チャプター17.ハードワーク
美桜さん達は未来のボクを連れて、この家を出発してから数時間が経過した。
ボクは見送りにも行かずに自分の部屋に引きこもっていた。
出発前にシアウさんが訪ねて来た。
オフィス街で最後の戦いがこれから起こる事。
ボクに力を貸して欲しいと言う依頼。
ドア越しに聞いていたが、ボクは返事を返せなかったんだ。
『ボクが行かないてもヒーローは居るんだ』
きっと世界の命運を賭けた事なのだろう、新米ヒーローのボクには想像も付かない大仕事だ。
『ミオさん、シアウさん、カロースさん、未来のボクだって……』
ボクなんかが役に立てる筈が無い。
ヴィランが父さんを殺そうとした時に、ボクは何も出来なかった。
いやそれだけじゃない。
『何もできないクセに、勝手に飛び出して父さんを危険な目に合わせてしまった』
父さんを心配を振り切って自分の判断で動いた結果があれだ。
もし美桜さん達が居なかったとしたら……父さんは。
『殺して、しまうトコだったッ……!!』
顔を両手で抑えて俯くボクの耳に、つけっぱなしにしていたテレビの音が届く。
《緊急速報!昨日アツダンシティ全域を巻き込んだ大規模テロの主犯が再びオフィス街に現れた様です!》
『そんなボクが、立派なビジネスマンになんてなれるワケが……』
きっと最後の戦いと言うのは、コレの事だろう。
でもボクは……足が動かない。
『フーディ入っていいかい?』
部屋をノックする音と、ドアの向こうから父さんの声が聞こえた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
三番地までゲソマミレを誘導したボクは、そこで本格的に戦闘を開始していた。
ゲソマミレの背中に生えている十本の虫の脚が、それぞれ独立してボクを貫こうと鋭く動く。
ボクはそれに対応して、全てを蹴りで地面に叩きつけ、踏み捻るように引き千切る。
『ふむ……』
そのままゲソマミレノ本体に蹴りを入れようと距離をつめるが、背中から突然新しい虫の脚が生えて、ボクの胸を。
『騙し討ちの為に仕込んでいたのだがな』
「前に貫かれて労災案件デシタヨ!」
──貫かなかった。
びゅんと飛び退き虫の脚を避ける。
ボクも昔やられた手だ、ご丁寧に毒まで仕込んでいたっけな。
虫の脚の先には紫色の液体がどろりとしている。
『お前達三人が奇妙で在るのは間違い無いが、特にお前は私の邪魔をする』
「アナタの好きにさせると、事後処理のタスクが増えマスノデ」
この男のやり口は知っている。
『私の研究を邪魔した、あの男も殺し損ねた』
「……逆恨みもイイトコデース、悪いのはアナタデショウ?」
自分の目的を果たす為ならなんだって利用する狂気。
ボクはクラウチングのポーズを取ると、地面を蹴りゲソマミレへに急接近して蹴りを放つ。
「数年前にアナタの勤めていた会社にインターンに来た大学生達に昆虫食を提供、特殊な遺伝子改造を施されたそれを食べてしまった大学生たちは、死亡した」
ボクの放った蹴りは複数の虫の脚に絡めとられ、顔面には届かない。
『ほう、知っているのか?てっきり揉み消された事件かと思っていたのだがな』
「生き残りが一人いたんだ」
鍔迫り合いの様に力が籠る、ボクの一本の足と、奴の十本の脚。
「それがボクだ」
『!!』
「あの事件の後にボクにはこの力が宿った」
余裕そうに笑っている。
これもあの時とおんなじだ。
『その力バッタの様だと、どう言う構造なのかと、遺伝子が欲しいなと思っていたが、ハハッ、ハハハハハ!!!!』
「あの行為のせいで親友が死んだ」
知っている、お前は勝機が無くなるとすぐに退こうとする。
圧倒しすぎると逃げてしまう。
『私の研究は正しかったのだッ!!人と昆虫を掛け合わせれば素晴らしい進化を遂げるッ!!』
「そしてお前は、父さんも殺した」
『つまりお前は私の最高傑作と言う訳だッ!!!!なんと素晴らしい!!!!』
興奮すると余計に話が噛み合わないな。
「アナタのスキルは認めマス、アナタから貰ったこのパワーは素晴らしいものデシタ」
ボクの映画でもこの映画でもアナタは変わらない様だ。
「でも」
足を押し込む力を、"本気にする"。
虫の脚が折れて行く音がすると、そのままゲソマミレの胴体にボクの脚が届き。
『想像以上の、結果だァ……!!』
「人の話を聞けないのはビジネスマンとして」
ビルの残骸へと吹き飛んでいく。
「人として、マナー不足デスヨ」
変わらないのなら相手にならない。
ボクとってはアナタというヴィランは、試練ではなく。
……既に乗り越えた過去なのだから。
「ハードなのは逃がさず倒さないってトコデスカネ」
《ニュースをそれで常に流しといて、倒すべきタイミングはそれを観てればわかるはずだから》
シアウさんの言葉を思い出しながら、ワンセグに繋がれたスマホを取り出して見る。
ニュースにはヴィランが出たというライブ速報が流れている。
ゲソマミレはこの映画の正式なヴィランだ。
それを倒し切ってしまう事は映画のエンディングにはいってしまう事を意味する。
ビネガーが解決するまで倒してはいけない、とシアウさんは説明していた。
『スマホを弄るのはどうなんだ?』
瓦礫を吹き飛ばして、ゲソマミレが中から出てくる。
圧倒すると逃げられてしまう。
倒し切ってもダメ。
とんでもないハードワークを押し付けられている。
それでもやるしかない。
「sorry」
遠くにテレビ局の中継車が止まるのが見えると、ボクはネクタイを締め直す。
「業務連絡が来ていたので、haha!!」
任された信頼に応えるのが、ヒーローなのだから。




