チャプター2.旅の入口
次に入る映画のシアターへ向かって廊下を歩きながら、シアウはおらたちに情報共有をしていた。
「ミステリーかぁ」
「そう、映画にはジャンルってのがあって。時代劇やアメコミもその中のひとつね」
「ミオさんが巡って来たのは、アクションやバトル要素が強い作品デスネ!」
「今回の映画はそうじゃないの」
「へぇ、切ったはったってのとは違うのな」
物語の中に"戦い"がない、ってだろうか。
それなら厄介なことなんて無いんじゃないか?
おらが顎に手を添えてそう思っていたが、すぐに答えは出てきた。
「えっとね、ミステリーは……簡単に言うと謎を解くお話。
色々と種類はあるんだけど、
……ポピュラーなのは"殺人事件が起こって、それを解決する"のが多いわ」
殺人。
シアウから出たその言葉を聞いて、おらとフーディは一瞬だけ動きが止まる。
そしてなんとか飲み込むように、ゆっくりとまた歩き出す。
「なるほどな。そういうことか」
「oh。厄介っていうのは」
「うん……必然的に人が死ぬ」
少しの間、言葉は消え、廊下には足音だけになる。
事件が起こらなければ物語にすらならない。
……つまりは映画が消えてしまう。
やるべきことは頭ではわかっている。
だが、それと受け入れられるかどうかは別問題だ。
「その……今回は無理に来なくてもいいのよ? 戦闘とかもないから、私一人でも全然──」
シアウの表情が曇っていた原因がわかった。
おらとフーディはアメコミ映画の中で、死ぬはずの人間を救った。
映画の筋書きを守るためでも、人が死ぬことを良しとは思えなかったから。
今だってそれは変わらない。
シアウはその気持ちを汲んでくれているのだ。
「シーアーウー?」
「一人で抱え込んでの仕事は効率を落とすし、ストレスもたまりマース!」
「一緒に頑張る。だろ?」
でもそれで無茶するのは無しだと、おらとフーディはすぐに言葉を遮る。
アメコミの世界での二の舞はさせない。
シアウの気持ちも、もう知っているのだから。
「……うん。ありがと」
どこか申し訳なさげにしながらも、シアウは迷いを飲み込むように笑顔を返してくる。
「あと、もうひとつ伝えなきゃいけないことなんだけどね。
さっき気絶させたらゲームオーバーって言ったやつ」
そしてまた情報共有の続きに、おらたちは耳を傾ける。
一番気にかかっていた降伏宣言にしか聞こえないセリフの真相に。
「外で見たビネガー、ちょっと性質変わってたでしょ?」
「ああ、触れただけで物を消しちまってたな」
おらは現実の街を漂っていた黒い靄を思い出して、こくりと頷く。
「どういう理屈かはわからないんだけど。
入り込んだ映画のジャンルによって、あんな風に性質が変わっちゃうの」
「ジャンルによって変わる……ってことは戦ったりするんが主な作品なら、取り憑かれたヤツが強くなったりってことか?」
そして推測をつけて確認をとると、次はシアウがこくりと頷いた。
「ご明察。
ミステリー作品でのビネガーはそうはならない。
物語を消そうと暴れるんじゃなくて、正常な登場人物たちの中にひっそりと潜んで暗躍する。
つまり誰が感染してるのかもわからないのよ」
「おらたちも推理しなきゃ、ってことなのか」
暴れてくれるんなら最悪それに対処すればいい。
だが、隠れているとなるとそれが出来ない。
映画の上映が終わるまでにビネガーを片付けなければいけないと考えると。
……確かに、こりゃ頭を抱えたくもなる。
「hahaha!!」
「んだ?」
おらとシアウが考え込む中で、フーディだけはいつもどおりに笑っている。
「そんなに眉間にシワを寄せるようなコトでもないのでは? 隠れるのが厄介なのであれば全員を気絶させてしまえばイイだけデース!」
おどけた感じにびゅんびゅんと拳を空に繰り出すフーディ。
おらはその顔を見ながら、すぐに首を横に振る。
「それはしちゃいけねえ」
「WHY? ボクとミオさんが居れば大丈夫デース! そりゃなにもしてない人を殴りつけるのは、ちょっとアレデスケド!」
「ちがう。そうじゃねえんだフーディ」
「どういうコトデース?」
それが出来ればしたい。
でも出来ないから、シアウは最初に言葉を濁していたのだろう。
「登場人物がみんな白目むいてて、映画の筋書きは成り立つかって話だべ」
「……oh」
おらの口にした予想を、シアウは否定もせず。
フーディは納得したように肩すくめて苦笑いをした。
「ちなみに前は、"犯人が殺されて"、ひとつのフィルムが消えたわ」
思い出したくもない話のはずだ、
それもきっちりおらたちに説明をするシアウ。
小さく唇を噛み締めているのに気付いたところで、沈黙が支配する前に、すっとフーディが言葉を続ける。
「つまりボクたちは犯人を守りながら。
上映終わりまでに隠れているビネガーを見つけて。
更には事件を成立させなきゃならない、ってコトデース?」
「そう、なります。はい」
一通りの共有が終わると、シアウが珍しく敬語をつかいながら、指先をちょんちょんとしていた。
おらは片手で頭を抑え、苦笑い。
フーディは大袈裟に頭を抱えて、叫び出す。
「アメコミに帰りたいデース!!!!」
「んだぁ、時代劇に帰りてえ〜〜……」
おらたちのこれから先の不安が、三つのため息となって、廊下に静かに響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とぷん。
スクリーンへと指先が、全身が沈んでいく。
水面みたいに揺れているのに。
濡れている感覚も、動きを邪魔する重さも、なにもない。
足場もない暗闇を落ちていくような感覚。
そして前触れもなく、世界は色を取り戻した。
最初におらが感じたものは、煤の香りと、ちょっとの煙たさ。
そして……
──べちん!
「んだっ」
つるっとした床の硬さだった。
「や、やっぱり私が抱えて入ったほうが良かったんじゃ?」
「そこはまあ、ミオさん自身の意向もありマスノデネ! 大丈夫デース?」
遅れてかろやかに地面へ着地した、シアウとフーディ。
差し出してきた二人の手を取ると、おらはゆっくりと立ち上がる。
「な、なんのこれしきっ! あんがとなぁ」
鼻先を摩りながら、キョロキョロとあたりを見渡してみる。
虹のように曲がった、骨組みの大きな鉄骨。
屋根としてガラスが取り付けられ、そこに白い煙が漂ってた。
壁にあるのは妙にツルツルな石張りに、凝った装飾が彫られている。
「ヴィクトリン駅よ。
1900年代のロンドンのとある駅をモデルにした、架空の駅ね」
物珍しげに眺めているおらたちを見て、緊張していたシアウの顔が、ふっと綻ぶ。
「WAO……ボクの世界の駅とも、全然違いマスネ。なんだか華がアリマース!」
「駅、ってことは……」
パンフレットを漁り知識だけは朧げに得ていた。
駅ってのはたしか、列車? 電車? とか言う乗り物の搭乗口だ。
この映画のタイトルもたしか、"寝台列車"がついていた。
目の前にある、大きく黒い鉄の塊に目がいく。
……これが"乗り物"なのか?
「動く、のか?」
おらの耳がピクンと揺れる。
「なあなあなあ!! もしかして、これっ!! 動くんかぁ〜〜っ!!」
周りの視線も気にせずに、おらはいつのまにか叫んでいた。




