チャプター19.出勤
《アツダンストリート一番町と三番地にてヴィランとヒーローが交戦中。中継が繋がっています!》
リディの引きこもっている自室にニュースの音が流れている。彼はそれに目を向けず、微動だにしない。
ベッドの上で固まっていた彼の瞳が動くのは、自室のドアを開ける音が聞こえてきてからだ。
『父さん』
視線の先には、父親がいた。
『どうした。引き篭もるなんてお前らしくもない』
ゆっくりとリディに歩み寄り、話しかける父親。
声色は優しい、なのに怯えた様にリディは目を逸らす。
『ボクは……』
『失敗したから恐れている。だろう?』
『言い付けを破って外に出た結果がアレデス』
『そうだな。大失態だ』
『……デス、ヨネ』
責任を感じている彼の言葉を父親は慰めるでもなく肯定した。
『最初から失敗しないビジネスマンなど居ない』
その顔は、責めるような表情ではない。
『父さんも、そうだった。何度も失敗を積み重ねて、その度に進んできた』
父親はリディに手を伸ばし、その肩に手をかけると。
『あのもう一人の、未来の君もそうだよ。フーディ』
『ボクは彼みたいには、父さんみたいにはッ……!!』
『そうかな?』
リディの目を、ゆっくりとテレビの方へと向ける。
《いつまで塞ぎ込んでんだべ!》
『君には、聞こえているだろう?』
《おめえを待ってるやつがいるんだ!!》
リディには聞こえた。
《どんなに失敗してもッ!!》
『君はしっかりと積み重ねて来たんだから』
《それでも、おめえはヒーローだッ!!!!》
『ミオさん……』
彼を信じる、美桜の声が。
ヒーローに助けを求める、街の人の声が。
《hey! グラスホッパー!!》
画面には二つの地点が中継されていた。
《アナタは何でビジネスマンになった!! 何故憧れたッ!!》
彼には見えた。
《答えはある筈デス。小さな頃から、ずっと》
もう一人の自分が、迷わずに人々を助ける姿が。
《忘れるな。憧れた背中を、見失うな。ビジネスチャンスを、その為に積み重ねろ、恐れるなッ!!》
そして。
《顧客の声に応えるのが!! 笑顔にするのがッ!!》
その口から自然と声が漏れ、重なった。
『ビジネスマンだ』《ビジネスマンだ!!》
それを聞いて、父親はようやく笑みを溢す。
『……親としては、危険な目にはあって欲しくない。それは変わらない』
そして、ゆっくりと離れると、問いかけた。
『だけどキミはどうしたい? フーディ』
『……父さん。スミマセン』
リディは立ち上がり、トレードマークのビジネスマンスーツとサングラスを着用していく。
『仕事にかまけて家族に不満を抱かせるのも、ビジネスマンだ。だけど家族サービスはしっかりするんだぞ。今日は日曜日だ』
身支度を終えて、窓から空に飛び出していくリディの背を見て、父親は呟いた。
『必ず、無事に帰っておいで』
『ハイ!! イッテキマス!!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鉄扇がおらの手を離れて、後方へ転がる。
おらはそれを拾おうと咄嗟に身を捻るが。
【この程度か】
「美桜ッ!!」
振り返ると、既にカロースが先回りしている。
さっきまで目の前にいたのに。
【力なんて使わずとも、捩じ伏せて見せましたよ。如何です?】
「まだ、だ……!!」
【見苦しい。そうまでして僕を否定したいのか】
振り返った勢いそのままに回し蹴りを放つも、カロースに片手で止められる。
「このままじゃ、美桜が……!!」
「大丈夫だッ!!」
シアウがそれを見て、動き出しそうになるのをおらは叫んで止める。
「大丈夫、だからよ。任せて、くれっ……!」
【もういい】
カロースに受け止められた足を乱暴に放られ、体勢を崩すおら。
【失望した。貴女にも、神々にも……この世界にも】
右腕は折れている。武器の鉄扇は弾き飛ばされて。身体はぼろぼろ。
体勢を崩していく中で、カロースの掌の上に光と黒い靄が混ざりあって、その周りの空間が歪み、バチバチと音を立てる。
【終わりだ。チャンスは、もう無い】
「そうだな」
あれが放たれれば、おらには避ける術はない。
だから笑った。
「美桜ッ!!」
【消えろ】
「ちゃんす、はねえ。おらは、脇役だからな……だからよ」
あまりの頃合いの良さに、だ。
【何ッ!?】
カロースの片手からソレ放たれるよりも早く、空から降ってくる人影がカロースの脇腹に飛び蹴りを喰らわせた。
『──|I'm needed《ボクが必要だ》!!』
「千両役者のご登場、ってな」
ドゴォ!!と音をあげて吹き飛んでいくカロース。
それを見ながら、着地するリディ。
『遅刻してしまってスミマセン!!』
体勢を崩して、その場に倒れていたおらに、リディは手を差し出して笑う。
『新米ヒーローグラスホッパー。只今出社いたしマシタ!!』
「……あんがとよ。助かった」
おらも手を握り返して、その表情を見ると、ゆっくりと立ち上がる。
「来て早々にわりいが、大仕事頼まれてくれっか。……あいつを元に戻さにゃならん」
『ミオさん、右腕が!?』
「大丈夫だ。後々何とか出来るべ」
【貴様は、あの時の未熟なヒーローか】
服についた埃を払いながらカロースがゆっくりと歩いてくる。
おらと話しているリディを憎々しげに睨みつけながら。
『どうすればイイのデスカ?』
「ぶちのめして、気絶させる」
『haha! シンプルタスク!!』
リディと並んで構えていると、カロースは指をパチンと鳴らす。
時を止める時に見せていた動作だ。
それなのに、おらはその後の動きも見えている。
【貴様が出てきた所で、何が出来るワケでもない】
嫌な予感がして横を見る、動いていない。
リディだけの時が止められていた。
「ぐらすほっぱー!!」
対象を絞れば"無制限に時を止められる"。
そう言っていたシアウの解説を思い出す。
無防備になったリディに、カロースは間を詰め、手に光の槍を作り出す。
おらは咄嗟に、風を纏った手のひらを向ける。
【言っただろう。チャンスは無いと】
『与えて貰わなくて大丈夫デース』
だがその誰よりも速く。
時の止まっていたはずのリディの脚が動き。
【!?】
踵落としで、カロースの体を地面へと叩きつけた。
『自分で掴みとりマース!!』




