チャプター21.積み重ねたもの
「大きな覚悟だけじゃない」
一番地の方でフーディは、スマホから流れてくるニュースを聞きながら、襲いかかる触手を軽くいなす。
「積み重ねて来たものが人を成長させる」
美桜達とカロースの決着はついた。
無事にビネガー問題は解決したかと、ニュースが映るスマホを見てニッと笑うフーディ。
「ひとつ成長しマシタネ! こっちのボク!」
『余所見までするとは、随分余裕だな』
「of course!」
ゲソマミレの全身から触手が白衣を突き破り、生えてくると、百を越えるソレがフーディを上下左右から圧殺しようと襲いかかる。
「勤務年数が違いマスカラネ? haha!」
『まだ本気では無かったと……?』
だがそれを全て、一蹴りで千切り飛ばすフーディ。
瞬く間に距離を詰めると、ゲソマミレの首を片手で掴み上げる。
「Dr.ゲソマミレ。貴方はボクの親友と父さんを奪った。大切な人を次から次へと」
首を締める力は徐々に強くなり、フーディの瞳はそれに比例して鋭くなっていく。
『グッ……!?』
「それは到底、許容出来る物ではアリマセン」
だが、その手を突然に離す。
『止めを刺さないのか?』
「ビジネスマンが考えるべきは会社の利益デス。私利私欲はある程度に抑えないとデース! haha!」
離した手は微かに震えていた。
気づかれまいと、フーディは笑ってゲソマミレに答える。
「……命の奪うのもヒーローの仕事ではアリマセン」
『そうか、立派な事だ』
その隙を見逃さずに、ゲソマミレの姿が背景に溶ける様に、すうっと姿が消えていく。
シアウ打ち合わせた予定通りだと、彼は思う。
「貴方は続編でまたボクを襲いに来る。このリブート版でもそれは変わらないと、シアウサンから伺ってマス」
倒して逃さねばならない。
憎い仇であるのにはどの世界でも代わりはない。
それでも、この世界は自分のものではない。
「だからボクは手を出すべきではない」
リブート版の彼より、積み重ねたものが多かった彼はそう思い。
「この世界のボクがこなすべきタスク。……デスヨネ、シアウサン?」
スマホを見つめながら、呟いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リディに地面へ降ろされると、私は一目散に美桜へと駆け寄る。
「突っ込むなんて、聞いてねかったぞ……」
「ご、ごめん。身体が勝手に動いちゃって……」
「……そっかぁ」
服も身体もぼろぼろ。
あちこちから血を流しており、右腕はだらりと垂れ下がっている。
泣き出しそうな私の顔とは対照的に、美桜は返答を聞いて嬉しそうに笑っている。
こんな時にまで、と思いながら私は美桜を支えようとしたが。
「美桜は大丈夫、なの?」
「んだぁ。まあ流石にちっとへとへとだけどよ、へへっ……」
美桜は一人でよろよろと歩き出す。
吹き飛ばされたカロースのいる方向へ。
「美桜? あ、あんまり動いちゃ!!」
気絶したカロースに美桜は左腕をかざす。
弱々しい光が出て、ふっと消える。
『僕はさっきまで……傷が、無い?』
カロースはゆっくりと身体を起こし、不思議そうに自分の身体を見つめた。
「しっかり戻ったみてえ、だな……」
『貴女が、治してくれたんですか?』
「……痛む、か?」
『いえ、痛みはもう。むしろ調子がいいぐらいです』
「……えかった、べ」
糸が切れたように美桜の身体から力が抜けていく。
彼女の身体に、私は息をするのも忘れて手を伸ばし、そのまま抱きしめた。
(……ちゃんと息はしてる。良かった)
『ワッツ!? ミオサンッ!?』
「体力も限界なのに力を振り絞ったから、気絶しちゃったみたい」
しっかりと暖かい。すーすーと呼吸も聞こえる。
傷が痛まない様に気をつけないと、そう思うのに腕から上手く力が抜けない。
『彼女は何故、先に僕なんかを』
「この子の気質。お人好しなの、とんでもなくね」
『……は、早く病院へ!』
自分が暴れていた事実に美桜の行動。
混乱するのも当然だ。
それでもカロースはそれを飲み込み、立ち上がる。
「そうしたいけど、私達はもうこの世界には長く残れない。元の場所へ帰されてしまう」
『ど、どういう事です!?』
ほぼ同時に、私と美桜の周りにノイズが走る。
この映画のエンディングが近い証だ。
「ごめんなさい。詳しくは後でグラスホッパーから聞いて貰えると助かるわ」
ビネガーが消えれば、映画は正常に戻ろうとする。
"私達"という異物も吐き出そうとする。
『どうにもならないのデスカ? まだボクは皆さんにお礼が出来てないデース』
居たくても止まる事は出来ない。
眉を下げるリディに、私は首を横にふる。
「うん、私達の意思ではどうにも出来ない事だから。お父さんにも、有難うございましたって伝えておいて」
『……ハイ、ワカリマシタ!!』
道筋は随分と変わってしまったけど、返事をするリディの顔は、私の知っているものだった。
この映画のエンディング。
ひよっこから一人前になったヒーローの顔。
私は何も言わず、静かに笑い返した。
『僕はとんでもない事をッ……』
「カロース。アナタがあの黒い靄に抗ってなかったらもっと被害は大きくなっていたわ」
カロースの方は表情が暗い。
でもそこに血統主義の傲慢さは消えていた。
「数日以上アレを抑え込める人物なんて、私は他に見た事は無いわ」
『でも、僕は皆さんを殺そうと』
彼も成長した。
ビネガー化による副産物だったが、それも本来の道筋と重なっている。
「それがアナタの本音なら、吹き飛んだ私を助けようとなんてしない。そうでしょ?」
『!!』
不安になる彼に私は声をかける。
きっと美桜ならこう言っていた。
「胸を張ってあげて。アナタを信じるあの人達の為にも」
『有難う、ございます』
私も映画を見たから知っている。
カロースは不器用だっただけだと、続編では成長した心を見せてくれると。
『貴女達にもご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。次会う時にはこのお詫びは必ずさせて頂くと、もう一人のお仲間の男性と……美桜様にもお伝え下さい』
自分の未熟さを、街の人の声に気付かなかった事に後悔する様に、カロースは頭をさげ、歯を食い縛る。
「……楽しみに、しとる……」
『美桜様ッ!?』
静かな空間に、小さく美桜の声が溶ける。
微かに意識が残っていたのだろう。
「……またな、ひーろー……」
時間もない。言葉も多くは出せない。
そんな中で美桜が絞り出したのは。
カロースへの肯定と、リディへの親しみだった。
『……はいッ! またお会いしましょう。必ずッ!!』
『本当にお世話になりマシタ! 足元にお気をつけてお帰りクダサイ!!』
足りない言葉を補おうと美桜は笑顔を浮かべる。
『また会える日を、楽しみにしてマース!! シアウサン! ミオサン!』
カロースは涙交じりに笑い。
リディは満面の笑顔で答えた瞬間に。
スクリーンから切り取られる様に、私達の姿は虚空に溶けた。




