幼少期3:弟と魔法(SIDE:アンガス)
眼の前の弟がとんでも無い事を言い出した
叔父上から報告は受けていたが森に入る以前の記憶がないらしいというのは本当のようだ
三歳の誕生日は我が国の氏族にとって重要な洗礼を受ける日、魔力無しに等しいと判断され落ち込んで義母にしがみついていた弟は何処へ行ってしまったのかと思わずにはいられない
眼の前には目を輝かせて俺から教えてもらえると疑わない弟、なんと答えれば良いものか…あの落ち込んだ顔はもう見たくない
母上の訃報を聞いたときには既にローブル家に里子に出されていた
何も聞かされていなかった俺はローブル家の子だと思っていたから混乱したが、今ならばこのアスピコット王国が外からの侵略に対して氏族の結束を高めるために里子が必要なことだと解っている
母の葬儀で初めて本当の親父殿にも会った、粗野では在るが愚かではないそれが親父殿の戦士としての第一印象だった
親父殿とは二言三言儀礼的な言葉を交わしただけで血の繋がりを感じられなかった、タイミングが悪かったのだ、これが十七になり成人しての帰郷ならばもっと親子らしい会話ができたのかもしれない
葬儀を終えローブル家に戻りしばらく経った頃、親父殿が後妻を迎えたと風の噂に聞いた、後妻はラモファル家の三女らしい、我がローブル家とは縁もゆかりも無い氏族との結婚だった、おそらくそうやって氏族間の繋がりを広げるのだろう、だからそれについて嫌悪感を抱くこともなく時は過ぎた
数年が経ち俺が十になったとき弟が生まれローブル家の父と一緒に祝いに行きレテウスを抱き上げた
ローブル家にも兄や弟が居る、それぞれ俺と同じ様に他家から里子に出された兄弟たち、血は繋がらなくとも絆を感じる大切な兄弟たちだがこの子とは血そのものが繋がっていると思うと違う繋がりを感じられ高揚した
が…義母はそう受け止めてくれなかったようだ
彼女が何故そう思うようになったのかは解らない
氏族長の後継者は長子が継ぐと決まったものではないし血だけでも決まらない実力主義だ、だが彼女の中では息子が跡を継ぐためには俺は邪魔者だと判断した様だ
早々に俺の手からレテウスを引き剥がし大切そうに抱いた
この様子だとその子が里親に出されることも知らないのだろうし義母本人も里子に出されないまま育ったのかもしれない
こちらに非はなくとも嫌われることが有るのはこの歳になればもう理解していたし、それでも引き剥がされる直前に俺の指先を握った弟を愛おしく思った
だから無理を言って三歳の祝いにもこうやって来たのだから
だが結果は最悪、弟と良好な関係を示そうとして嫌がる義母を説得して洗礼後に散策に出た、魔法が使えないと聞いて落ち込んで居たが二人で馬に乗っている時は良かった
「あにうえ?」
「ああ、兄上だ」
突然兄が出来てもっと困惑するかとも思ったが大人しく俺の前で馬に揺られている、馬を怖がらない辺り優秀な戦士の素質はある、それからは魔法のことは忘れてしまったかのように目に映るものを次から次へと聞いてきた
「あれは何?」「あにうえこれは?」
何でも聞いてみたい年頃なのだろう辿々しく聞いてくる姿が微笑ましくて思わず顔が緩んだところを護衛に付いたスウェーデにまで笑われてしまったが気にしない
だから油断してしまったのかもしれない、小便をしたいというレテウスを馬から降ろし俺とスウェーデはこの先の道について少し相談をした、たったそれだけの時間でレテウスを見失った
その後のことは親父殿達に報告した通りだ、母上が激昂するのも仕方がないすべて俺の責任なの間違いない
怒るのは仕方がないが現れた実の息子を暖炉に投げるとは思いもよらなかった、かろうじてレテウスを守ることは出来たがこの母親は危険だ、次に会った時もレテウスを感情に身を任せて殺してしまうのではないか…
親父殿が一時的に二人を離してくれたが今後を思うと良いことではない、それにあの髪だ真っ黒というだけでも珍しいのに森に入った後で白く変色してしまった
取り替え子の噂が立てば他の氏族に里子に出されないかもしれない…繋がりのない氏族の子がたどる末路を考えると恐ろしい
なんと恐ろしい事をしてしまったのか…
そう思い見舞いに来たというのに当の弟は俺の口調を真似している
なにかしてられることはないのかと考えていると
「魔法を教えてほしい」
と来た
上には上がいる世界で言えば俺の魔法は大したものではない、だがエヴァン家で言えば天才だの何だのもてはやされるのは魔法が使えない血筋だから、現に洗礼でレテウスに魔法の適性が無いと言われても本人と母上以外は落ち込みもしなかった、エヴァン家とはそういうものだと一族が理解していたからだ
俺が魔法を使えるのはきっと亡くなった母の血とローブル家が学ばせてくれたからでしかない
参った、忘れているのにもう一度『お前には魔法が使えない』と言って思い出させたくはないのだが
「兄上?」
んん~、そんな希望に満ちた目で見ないでおくれ
「だめですか?」
だから~
「魔法は危険だから!」
「そうですか…」
あからさまに落ち込む弟
「危険だから絶対に言うことを守れるか?」
「え!それじゃあ」
花でも咲いたかのような満面の笑顔…勝てない
「俺が教えるのは基本中の基本、出来てもそれ以上はしてはいけない」
「はい!」
どうせローブルと違ってここでは学べないのだから魔法を発展させようがない、しかし出来るだけ安全な魔法を教えたいが、火では小さくても火事の可能性がある、他のものにしよう
強くはないが『大地』『海』『空』全属性使える、その中でも一番面倒を起こしそうにないものは全ての全属性を使う癒しだが癒しは他よりも魔力を使う、小さい体では逆に魔力切れで倒れてしまうかもしれない…ないな
土も穴を掘って自分で落ちてしまうかもしれない
水か風か、なんとなくだが風の方が問題ない気がする
「では風魔法の勉強だ、出来なくても落ち込まないように」
「はい!兄上」
「ではまず精霊を呼ぶ」
「精霊!」
「精霊を呼ぶにはまずどの精霊を呼ぶのかを決めなければいけない、この場合『空』を選択してその中から更に『風』を選択する」
レテウスの頭に?マークが浮かんでいるのが判る、俺はあまり先生には向いていないのかもしれない
「ゴホン!まずは見本を見せよう、見ているだけで良いからな」
気を取り直して詠唱を始める
「ア・ヴァーハル・タラヴ、ア・ヴュール、アン・スペア」
(母なる大地よ海よ空よ)
「ゴー・ア・ヴェール・ベナッカン」
(恵みを運ぶ風よ)
「ア・ハリベラ・ア・ハ・ア・リアーラグ・ア・フーラ・コール」
(全てを司りしカリヴェーラよ)
「ホイル・ヨフ・ド・ニュアスト、ア・クレフカグ・モ・フイルプ・ベアク・マル・ヴィアグ」
(矮小なる我が身を糧に力を貸し与え給え)
「あとはどんな形で顕現させるかイメージする、今回の場合なら危なくないように軽く集約させて解放する感じで」
ゴウッ
音が大きい、イメージよりも大きくなってしまったのか?俺もまだまだ…
横を見れば俺のよりも大きな風玉が出来ている
は?
「レテウス!お前」
「はい、兄上これをどうすれば良いのですか?」
適正無しとはなんだったのか、いや今はそんな事を考えている場合ではないこれがそのまま解放されれば部屋が大変なことになってレテウスが怪我をする
「ゆっくり、ゆっっくりと力を緩めるイメージで解放するんだ」
「はい」
何事もなく無事に風玉は消えたが嫌な汗をかいた、あのヤブ司祭め何が適正なしだ…いや俺の見る限り司祭はちゃんと洗礼をしていた、だとすれば
本当に取り替え子…なのか?でも…
やったやった!と飛び跳ねて喜ぶ弟は普通の子にしか見えない、取り替え子の伝承で聞く虚弱でも不機嫌でもましてや老け顔でもない
解らない…でも森でなにか有ったと思うべきだろう
「レテウス、決して魔法は人に見せてはいけないよ」
「どうしてです兄上?」
弟はきょとんとした顔でこちらを見る
「今お前は妖精の取り替え子だと思われかねない立場だ」
「そうなのですね」
「だから森から出た後急に魔法が使えるようになったのを知られたら益々妖精だと思われてしまう、俺もまさか小さなお前がすぐに使えるようになるなんて思わなかったんだ、許しておくれ」
「兄上ごめんなさい」
「どうしてお前が謝るんだ、顔を上げろ、お前は悪くないぞ」
弟の目には涙が溜まっている
俺が森に連れていかなければ、俺が魔法を教えなければ…どれも気の抜けた判断をした俺の所為でしかないのだ
「役に立ちたいのに悪いことばかりしてる」
「そんなことはない、魔法だって我慢するのは今だけだ、お前がちゃんと教師をつけて覚えていけば誰も気にしない様になる、今だけだから我慢してくれ」
コクンと頷き俺の手を握ってくる弟を宥める
初めての魔法で疲れたのかうとうとし始めたレテウスをベッドに運び横にしてやった
森で何が有ったのかは解らないが俺の弟に変わりはない、願わくば弟が成人を迎える頃には笑い話になっていてほしい
傍に付いていてやれない俺の願いはそれだけだ
弟の寝顔を眺めていると叔父上が帰ってきた
「少し話がある」
そう言ってレテウスを残し隣の部屋へ移る
「レテウスのことだが私達夫婦で引き取ることになったこれ以上こじれる兄嫁の心とお腹の子にも触る」
「里子に出されるのではないのですか?」
合理的にあの母親と離すのなら里子だと思ったのだが
「本来ならそうなのだが」
「あの髪ですか?」
「ああ」
やはり取り替え子とみなされれば難しいか…
「心配するな、妻にも了承は得て有る今頃張り切って準備をしているだろう」
そうだった叔父上夫婦には子供がいない
「レテウスと兄嫁には悪いかもしれんが俺もあいつも子宝に恵まれなかったからな、これも神の思し召しなんだろう大切に育てる、だからお前は気にしなくていい」
「叔父上…」
俺の考えてることなんてお見通しだったんだろう
「男なんてのは失敗ばかり、嫁孝行出来る時にしておかんとあとが怖いからな」
おどけて明るく言ってのける叔父上に釣られて引きつった笑いを返す
この人がレテウスを育ててくれるのならば話しておかねばなるまい
「叔父上、レテウスのことで伝えておきたいことが有るのです」
「その顔からして重大なことみたいだな」
レテウスが魔法を使えること、十三の俺よりも大きな風玉を作ったこと、包み隠さず伝えた
「判った、肝に銘じよう」
口数は少ないが安心できる声、タワーハウスでは禄に口も聞いたことのなかった叔父上だがこうやって話してみると頼もしい
その後も叔父上が里子に出ていた時の話や親父殿の話を聞かせてくれた
叔父上の様な大人になりたい、素直にそう思ったし親父殿ともこんなふうに話せる日が来るのかもしれないと思えた
随分と話し込んでしまった、外を見ればとっくに日は沈んでいた
「兄上もう行っちゃうの?」
寝ていたはずのレテウスが目をこすりながらこっちにやってきた
「明日には立つ」
「え~」
いやいやしているが掴まったらしばらくは離してくれないだろう
「そう言うな俺だって淋しいが仕方がない、それよりもしっかりと叔父上に言われたことを守るんだぞ、明日の朝にはもう一度会えるだろう」
「はい!兄上」
もう一度会えると判ったからか元気のいい返事が帰ってきた
翌日
もうすぐ出立なのだが部屋にレテウスの姿が見当たらなかった、手伝いに聞けば既に外で待っているということだった、聞いた通り城門の端に隠れているレテウスを見つけた
おそらくだが俺と会っている姿を母上に見つかりたくないのだろう、馬を寄せて周りから見えない様にして馬を降り声をかける
「部屋で待っていて良かったのに」
「ちゃんと兄上をお見送りしたかったのです」
「それは良い心掛けだ、そんなお前に渡しておきたいものが有る」
昨日の内に書いておいたメモを渡す
「兄上これは?」
「今はまだ読めないだろうが人には見せてはいけない、叔父上にもだ、読めるようになって覚えたら必ず燃やせ」
「兄上が書いてくれたのに?」
「そうだ、本来魔法はそう簡単に教えてはいけないものだからな」
破った俺が言っても説得力は無いが…
「兄上ありがとうございます」
「次はいつ会えるか判らないが楽しみにしてる」
「僕も」
馬に乗り直した俺は軽く手を振り生まれ故郷を後にした
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