幼少期11.5 カウトール家の受難
クリーチの一団が壊滅させられた夜、何も知らない隣領のカウトール氏族長ムーボは夜霧に包まれた居城の私室で苛立ちながら暖を取っていた
「寒い!それにしても全くもって忌々しい!強欲で無能な名ばかりの中央の氏族どもめ、戦乱の世であったならばあんな腑抜けどものの手など切り落としてやったものを」
ムーボは自分を棚に上げて憤る
アスピコット王国は大きな戦もなく偉大なる王の優秀な手腕に依って築き上げられた黄金時代は安寧という光の裏で腐敗という影も育ってしまっていた
小さな氏族が名を上げる手っ取り早い手段が起きず地道に努力しても痩せた土地で得られる実りは少ない、自力に勝る有力氏族の庇護下に入るしか無かった
何が悪いのか作物は今年も不作、まあ牛に関して言えば腰抜けエヴァンから奪えば良いのだから気が楽だ、ムーボは庶民たちは一生飲むことのないであろうピメントを飲み干した
どうせ抗議の文を送ってくるだけで血の十字架に踏み切る度胸もないのだ、強気に出てきたらそれはそれで滅ぼす理由になる、我に損はないのだ、野盗にクリーチに向かわせてもう三日、帰ってくるまであと二・三日といったところか…
奪ってくるのは二十か三十頭か、まあ何頭だろうと良い、どうせ帰ってきたら殺すのだから
これであの忌々しいマクレジスの若造の顔をしばらく見なくて済む
そんな皮算用をして心を落ち着かせているムーボは更に酒をあおり眠りに落ちていった
ー
ーー
ーーー
陽が昇りきった朝と言うには遅い時間、ムーボは不快な感覚とともに目を覚ました
二日酔いのような内から来る不快さではない、物理的な不快感
「酒でもこぼしたか?」
シートが濡れていることに気づき毛布をめくる
ムーボの悲鳴が響き渡る
聞きつけた兵士たちがやって来たが閂のせいで部屋に入ることが出来ない
「ムーボ様!如何なされましたか!ここをお開け下さい」
兵士たちが扉を叩き呼び続けるが返事は帰ってこない
「どけ!こうなったら」
痺れを切らした兵士の一人が剣を抜いたときだった
ガラン
「待て閂が外れた?」
慎重に扉に触れるとギィと音を立てて扉が開いた
床に這いつくばったムーボの身体には血はおろか傷らしい傷は見えない
「ムーボ様!ご無事でしたか」
「何が有ったのです」
部屋には甘ったるい酒の残り香に混じって錆びた匂いが漂い、兵士が声をかけても慄きが止まらず声すらまともに発せないムーボは震える手で自分のベッドを指さすのが精一杯
「ベッドですか?」
盛り上がったベッドに近づきゆっくりと剣を使って捲くる
兵士が顔をしかめたあと、ぐるっと部屋を見回す
小さな窓に付いた鎧戸は二つとも内側から閉められ、入ってきた唯一の扉には閂が掛かっていた
「一体どうやって…」
もう一度ベッドの中の首に目を戻す
「この顔何処かで…」
名までは思い出せなかったがいつぞやの戦で名を挙げた男だった、落ちぶれて野盗になったか…儚いものだ
開きっぱなしの瞼を閉じてやったときだった半開きの口から何かが見えた
「これは?…」
兵士がこじ開けて出してみれば切り取られた牛の耳、耳には特徴的な古い切込み傷これはどの家のものかという所謂タグだ
「エヴァン家の牛のタグが何故…」
兵士は直ぐに想像がついた、簡単なことだ族長が野盗にクリーチを依頼して返り討ちにあった、これはそれに対する報復でありいつでも殺せるという警告なのだ
兵士は実のところ心のなかでホッとした、何を言っても聞いてくれなかった我が族長もこれで懲りたことだろう
ーーーーーー(昨晩)
はぁ~、吐息を手に当て寒さに耐えるレテウス
酔っ払ったムーボには外で息を殺した一人と一頭に監視されているなどと気づくどころか露にも思っていなかった事だろう
居城の人間が寝静まるまで耳の良いクラウからのゴーサインをじっとその場で待った
< 父、いびき聞こえる >
判った、俺は魔法を唱え薄い土の棒と足場を作り扉の隙間に通し、棒を下から上へと移動させ閂を外す、棒に魔力を入れ更に形状を変化させ閂を落っことさないように抱えさせてゆっくりと降ろし扉の開閉の邪魔にならないところまでずらす
クラウ様子は?
< 臭い以外は問題ない >
臭い?酒か?
ゆっくりと扉を開くと温かさと同時にむせ返るような甘ったるい香りが鼻につく
やっぱ酒だな…領地は見た所うちの領地と対して変わらなそうだったがワインか随分と良い酒を飲んでるな、うちの村では黒苺酒が精一杯だと言うのにどっからこんな酒手に入れてんだこいつ…
赤ら顔で爆睡しているムーボを睨む
それにしても自室に閂、有事の際に役には立つが…普段から使っているということは誰も信用していないと言うことか、まあおかげでもっと訳わからん状況が作れるしいいや
やつが眠るベッドも場違いな程に豪華で不釣り合いだ白いシーツを使っているのも不自然、酒もだったがどう考えても弱小氏族に出来る贅沢ではないとレテウスが感じるのも当然だった
< 父? >
ああ、ごめんごめん、やることやってさっさと帰ろうね。俺はクラウの口に下げられた布袋を受け取った
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