幼少期10:崩壊へのカウントダウン
「デイヴィッドは居るか!」
馬を飛ばして本家にやってきたモルトが仕事場へ飛び込んできた
「国王陛下の件だが本当に亡くなりになったのか?」
「お前…それを何処で知った」
モルトは村で起きたことを手短に伝え、勾留しているフォクルクの処遇をどうすれば良いのかデイヴィッドに問うた
ハッ!ハッ!
愛馬オワールを急がせ村へと急ぐ
「待て、置いていくなよ」
モルトの声も聞いてやる暇など無いデイヴィッドは先を急ぐ
村に着いた頃にはオワールもしんどそうだったがぽんぽんと首を軽く叩いて労うので精一杯だった
「なあデイヴィッド、フォクルクに合う前にレテウスに会ってやってくれないか」
「そんな余裕など無い」
あとから息を切らして着いてきたモルトだったが無下に断られる
「俺達がフォクルクを殺さないで済んだのはあの子のおかげだ」
デイヴィッドの動きが一瞬止まる
「どういうことだ?」
「酒も回って頭に血が昇った俺達をお前が来るまで待てと魔法まで使ってレテウスが止めてくれたんだよ、お前は村の連中が怒りでロマウの吟遊詩人を殺さないか心配してるんだろうがもうそんな事しようと思ってるやつは居ねえ」
「レテウスは?」
「今は寝込んでる」
「本当に吟遊詩人を殺そうとしているやつは居ないんだな」
「ああ保証する、俺も奴が勾留されてるサンヴィルの家で馬鹿な気を起こすやつが出ないよう守る、だからあの子に良くやったって言ってやってくれお願いだ」
長い付き合いだがモルトにここまで頼み込まれたの初めてだった
「判った、絶対に吟遊詩人に村人を近づけさせるなよ」
「旦那様!坊っちゃんはこちらですよ」
家に入ると何も言ってないのにベルテに部屋へ誘導される
レテウスの手を握った妻の顔は辛そうで
「大丈夫か?」
「貴方…」
妻を抱きしめて頭にキスをする
「レテウスは?」
「熱が高くて」
息が浅く今まで見たこともない量の汗をかき赤く染まる顔
「おじ…さ…ん?」
叔父上ではなくおじさんと呼ばれたのは何時以来だったか、この子から初めておじさんと呼ばれた時は雷に打たれたと思うくらい感動した
「いま、にい…にねてる…お…じさん、いそがしいの…あり…が…とう」
にいにとはアンガスのことか?意識が混濁しているだろうに手を伸ばしてきた、その手を握れば熱い手がぎゅっと握り返してきた
「まったく、これでは怒るに怒れないではないか」
この子が何処まで理解していたのかは判らない、だがレテウスが止めてくれなければ自国民を殺された事を理由にロマウバリウクと戦になっていたかもしれない
戦の理由など都合が良ければ些細なものでも構わないのがロマウバリウクという国だ
戦にならなくとも村人だけでは留まらず我が一族は賠償ついでに責任を取らされ皆死なねばならなかったかもしれないのだ、慈悲深い国王が生きていてもその誹りは免れなかっただろう
どうして大人しく出来ないのかと怒りたくても褒める以外出来ようが無いではないか
兄貴とアンガスには何が有ったのか伝えてやらねばなるまい
あの後妻がどう思うか知らんが血の繋がったエヴァン家の人間として誇らしくてたまらない
「レテウスを頼めるか?」
「勿論よ」
もう一度妻にキスをして吟遊詩人の元へ向かうデイヴィッドは外に出ると一度深呼吸をする、モルトの忠告を聞いて良かったお陰で心の中の焦りが消えた
「デイヴィッドだ入るぞ」
「どうぞ」
サンヴィルの家に入ると吟遊詩人が毛布にくるまって怯えきっていた、顔は痣だらけで唇も切れている
「王が死んだ」と謡ったのだ生きて居られることを感謝してくれ
「この村の領主のデイヴィッドだ、お前の答え方次第でどうなるか判っているな、まずお前が謡った詩の内容を教えろ一字一句全て正確にだ」
小刻みに首を縦に振り謡い始める吟遊詩人、聞いている内にどんどん頭が痛くなってくる
吟遊詩人を語るただの旅芸人なのではないかと疑いたくなるほどだ
「お前が生きて俺の前にいるのは奇跡だ神に…レテウスに心から感謝するんだな」
「あの坊主ですかい?」
無言でサンヴィルが剣を鞘から抜く
「ひぃ!レテウス様に感謝します!」
「お前は駆け出しのフォクルクなんだよな」
激しく首を縦に振る
吟遊詩人にも宮廷お抱えから放浪者まで明確に階級が存在する。フォクルクもしくはフォクルカンは最底辺で新米を意味するのだが
「では神話について謡え」
震える声だが内容はまとも、吟遊詩人を名乗るのにも実力が必要、様々な神話や歴史を覚えておかねばならないのだが基礎はできている、この歌が歌えるのにわざわざ「王の死」を選ぶこいつは正真正銘の馬鹿なのかもしれない
「それを謡っていればこんな目にも遭わずにすんだろうになぜ「王の死」を謡った」
「ローランドでは悪口混じりの詩が受けが良くて…」
「この曲をローランドでも謡ったのか!」
「い、いえハイランドに入る前に情報を仕入れて…謡ったのはここが初めてでございます」
如何にローランドがロマウの下品な文化に染まったとて、この詩を聞かされていたのなら無事では済まなかっただろう…いっそのことローランドで捕まってくれればと思わんでもないがその結末が開戦ならば同じか
つくづくレテウスが止めてくれたことに感謝と誇らしさがこみ上げてくる、これは村や一族どころか国を救ったかもしれない功績だ
大きな街は既に国からの使者やまともな吟遊詩人達が王の訃報を伝えているだろうが、ここの様な辺鄙な村々ではどうなっているか不安だ
「情報を仕入れたと言ったな何処の誰からだ言え」
「仕入れたと言ってもローランドではその話で持ちきりで」
「お前は脚色していないと?」
「それは…しました」
ローランドがそこまでロマウに染まってしまったとは思いたくない、この馬鹿が面白おかしく(全くもって面白くないが)話を変えてしまったのだと、バラバラにして埋めて無かったことにしたい
やっぱり殺…駄目だ腹立たしいがそれではレテウスの努力が無駄になる
ここは通例通り国に突き出してエヴァン家の国への忠誠を示し…いや国王亡き今、国の中央に木っ端吟遊詩人など相手にしている暇はない、余計な仕事を増やすだけで反感を食らうか…
ならば…
ーーーーーー
熱も下がり外に出れるようになったレテウスの前に突き出されたフォクルク
「叔父上?この者は?」
何故自分の前に騒動の根源が連れてこられたのか解らないレテウスは目をパチクリさせていた
「こいつはとんでもない馬鹿だが詩は知っている、勉強の好きなお前になら役に立つかもしれんと思ったのだが」
「良いのですか叔父上!」
詩とは本来、紡がれた歴史や神話を語るものだ、レテウスが普段からシェーナやベルテにあれやこれやと尋ねていると聞いていた、ならば国に突き出すよりもレテウスの家庭教師にしてしまえばと思ったのだ
それにどれだけ気に食わなくてもこれから先ロマウの情報は必要になる、上手く行けば間者として使える…バカすぎて無理かもしれないが
もう一つ、このバカを村から放逐して他領で殺されたとしても揉め事を起こしたエヴァン家の仕業となすりつける輩が出てこないとも限らない…村人にはレテウスの所有物だと思わせておけば手を出す不埒者も出まい
ただし謡って良いのはフォクルクが学校で覚える歴史と神話の詩までだ内容については俺かサンヴィルが確認したものだけに限る
「叔父上ありがとうございます」
「変な詩を謡った時はすぐに報告するように」
「はい」
「謡いません!謡いませんので!」
懇願しているが無理もない殺されかけたばかりだからな…自業自得だが
「じゃあ自己紹介、僕は」
「レテウス待て」
本来ならば上の者が名乗り、許しを得てから下の者が名乗るのだが、状況が違う
「あの様な詩を紡いだ愚鈍な私めを尊き血の御身を穢してまで助けて頂き感動に打ち震えておりますレテウス・ドゥ・エヴァン若君、貴方様のお役に立てることは我がフォーク・フェラーズ至上の喜びでございます」
口上と本名を語らせ忠誠を示させた
「え~と、レテウス・ドゥ・エヴァンです」
ディヴィッドの眉が釣り上がりそれを見たレテウスは慌てて言い直す
「うむ、その口上と忠誠たしかに受け取った」
レテウスがチラチラとデイヴィッドの顔色を伺う
「頭を上げてくれ…」
デイヴィッドの顔色が変わらないので恐らく挨拶として不合格なのだろう
「しっかりと学ぶ様に」
それだけ言ってデイヴィッドは外に出ていってしまった
「はぁ~…ねえフォーク」
「はい、レテウス様なんでございましょう」
「言葉遣いを教えてください」
「教えてくださいなどと言ってはなりません、目下の私めなどには『教えろ』で充分でございます」
早速間違えたレテウスはまた深い溜息をつくのだった
外に出たデイヴィッドもまたため息をついていた、困ったものだ村人の前では今のままで構わないが目上や公式の場での振る舞いが出来ない、普段から言葉遣いが出来ているが故に出来ると思ってしまったのだが…
それからというもの狩りの時間削りって歴史と神話の座学と氏族や貴族の前でのマナー講座、だがそうは言っても紙が無いからひたすら言われたことを暗記するしかない、ハイランドにおける口承文化というものだ…
(にいに、書ききれないよ)
ごめんね、無理しなくていいからね
レテウス君というチートを使っていても覚えきれない、そりゃそうだ四歳といえば現代日本で言えば小学校入学前だ、最初は
(にいにといっしょにおべんきょう!)
と張り切っていたけどこれはしょうがない、すらすらと読み上げるフォークの姿を見て吟遊詩人としての資質はあるんだなと思う、問題は世相が全然読めないと言うかそういうことだ
「そういえば『王の死』はどんな風に謡ったの?」
ガクガクと震えるフォーク・フェラーズ、ごめんトラウマを抉ってしまった
「詩の内容だけ面白おかしく語らないでいいし、二度は聞かないから教えてよ」
相当思い出したくないのだろうが人間嫌なことほどいつまで経っても忘れられないもので渋々ではあるがフォークは語ってくれた
「簡単に言うとですね、いや簡単と言っても王を馬鹿にするつもりは今はもう無いんですよ」
「うん判った」
「王の死の様子は王妃に逢うために嵐の夜の中で馬を飛ばし護衛と逸れ落馬して翌日崖下で首が折れた状態で見つかったのです」
それを笑い話として謡える神経が怖い…
「ねえ…今御世継様は?居るよね…直系男児が居なくて困ってるなんてことはないよね…」
「流石はレテウス様、その通りでございます今まさにこのアスピコット王国の中央が混乱している原因でございます」
まずい…まずいまずいまずいまずいまずいまずい!
あれだけ知りたかったこの世界の正確な時代をこんな形で知りたくはなかった
「フォーク!今年は何年」
「今年は大精歴五千六百八十六年ですが」
何だその暦…いやどうでもいい八十六年という奇妙な一致の方が重要だ、違うことも多いのになんでそんなとこだけピンポイントに同じなんだよ…向こうの世界と同じ出来事が起きている
向こうの歴史と同じならばこの世界で次に起こるのは海の向こうの唯一の直系の王女が三歳で我が国の女王になる、そして彼女は七歳で結婚のために我が国にやってくる途中で病死、その結果王位の継承を巡って起きる混乱とそれに乗じて介入してくる南部のロマウバリウク帝国、血みどろの戦いが何世紀にもわたって続く…
あと四年いや時期がズレているから実質あと三年しか無いのかもしれないゆっくりと村の農業を改善している余裕も…
「ああああああああああああああああああああああああ!」
「どっどっどうしましたレテウス様!」
「フォーク!ここに来るまでに作物の不作の話を聞かなかった?」
「そうですね、言われてみれば何処もかしこも嘆いていましたね。なんでもここ数年天候が悪いだの気象が読めないと」
くそっよりによってこれも同じか
小氷期
十三世紀末からヨーロッパでは気温が下がり十四世紀には穀物が大打撃を受ける
(にいに大丈夫?)
うん、いやちょっと大変かな…絞り出せたのはそんな心許ない言葉、なんとかしたい…でも村人を救うにも王女を救うにも何もかもが足りない、せめてうちが強い氏族だったら…そんなどうしようもない事を考えてしまう
一体どうすれば…
(にいに?にいに!)
なんだ?ちょっと頭が落ち着かなくてぶっきらぼうな言い方になってしまった。ごめんなんだい?
(あのね、ぼくね、にいにのお部屋からお外に出たの)
え!?
(だからお外でにいにの役に立つもの探したいの)
…
(にいに?)
…確かに向こうの世界の情報があれば
「レテウス様?如何なさいました?」
「ごめんフォーク、ちょっと、ちょっていいから黙っててくれるほんの少しでいいから」
「え、ええ承知しました」
でもレテウス君が情報を見つけても俺が直接見れないと
< 父!出来ると思う >
< 私たち互いの視界を見れるもの >
(ぼくもクラウとソラスが何見てるのか見える)
は?
やり方知らないの俺だけ?でも今までそんな事…皆と俺で何が違うんだ?
でもそもそも今までだって俺の視界をレテウス君は見えるのだから逆に俺がレテウス君の視界を見えても変じゃないはずなんだよな…
何故俺だけ見えないんだ?
(にいににだけ黒いかべあるの、たぶんそれのせい)
皆の視界を見たいと思っても念じても暗闇しか見えない
< 父さん私たちに悪いと思ってるから、それが壁なの >
< 兄妹死んだの父のせいじゃない >
なんのことを言ってるんだ?俺はレテウス君にもクラウとソラスと壁なんて作った気は無い
(にいに、僕のからだ取ったと思ってる、ちがう)
いや俺は現に君の身体をこうやって操ってる
(森のなかでなにが有ったのかは覚えてない、でも何か怖いものがやってきて消えそうになった僕の中に入ってきてくれたのがにいになの、こわいものがこない部屋に入れてくれたの)
俺の部屋のことか、でもそんなの覚えてない…
(おぼえてなくてもそうなの!)
……
< 父が魔力くれたときから知ってる >
何を?
< 父さんが父と母に私たちを育てるって言ってくれたこと >
目は開いてなかったよな…
< 魔力で解るの >
そんな滅茶苦茶な…
(悪いという気持ちがかべなの、そんな事無いの)
心の底で思ってた気持ち、俺に力があれば…俺が間違えなければ…俺がもっと速く着いていたら
< 父大好き >
< 父さん愛してる >
黒い壁がに光が指す硬い壁に見えた闇が霧のように晴れていく、俺がレテウス君の視界を捉えると判っていたのか洗面台の鏡の前に立ったレテウス君が満面の笑顔で言った
(にいに、大好きだよ)
「レテウス様!レテウス様!お加減が優れませんか?嗚呼どうすれば」
ごめんねフォーク、突然泣きだしたらびっくりするよね。でももう少しだけ泣かせて
ずっとのしかかっていた重い何かが消えた気がする
この日、俺はこの世界で初めて顔がぐちゃぐちゃになるくらい心の底から泣いた
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