幼少期11:報復の掟
残酷なシーンが含まれますが、ハイランド氏族をモデルにしている以上避けて通るべきではないと考えています
女王の死まで残された時間は少ない
仲間と家族でやれるだけのことをするそう覚悟を決めた矢先に
牛を盗まれた
犯人は西の山を一つ超えた隣領のカウトール氏族だ、腹立たしいことこの上ない、そしてこれから小氷期に入り寒くなり続ければ被害は拡大するだろう今のうちに手を打っておかないと南の氏族にまで舐められる
だが俺が怒っているのはそんな事じゃない、ギブ…ギルバートの一家が殺されたと聞き、今彼の家の前に居る、俺の一つ上でまだ五歳だった妹は三歳だった
「レテウス様、本当に宜しいのですか?検分であれば」
「エヴァン家嫡子が検分するのが不服なのか?」
「いえ…滅相もございません」
サンヴィル先生は見ない方がいいと気を使ってくれているのは解る。でも俺は見ておかないといけないそう思った
レテウス君、聞いてほしい事があるんだけど
(なあに?)
レテウス君ももう何が有ったかは判ってるよね?
(うん…でも僕もレテウス…だから…)
氏族長の嫡子としての心意気は良いけど、知らなきゃいけないからって精神が育ってない子に見せても壊れるだけだ、まだ早い
ソラス、俺が戻ってくるまで向こうを向いててくれる?
< 判ったわ >
(にいになにをするの?)
ソラスの視界だけを見れるよね、戻ってくるまでそうしてくれるだけでいい
(わかった…)
聞き分けが良くて良かった
入った途端むせるような鉄臭い匂いが充満する家、暖炉の火も燃え尽きて消えたいた
生活は苦しくても昨日までは笑顔のある部屋だった
もう誰も笑わないし泣くこともない…
ゲェェェェ
一緒に入ってきた村の男があまりの凄惨さに吐いた、だらしないとは思わないむしろ変なのは俺だ、鳥を〆るだけで青くなっていた男が妖狼の力が馴染んだ所為か血なまぐさい物を見ても今は恐怖よりも怒りの感情が強いのだから周りから見れば殺人現場でも動じない四歳児はさぞ異質なものに映るだろう
抵抗した形跡の有る父親の死体には必要以上の刺し痕、その奥には背中を刺されて絶命した母親…部屋の奥にはギブは水壺に凭れる体勢で亡くなっていた
「妹は?ギブには妹が居たはずだ」
「妹ですか?この家には他の遺体は」
< 父、そこ! >
クラウがギブの凭れかかった水壺に視線を向ける、地面が濡れているのはギブが凭れたときにこぼれたものかと思っていたがそれにしては濡れすぎだ
水壺の蓋を開ける中には冷たい水に長時間浸かっていた所為だろうギブの妹が両手で口を塞ぐようにしたまま気を失っている
慌てて引き上げても反応が無い
「ア・ヴァーハル・タラヴ、ア・ヴュール、アン・スペア」
(母なる大地よ海よ空よ)
「ア・イリアン・ヴィアナハチャ、アン・トゥシュカ」
(恵みの太陽よ雨よ)
「ア・ハリベラ・ア・ハ・ア・リアーラグ・ア・フーラ・コール」
(全てを司りしカリヴェーラよ)
「ホール ヴォヴ、クレエチャル ベグ アグス ニョ・フトラマハ、アン クマハド スラーナハゥ」
(矮小なる我が身に癒しの力を貸し与え給え)
癒しの魔法で顔色は良くなったが身体はまだ冷たい
「サンヴィル先生!」
駆けつけた先生にギブの妹を火の灯る隣の家に運ばせた
そうか…ギブ、お前は妹を守ったんだな
ギブの開いていた瞼を手を当てて閉じる
燃え上がる怒りが涙がこぼれるのを許さなかった
落ち着け…
いくら家と家との間に間隔が有ると言っても皆が起きている時間なら叫び声は聞こえる、殺されたのは恐らく昨日の夜中から今日の早朝と見るのが妥当だろう、そして今はもう時刻は夕方に近い、クリーチを行った者たちはもう西の山の中腹か頂上付近まで行っていると考えると相当距離がある
犯人たちは逃げ切れたとでも思っているかも知れないが…
氏族にはルールが有る
牛が奪われた場合は追いかけていって殺すのはたとえ越境したとしても合法だ
一族の者を手にかけられた場合、氏族全体が復讐の義務を負い、相手の氏族の者は実行犯であろうとなかろうと殺していい
叔父上が頻繁に本家に行っているのを知っていたのだろう統率者が居なければ追ってこれないと高をくくって犯行に及んだのだろうが俺は氏族長の息子だ、そして何よりも半分追放される形でやってきた俺に優しくしてくれた村人を愛してる
(にいに…)
レテウス君には酷な話だ、レテウス君を連れて現代に戻れるのなら四歳の男の子にこんな物は見せないしこれから起こることからも逃げていたに違いない
でもここはそんな世界じゃないし、レテウス君がこれから先…それも近い将来これ以上のことが起きる
(にいに…こわい…)
ごめんね、見ないでいい
(でも全部にいにのせいにしたくない、にいにギブのかたき取って)
ありがとう…
腹は括れた
絶対に逃さない
「クラウ匂いを追えるか?」
< 当然、匂いでも魔力でも >
「ソラス、サンヴィル先生たちを連れてあとから付いてきてくれ」
< 判った、絶対にギブ達の仇取ろうね >
俺はクラウに跨り村を出た
雪をものともせず進むクラウ、このペースなら尾根を超える前に追いつけるかも知れない
育てている牛は現代と比べれば小さいがそれでも冬の雪山を牛を連れて行くのなら一頭につき最低二人、盗まれた牛が二頭なら最低四人、先導するリーダーを入れて最低でも五人、薪や食料を持つ荷物持ちが居ればもう少し増えるだろう
クラウに乗ったまま土魔法を唱え、指の先から泥を出し顔に塗る
現代の兵士でもやるカモフラージュのためのドーランと言うやつだ
そのまま山を駆け上がりながら考える
本来ならウォッチと呼ばれる見張りや追跡専門のスリ雨ガードが向こうの世界の13世紀には居たのだが、こちらの世界では居ないのかそれとも弱小氏族の治める寒村だからなのか配置されていない、恐らくうちの場合後者だろう
西は山を越えれば海、北も海、南には本家、実質防御は東の山だけでいいのにそれすらしないというのはエヴァン家の経済力と人材不足が見えてくる
だいぶ陽も暮れてしまった
< 父、もう少しで追いつく >
流石だクラウ、ソラスたちの方は?
< サンヴィルとヨゾとマザ >
先生は解るがヨゾとマザ?、もっと大人が来ると思ったんだけど
< 志願してきた、仕方ない >
クラウとソラスは二人に弱いというか甘い、生まれたときから俺や叔父上たちを除くと一緒に居た時間が長いからかも知れない
二人には結局魔法は教えていないから不安だ
追いついた、奴らは尾根を超えた先で一晩を過ごすらしい、暖を取る準備を始めた暗くて良く見えないが代わりに魔力で見る、八、九…十、十人か周りを見渡しても他に魔力の反応はない、予想外だ
十人掛かりで牛たったの二頭、うちの村がしょぼいのかこいつらが腰抜けなのか
レテウス君、時計塔は光ってる?
(うん、今は夜の六時)
ここまで正味二時間ちょいか、ソラスが誘導しているとはいえ三人同時に乗せてくることは出来ないだろうから最低でも倍以上は掛かるか…
< 父さん、サンヴィルが怒ってる >
当然だな、だけどお叱りは後にしてもらうしか無い
冷え込む冬のお陰で指を濡らさずともこの風なら風下のになる場所は判る良い所に陣取ってあとはクラウで暖を取りながらサンヴィル先生たちが来るのをひたすら待つ
奴らが飯を啜り寝床の準備を終える頃には夜八時を回っていた、酒を飲んだ様子はない
「エヴァンの寒村って聞いていたからジジババしか居ねぇのかと思ったがあの女いい女だったなぁ…勿体ねぇ事したぜ、こんなに簡単なら一発ヤッておけば」
「へへへ、確かにお前の速さなら問題なかったかもしれねぇな」
「くそっ、てめえ本当に嫌なやつだ」
「俺はあのガキ殺った時が堪んなかったぜ、ガキは筋張ってないから柔らかくて剣がするっと入っていくのがいい」
「変態め」
「二頭だけじゃなくて他の家も襲っちまえばよかったんだ」
「お前が一番ビビってたくせによく言うぜ」
緩みきって自慢にもならない話で盛り上がっていた、どいつもこいつも今すぐ殺してやりたい
「静かにしろ、そんなもん運次第だそんな考えるようじゃすぐに死ぬぞ、ここからカウトールの砦まであと丸一日は掛かるだろう、陽が昇る前には発つ、さっさと寝ろ」
クソみたいな話をしている男達を諌める男、すごすごと黙る連中、どうやらあいつが頭の様だ
< 父さん、もうすぐ着く >
判った、慎重にね
ものの数分後にはソラス達が現れ、サヴィル先生はなにか言いたげだったが話を聞いてくれた
ヨゾとマザは短剣と弓を持参してきたが出来れば短剣を使う事態になって欲しくない、四歳の自分を棚に上げて言うのはなんだが体格差が歴然、魔法を使えない二人は圧倒的に不利だ
実質自分とサンヴィル先生クラウ・ソラスの二人と二頭で十人は…
「一度ここから下がって相談しましょう、魔法を使えるのは貴方だけとは限らない」
その発想が抜け落ちていた、そうだもし向こうにバレていたら一人と一頭、十人相手にクラウは逃げられても俺はクラウから落ちたらもう逃げられない、背筋を冷たいものが走る
「はい」
場所を変えて作戦を立てる
盗まれた牛が二頭だったから勝手に五人程度と思い込み、魔法使いも想定していない自分に腹が立つ、事前に調べておいた人数と頭と思われる人物について報告する
「この数では不利です。レテウス様のお考えを教えてください」
これは判る先生は怒っている。一言相談していれば人員をちゃんと構成できて今の状況は起きていなかった。きっと急いだが故に先生もヨゾとマザだけを連れて急ぐしか無かったんだ
俺は馬鹿だ…怒りに身を任せ魔法が使えることを過信して皆を危険に晒してる…
「すいませんでした…ごめんなさい」
「宜しい、作戦立案は?」
「先生のご意見が聞きたいです」
「レテウス様の情報が確かであれば我々は圧倒的に不利です。一箇所に固まっていて各個撃破も難しい…」
「はい…」
「そうなると通常まず敵の頭を撃つしか無いでしょうね」
「通常という事は別のやり方があるのですか?」
「ええ勿論、そのためにはクラウかソラスの力が要ります。お願いできますか?」
「「くぅ」」
< 当然、何すればいい >
< 仇を討ちに来たんだもの >
小さく鳴く二頭
ー
ーー
ーーー
見張りが代わり頭が横になりそこからしばらく待つ、レテウスは頭の魔力の波を見ることに集中する
漏れ出る魔力の起伏が安定した
ソラス今だ!
< 行くわね >
ソラスは牛たちに殺気の籠った魔力を盛大にぶち当てた、恐怖でパニックになった牛たちが突如暴れ出す
ブモォ!ブモォォォォ!
「おい落ち着け!静かにしやが」
不用意に近づいた一人が牛の角で突き上げられ宙を舞う
着地と同時に聞こえちゃいけない音がした
「なんだ奇襲か!」
頭が飛び起きる
ここだ!
「カシラァ!牛が!牛が急に!頭?」
飛び起きたはずの頭が微動だにしない
突如として空に火球が現れ暗闇を照らし隠れていた盗人たちを照らし出し理由がわかった
微動だにしないはずだ…上体を起こしたまま彼の首から矢が生えていたからだ
「ひぃぃ!」
尚も暴れ続ける牛にまた一人、今度は全体重の乗った蹄が深々と突き刺さる
「ぐぅぇ」
恐怖で何も考えられない盗人たちは這々の体で逃げる、方向も判らずただただ暗闇へと突き進む…が何も見えない暗闇で弓に撃たれた
「助けて、どうか命だけは!」
もう戦意など起きるはずもなく命乞いの声が響く、だが声を上げた者からクラウの顎の餌食になりソラスが今度は邪魔にならぬよう牛たちを落ち着かせる為に穏やかな魔力を当てる
仲間たちの声が消え、上空に有った光も消え、不気味なほどの静寂が訪れたそこで自分以外全員死んだのだと理解する
「頼むぅ頼む!お願いします。何でもしますから…」
「ギブが…ギブの両親がそう言ったら、お前たちは見逃したのか?」
明確に伝わってくる殺意に盗人の脚はガタガタと震え
「へ…」
気づいた時には既に右脚を矢に撃ち抜かれていた
「ギャアアア、痛へ!いてぇよぉ!?」
次は左脚、歩くことも出来ず恐怖から逃げたい一心で這いずる盗人の右手が撃たれ地面に縫い付けられる
「もう止めてくれ」
「だぁかぁらぁー」
左手も縫い付けられもう泣くことしか出来ない盗人、静寂の中ギリギリと弓を絞る音が聞こえ
「レテウス様そこまでです」
「……解った、わかりました」
足音が近づき盗人は初めて自分を貫いた矢の持ち主を知る
「こ、子供…」
見た目も声も子供のはずなのに得体のしれない者にしか感じられない
「お前に出来ることがまだ一つ残ってる」
「!?」
「雇い主…これを命じたのは誰だ?」
「カ、カウトール家です」
「そんな事お前に聞かなくても判る、この方向の先にはカウトール家しかないんだから」
「ひぃ」
「誰だ」
「カウトール家のムーボ様です」
「氏族長ですね」
サンヴィル先生が教えてくれる
「ほう、そうか」
「これでみのが…」
盗人の眉間に矢が刺さる
「見逃すわけ無いだろう」
盗人の耳に最後に残ったのは身も凍る声だった
「レテウス様終わりました。これでギブ…ギルバートも家族も報われる事でしょう、ヨゾ、マザこちらに来なさい」
二人の顔色は血の気が失せて酷い顔だった
「やりましたねレテウス様、ギブ達に…ギブの妹にも胸を張れます」
「張れないよ…」
「え?」
頭と呼ばれた男の衣類を弄る、やはり持っていた
「入りこまれた時点で俺達の負けだったんだ」
「それは…」
「先生、ソラスと一緒に二人を連れて叔父上に報告に行ってもらえますか」
「レテウス様?貴方はどうなされるのですか」
「もう少しやらなきゃいけないことが有ります。朝までには帰りますから」
「それは無理というものです。せめて何をなされるのか言っていただきませんと」
「お願いします。必ず帰りますから」
これ以上は言葉もなく無言の意地の張り合いが続いた
「はぁ~貴方は聡いのに頑固過ぎる、これは欠点です」
「はい」
サンヴィルが折れる、しかし
「ですがお約束は絶対にお守り下さい。貴方が帰らねばデイビッド殿に殺され妻が未亡人になってしまいます。ヨゾとマザもです。努々お忘れなきよう」
「かたじけありません」
三人とソラスが山を下るのを見届け
「クラウ行くよ。全速力でお願い」
< 絶対に間に合うから任せて >
アレを見つけた時点で行って帰ってこれるかクラウとソラスには聞いてある
俺は不自然な体勢で死んでいる頭に近づいた
ーーーーーー
濃い朝靄が立ち込める村の広場には村中の者が集まっていた、その中には知らせを聞いて急遽やってきたデイヴィッドの姿も有った
「帰ってこねば…解っているな」
「はい、生まれてくる子の顔が見れないのは残念ですが致し方有りません」
村人たちは
「どうか精霊のご加護をレテウス坊っちゃんに」
「坊っちゃんは我らのために出向かれたのだ、正義は坊っちゃんに有る!無事に決まっている」
次第にざわめきはじめる村人たちに
「静かに!誰か来る」
誰かが大きな声をあげ
音を聞こうと静まり返る村人たち
朝靄の中から確かに何かが聞こえてくる
「どうか坊っちゃんでありますように」
ポツリと村人が呟いた
白い朝靄に映る小さい黒い影と狼の影に村人たちもデイヴィッドたちも確信する、中にはまだ姿もろくに見えていないのに影だけで涙ぐむ者まで現れた
「みんな、ただいま」
ウォォォォォォ!
「良くぞご無事で」
「レテウス様万歳!」
「おら達が不甲斐ないばかりにレテウス様にばかり…」
言葉を続けたくとも涙で言葉が出ない者や目の下にはっきりと分かるクマをこさえたレテウスを抱き支え様とする者
だがそれを手で制しデイヴィッドの下へと歩きを止めないレテウス
真っ直ぐに叔父の目を見て
「叔父上、申し訳ございませんでした、如何様な処罰でもお受けいたします…」
そう言い切った所でレテウスに限界がやってきた、倒れそうになるレテウスをデイビッドが抱きかかえる
眠りに落ちたレテウスを腕に抱えデイビッドはあらん限りの声で言い放つ
「お主らの願いを叶えた小さき勇者に祝福を!」
「「「「勇者に祝福を」」」」
レテウスは眠りの中であったが、それは確かに村人たちの心を掴んだ瞬間だった
ーーーーーー
なお目が覚め体力が戻った頃、レテウスは広場でボコボコの上、二度目の公開処刑に晒されヨゾとマザもボコボコになり三ボコトリオが復活し尊厳破壊に泣いたのは言うまでもない
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