30:それぞれの一歩
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うう、風邪を引いてしまった。
横になっておとなしい俺を心配してくれているクラウは部屋の隅っこでじっとしている。
なんだか久しぶりに向こうに居る夢を見たけど誰も居なくて、レテウス君の言う『にいにのせかい』そっくりだった。
(おはようにいに)
俺はぐったりだがレテウス君は朝から元気いっぱい、段々と感覚を共有してきていると思っていたんだがこの差はなんだろう仕組みがわからない。
(あのね…お母さんっていえたの)
おかあさん?
(うん、おねつで苦しかったけど、おかあさんっていえたの)
シェーナさんをお母さんって言えたんだね!
(うん!)
前々からレテウス君の気持ちには気づいていた言ってほしいと言われれば代わりに言ってあげることも出来たけど…そうか自分の意志と声で伝えられたんだ
偉い!偉いよレテウス君
(えへへ)
どういう仕組か解らないけど俺が体調を悪くするとレテウス君が表に出てこれるっぽい…そう言えば前にも一度いつだったっけ…そうだフォーク助ける時に魔法で水ぶちまけたときか…
どうも水属性(物理)に弱いなぁ
しかし、予期せぬ意識の入れ替えは危険だし出来れば仕組みをもっと分析しておきたいよなぁ
「レテウス~入るわよ~」
シェーナさんだ、いつもなら起こしに来るのはベルテなのに…これはおかあさん効果だろうか
おでこに手を当てられ
「まだ少し熱いわね、ちゃんと治るまでしばらくは外に出ちゃ駄目よ」
あう…
(にいに、にいに!)
うん、そうだね
「シェーナお母さん、おはよう」
「あら~あらあら、てっきり朝になったらまたさん付けに戻るかと思ったのに嬉しいことしてくれるじゃない!でもね」
びしっと人差し指を上げて
「それとこれとは別。ちゃんと休まないと駄目よ」
そういうつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ、でもすっごく嬉しそう、やっぱりシェーナさんお母さんって呼んでほしかったんだ…
「「レテウス様~」」
あ~もうヨゾとマザ来ちゃった、ってことは村の人達鍛冶屋の方に集まっちゃってるよね~どうしよう。
「おかあさんヨゾとマザに入ってもらっても良い?」
こうなれば二人に現場の指示をお願いするしかないか…大叔父様はちょっとそういう事苦手そうだし。
シェーナさんのオッケーもらえたので二人に事情を説明して数日は指揮を取ってほしいと頼んだ。
「お、俺達がですか!」
「判りました!」
不安そうな兄のヨゾとやる気満々の弟のマザ、いつもはヨゾがリーダーシップを発揮してるからなんか不思議な感じだ。
「お前簡単に言うなよ。レテウス様だから出来てるんだぜ」
「兄貴…俺はデイヴィッド様が帰ってきたらきっとマードック様と一緒にこの村を出る。もしかしたらもう二度とこの村に帰ってこないかもしれない…だからちゃんとしたものを残していきたいんだ、そしたら母さんだって笑ってくれる…」
ヨゾの顔から浮ついたものが消えた。
「本気か?風邪が治るまでとはいえ、本気でレテウス様の仕事を引き継ぐんだな。」
ヨゾのマザの顔を見る目は真剣そのものだった。
「うん、レテウス様が居ないと何も出来ないなんて誰にも言わせない。」
言葉はまだまだ子供らしさが見えるが決意に満ちた顔のマザが頼もしく見えた。
そうだ、叔父上が帰ってきてGOサインが出ればマザはこの村を出ていく、マザなりに色々考えたはずだ。
「分かったよ、俺もちゃんとする!一緒に作ろうぜ!」
「というわけでレテウス様、何でもマザにぶん投げてやって下さい」
にかっといつも通りの元気な笑顔を見せると
「そんな!そこは兄弟で乗り越えて行こうだろ」
へにょっとこちらもいつも通りの困り顔
この様子なら大丈夫かな
「それにしても発案者のレテウス様が風邪引くなんてな…くく…風邪引いてるのレテウス様だけだぜ…くっくく」
おのれヨゾ、あとで覚えとけよみっちり勉強漬けにしてやる
「なんか悪寒が…俺も風邪かな」
肩を震わすヨゾ
「じゃあお願いね、連絡役としてフォークに出てもらうから判らないことはフォークに言って」
「「判りました」」
二人を見送ったあとシェーナさんに声をかける。
「あっお母さん、今日洗濯する?」
現代日本では不潔と思われるかもしれないが、こっちでは洗濯なんて数週間に一度か月一程度…そんなものなのだ。
「そうねぇ、今日は晴れいるしそうしようかしら」
「それならさ、洗濯しに鍛冶屋に行ってみて」
「洗濯なのに鍛冶屋?それもあなたが燃やしちゃった鍛冶屋に?」
うぅ~、なんか今日のシェーナさんは意地悪だ…でもなんだろう不思議とそこまで嫌じゃないと言うか距離感が近づいたような気がする。これもレテウス君のお陰かな
「あと、ソラスとソーサも連れて行って上げてほしいの」
「ソーサを?でもあの子、水を怖がってるって言い出したのはレテウスあなたじゃない…」
そうなのだ、あの子がこの家に来てからしばらく経った頃
< 父さん、ソーサ水が嫌いみたい >
ソラスが教えてくれた
ソーサを水瓶の中で見つけたときには既に彼女に意識は無かった。唇は青紫を通り越しもはや白に近い、身体を震わせるわけでもなく硬直していて死んでいるんじゃないかと思った、それでもギブが救った命を諦めるわけにはいかなかった。
低体温症…
粗悪なウールの服は水を含むと一気に温度を失い体温を下げてしまう。服を脱がして体を拭きソラスの身体で包み込む…一気に火に近づけてはいけない、対処としてこれでいいはずだ
そして彼女は目を覚ましここに居る。
でもあれから彼女の声を聞いたことがない。
レテウス君と一緒に調べた限りでは多分、心因性失声症というもので無理に喋らせようとしたり、喋ろうとしてはいけないそうだ。現代なら筆談をしたりしてストレスを軽減させると書いてあったが識字という概念すらないこの村ではそれも出来ない…時間が癒してくれるのを待つしか無かった。
部屋から出ず何処へ行ってもソラスと一緒に居る。俺の手伝いでどうしてもソラスと居れないときはシェーナさんの服の裾を握って離れないようにしてるとシェーナさんから聞いていた。
効果があるか定かじゃないけどあのお風呂のお湯ならシェーナさんと一緒に洗濯ができるかもしれない。嫌なら無理にはしなくてもいいし誰とも喋らなくてもいいくらいの気持ち
「レテウス?」
「うん、お湯だしソラスも一緒に居てくれれば付いてきてくれるかなって、本人がどうしても嫌なら無理はしなくてもいいし」
< 父さん大丈夫よ ソーサも前を向きたがってるから、今そっちに行くね >
いつもソーサの事を見ていてくれるソラスがそう言ってくれるのなら信じられる。
「そうね…少しは外の空気を吸ってほしい気持ちは同じよ、じゃあ嫌がらなければ連れて行くわね」
「あ、あと行くのならあの子に馬蹄を身に付けさせてほしいかも…その…精霊様が居るから」
「ちょっとレテウス!あなた今度は一体何したの?」
悪いことにこのタイミングでソーサを連れたソラスが部屋に入ってくる。
「勝手にきちゃったんだ僕は何もしてないよ…してないよね?」
「なんなの?その煮えきらない答えは」
よくよく考えると俺が鍛冶屋燃やしたから来ちゃったわけで、根っこは俺?
(たぶんにいにのせいだよ)
シェーナさんが軽く息を吐く
「まあいいわ、ソラスも来てくれるんでしょ。」
「オンッ」
「一緒に守るわよよろしくお願いね!」
「アオン!!」
僕らに友好的だった精霊フェアル・ジャラグだけど、優しい精霊として描かれることもあれば狡猾で嫌なゴブリンとして描かれたり、地域が変わると伝承も変わる。簡単に妖精や精霊の言葉を信じちゃいけない
二人は張り切っているが、見るからにソーサの顔は不安でいっぱい
本当なら落ち着かせるために頭でも撫でてあげたいところだけど風邪を移しちゃいけない。
「ソーサ、行って帰ってくるだけでいいんだ、無理に喋らなくても、手伝わなくてもいいから」
さっきまで考えていたことを言葉にする。
「………」
返事の代わりに一度だけ頷いてくれたソーサ、ソラスが教えてくれた通りこの子もこの子なりに前を向こうと頑張っているんだ。ゆっくりでいい一緒に少しずつ進んでいこう
俺の代わりにシェーナさんが良くできましたと頭を撫で、ソラスが彼女の頬を一舐めする。
こわばっていた顔が少しだけ和らいだように見えた。
二人と一頭はゆっくりとした足取りで出ていき、家には俺とクラウだけに…いや炊事の音が聞こえる。ベルテも含めて三人か…正確には二人と一頭だけど、念話が出来るから普通に三人って考えちゃうんだよな
とんとんと何かを刻む音、ぱちりぱちりと爆ぜるピートの音と香りがまどろみを誘う、静かだな…
追放されてこのグレンガルト・トゥアに来てから1年と数カ月色々有った。
ヨゾとマザが嫌がらせしてきて、クラウとソラスの両親に出会って妖狼の力と二人を託されたこと、そのお陰でレテウス君とも話せるようになったこと、サンヴィル先生に出会って弓の腕が上達して、フォークが馬鹿やって殺されかけて…………ソーサを叔父上と叔母上が引き取って、鍛冶屋燃やしちゃって…大叔父様がやって来て、そして今日だ
本当に色々有った。
でもこれからなんだ…村が発展すれば、発展すればするほど相手しなくちゃならないのは、俺を信じてくれるこの村の皆のような人々ではない。
魑魅魍魎の類と言ってもいい武力に長けた氏族や老獪な貴族たち蠢く伏魔殿
それでも三年で成り上がる無茶な計画でも貫かねば彼女は死に民は嘆き、その後にやって来るのは三十年もの長きに及ぶ戦争、史実のスコットランドの様に勝利を得ても、今度は人の願いなど知らぬ小氷期に拠る気候変動で餓える者たち…
………間に合わないかもしれない
後悔もするだろう。でもやれる事をやりきったうえでの後悔なのならば俺は受け入れられるかもしれない。
考えたことが全て叶うほど世の中は薔薇色じゃない事は解ってる諺通り何をしたって必ず『後悔先立たず』は起きるのだ
だからーー
やれる限りのことをして後悔するしかないんだ。誓っただろこの子を護り抜くって、たとえ俺の精神が消えたとしてもこの子が幸せに生きていけるようにと……
俺はこれから先何度もこの誓を思い出す事になるだろう。過酷で辛い茨の道なのだ当然だ。
上等だ、邪魔するやつは容赦しない!茨ごと喰い破ってアスファルトで舗装された道を作ってやる!
あらあらレテウス坊っちゃん、どうなされました?拳なんか振り上げて、お顔もまた赤くなってます。奥様の言いつけをしっかり守ってお身体を治されませんといつまで経っても、大好きなお外に出してもらえませんよ。
いつの間にかスープを持って入ってきていたベルテに見られてしまった。
やったことに後悔はないけど、やっぱりちょっと恥ずかしかった。
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