててよ捨て子の分際でいい飯食ってチヤホヤされやがって」
「兄ちゃん俺あいつと一緒に野良仕事したくない」
「そうだよな、みんな騙されんだ、決めた!今日からあいつと一緒に手伝いするのはやめだ」
兄貴はそう息巻いたけど兄貴も俺も無知だった、あとで知ることだけどあの頃の俺達は族長をデイヴィッド様だと思っててその上に氏族長が居るなんて知らなかった皆デイヴィッド様のことを族長としか呼ばなかったしデイヴィッド様が一番偉いんだと思ってた、氏族長とそれを支えるのが支族長だということすら無知な俺と兄貴は知らなかったんだ
その後は徹底してレテウス様の野良仕事をサボったのに、無視された俺達はエスカレートしすぎて遭難、挙句妖狼に見つかった
レテウス様きっとあの時の俺達のことなんて眼中になかったんだと思う。妖狼の願いを聞いてクラウとソラスに魔力をあげてあんな大きな妖狼の夫婦に感謝されてるなんて神様かと思った
妖狼の夫婦が亡くなった後も暗い洞窟中でも怖がりもせずにさっさと眠っちゃうんだもん
全部俺達が悪いのに皆の前でデイヴィッド様にあんなになるまで叩かれて……俺達も家に帰ってから叩かれたけど一番小さなレテウス様が一番酷かった、あの時解ったんだ……氏族の責任は遥かに重いんだって
くくっと思い出し笑いが出てしまう、あの後恐る恐る兄貴と一緒に謝りに行ったら
「お揃いだね」
ニッて口の端を上げてレテウス様が笑い出したんだ、あっけにとられていると
「いちちちち~ふふふっ!いっでぇ」
笑いながら痛さに耐えているレテウス様の姿がツボに入っちゃって互いに酷い顔で笑いながら痛がるって変な三人組に…しばらくは三馬鹿じゃなくて三ボコって言われたなぁ
「マザ…マザ?なんで笑ってんだ?」
いけねぇ思い出してたらニヤケ顔になってた
「ごめん兄貴、ちょっと三ボコって言われたときのこと思い出しちゃってさあ」
「ああ、あれか…懐かしむにはちょっと早いけどな」
そうだまだ二年前それくらいしか経ってないのか早えぇ
「それで兄貴、どうした?」
大抵兄貴がこんな風に声を掛けて来るときは上手く行っていないってことだ
「それがさレテウス様が言った通りのサイズで俺達掘ったのに湯船の底に必要なレンガの枚数足りない気がすんだよ、お前から見てどうかなって」
「判った今見に行くよ」
ポッカリと空いた、まだレンガの敷かれていない空間の傍にはマードック様が立ってこちらを見ていた。なんか緊張しちゃうな
「レテウス様の計算だと底に120枚だよね?」
「そのはずなんだけど120枚じゃ足りないように見えるんだ」
「兄貴…隙間は考えた?」
「隙間?」
「レテウス様はレンガとレンガの間に隙間を作って、そこに不思議な泥を入れるって言ってたじゃん」
マードック様がすっごい見てくるけど何なんだろう?
この時点で、既にヨゾとマザの二人は高度な計算をしているのだがレテウスに叩き込まれ過ぎて自分たちがもはや異端レベルであることにまったく気づいていなかった
読み書き算術の出来ないマードックもまた何をやっているのか判っていないが勘だけは鋭い、テキパキとやり取りをしているこの兄弟が特別なものだということだけを理解しほくそ笑んでいた
やり取りが終わり踵を返したヨゾが
「おっ!」
「今度は何?仕事しようよ」
少々呆れ気味に声を返したが兄貴の視線を追えば確かに
「おっ!」
自分も声が出た
ソラスに乗りシェーナ様と手を繋いでこっちに来るソーサの姿が一瞬、気嵐の隙間から目に入ったからだ
気嵐と湯気はあっという間に二人と一頭をまた包み込んでしまう
「お前だって『おっ』って言ってんじゃん」
「うん、これは声が出るね、ごめん兄貴」
事件以来デイヴィッド様の家に籠っていたソーサが出てきたのだ驚かない訳はなかった
これはなにか仕掛けたなと思った、勿論レテウス様がだ
「兄貴」
「おう」
この短いやり取りでもやはり兄貴は判ってくれる
「はいはい、みんな次は松ヤニ取りに行くよ集まって~」
パンパンと手を鳴らし皆を集めて森に行ってくれる兄貴、やっぱり兄貴の人を動かす力は凄いな、俺はどう頑張ってもああはなれそうにないや、でも…
「わあぁぁぁ~!」
叫び声?慌てて飛び出すと違った。帰ってきた精霊様達が舞った後に生まれる虹の輝きに上げた歓声だ
「朝からいいもの見れただねぇ~」
「長生きはするもんだねぇ」
湯気が虹に変わりソーサたちの姿が映し出されると…
「ソーサが笑ってる…」
まったくあの方は何処まで計算しているのだろう、まさかこれも計算に…いや!間違いない、あの方の行動はいつも必ず次に繋がっているではないか。
恐ろしくも頼もしいお方…俺は…必ずお隣に…
ーーーーーー
母ちゃんたちやソーサ達が帰った後しばらくしてから兄貴たちが帰ってきた
俺は兄貴たちに起きた一部始終を話した、あんな幻想的な景色を独り占めなどもったいない
「ほんと何しでかすか判らないお方だな」
笑う兄貴
「わしもたった数日しか付き合いがないが毎日が楽しいわい、がっはっは」
「儂らも見たかっただなぁ」
いつも変なことばっかりしているのに皆が笑えるのは今までなされた事がいつも正しいからだと俺は思う、ひとしきり皆で笑いあってから兄貴に声を掛けた
「どうだった?」
「ああ、結構採れたしやっぱレテウス様すげえな松ヤニは冬の方が固まってるから取りやすいなんてあの年でどうやって知るんだ?」
「ほんとだよ難しい言葉話すし今日の牡蠣殻だってそうだ水かけただけなんだぜ」
「俺はレテウス様が聞いた噂通り捨て子だろうが妖精の取り替え子だろうが関係ねぇ、俺は絶対にあの人の片腕になる…お前は?」
判ってていってるよな
「当たり前だろ、俺は村を出るけどレテウス様を支えられる人間になって戻ってくる絶対に!」
「どうだかなぁひょろひょろお前じゃあ、べそかいてすぐに帰ってくるんじゃね?」
「言ったな兄貴!兄貴こそ片腕になるどころか片腕失くしてんじゃね?」
「このやろう」
軽く拳を振り上げる兄貴、本気じゃないのは判ってる、立派になるまでへこたれんなってことだ
「兄貴…ありがと、俺絶対に胸張って帰ってくるから…兄貴もレテウス様を支えててくれよな、約束だぜ」
「そんな当たり前のこと聞くなよ、任せとけ」
はっきりと何かを誓ったわけじゃないでもこれは俺と兄貴の誓い、そう未来への誓いだったんだ
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