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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第九十六話 思い出せ】

 ロニアの眼前に、まるで街灯に群がる蛾のように光が集まった。

 ベイリアルが瞳にかかった黒髪から、ロニアをねめあげる。

 口元を歪め、無垢なまでに純白な翼を広げ、空気を掻き分けた。

 

 ロニアの頬に触れていた黒いエーテルの、痺れるような感覚が消え失せる。

 その代わりに、どこか心の安らぐ暖かさを持つ白いエーテルが辺りを満たした。

 耳鳴りのような音と共に、ベイリアルが()()する。


 荘厳なファンファーレが聞こえてきそうなほどに、ベイリアルの姿は神々しいとロニアは感じた。

 いつもどんよりとしてたスーノス地区に、一筋の光の橋が架かった。

 ひらひらと舞う羽根は、ロニアやロムレスに触れた瞬間、瓦解した。


 暗がりに慣れたロニアの眼球が、突然の明暗差に押しつぶされるような痛みを訴えた。

 ロムレスも、弩で光を遮るように覆っている。


「さあ、第二ラウンドと行きましょうか?」


 ベイリアルが、好物を前にした子供のように声を上ずらせた。

 これから行われるのは、血みどろの戦いであるというのに、ベイリアルの声色はどこか無邪気さを孕んでいた。


 ベイリアルが、偽エレクシアを掲げる。

 影はより暗みを増し、滴る泥のように落ちた。

 ロニアはランタン剣を構え直し、呼吸を細める。


 隣に立つロムレスは、呼吸を止めていた。

 照準を定め、一寸も動く気配がない。


 ベイリアルが動く。

 光の筋となり、ロニアたちに矢のように接近。

 ロニアたちは身を翻し、一寸のところで回避した。


 多少、動きが速くなっただけにすぎない。

 それだけならば脅威ではなかったが、問題は剣先に含まれるエーテルだ。

 白いエーテルは、天界由来。


 天界由来……?

 ロニアは、ふと足を止めた。

 そういえば、あのダンジョンで会ったあの男は。

 人造天使と呼ぶのが相応しかった、あの罪人は。


 意識が現実に引き戻された時、ベイリアルの斬撃はすでにロニアの鼻先にまで迫っていた。


「よそ見すんじゃねぇロニア坊!」


 ロムレスが、足元の雪を蹴り上げて遮蔽を生み出した。


「ぐっ、小賢しいですねえ……!」


 ロムレスの助けが功を奏し、斬撃はロニアの耳をかすめる。

 温かい雫が、耳たぶから足元の雪に赤い点描を残す。

 ロニアは奥歯を噛み締め、ランタン剣を振るった。


 ガキン。

 互いの刃がぶつかり合う音。

 ベイリアルの膂力が、偽エレクシア越しに肉体の芯にまで伝わってきた。

 

 力比べでは、必ず負ける。――そう、力だけならば。


「ははぁっ! しとしと、綺麗な真っ赤が垂れてますよお!?」


 目を大きく見開くベイリアルの瞳に、眉間に皺を寄せたロニアが映る。


「うるさい!」


 ロニアは、腰を落としランタン剣を胸元に寄せる。

 ベイリアルは突然の変化に耐えきれず、ロニアに倒れ込む。

 

 ランタン剣を足元の雪に突き刺す。

 支柱にして、翻るように――


 ベイリアルの側頭部に、痛烈な跳び蹴りを加えた。

 脛は痺れるように揺れたが、それ以上の成果はあった。

 ベイリアルが、地面を割るように倒れ込む。


 まるで氷のような地面に、ヒビが走った。


「天使の力を使わなくたって、出来るんだよ。ボクには」


 剣を引き抜くロニア。蒸発した雪が、ロニアの頭部を通過し、しっとりと唇が湿った。

 まだだ。ベイリアルとかいう男は、きっと立ち上がる。


「ん~足りませんっ! 百点中三十二点!」


「なんかムカつくなあ」


 ロニアは、身体中に緑魔方陣を張り巡らせた。身体強化魔法である。

 筋肉に熱が迸り、ロニアの額から一筋の汗が伝った。


「だって、昔の先輩ならね!? 下級悪魔の首が吹き飛ぶぐらいはしてましたよ!?」


 ベイリアルが、キュポッという間の抜けた音を立てて地面から顔を引き抜く。

 灰色の雪で塗れた顔を振り、偽エレクシアを手繰り寄せる。

 肩の凝りをほぐすように、首を回すベイリアル。


 ゴキゴキという乾いた音が響き、思わず肌に粟が立った。


「しょうがないなあ。どうすれば、僕と同じようにしてくれるんです?」


「天使の力? 嫌だね。お断り。ボクはニンゲンとして生きるんだよ」


 ベイリアルの表情から、笑みが消えた。

 眉間に皺を寄せていた。


「あなたは、人間の何を知っているんです? あいつらは、いたずらに争って、無駄に魂を浪費して。自分で命を絶つだなんてこともして。この世で最も無責任な魂なんですよ!? あいつらのどこに惹かれたんですか!」


 絶叫のような声を上げるベイリアル。


「先輩。僕はあなたに殺されてから、人間として蘇りました。ベイリアル・ユーテライトとして。おかげ、沢山知れたんですよ?」


 ロクでもない。まだ、悪魔だったほうがよかった。

 ベイリアルはそう吐き捨てるように言って、視線を落とした。

 彼の口元は、まるで熱病のように震えている。


 そして、再びロニアに向き合った。

 捨てられた子犬のような、寂し気な瞳が煌めいていた。


「本当に、忘れたんですか? あなたが、天界で何をして、誰と生きて、そして――」


「堕天したか、でしょ。いいよ別に。興味、ないから」


 ロニアが、変にどもりながら視線を右方向に逸らした。

 

「ボクは、ニンゲンの女の子を好きになっただけ。だから、ニンゲンになりたいんだよ」


「いいえ、ありえません! 人間と、あなたでは不釣り合いです!」


「いいや、カレンは違う。確かにボクたちは違う種族だ。でも、あのヒトは、暴走したボクを丸腰で受け止めたんだよ」


 ベイリアルは目を大きく見開き、偽エレクシアをカランと落とした。

 そして、吹っ切れたように乾いた笑いを上げる。

 右手で顔面を握りつぶすように覆い、やがてそれは哄笑へと変わった。


「はは、ははは! そうですか、わかりましたよ! なら、そいつをブッ殺せば昔の先輩に戻ってくれるんですね!?」


「は? オマエ、何を言って――」


 ロニアが言い終わる前に、ベイリアルが翼をはためかせる。

 背後で、パンという破裂音が鳴った。ロムレスの射撃だ。

 だが、ベイリアルの翼にかすかな穴を開けただけだった。


「チッ。こりゃまずいな」


 空へと舞うベイリアル。

 ロニアを見下ろし、口元をにやつかせた。


 大きく羽ばたき、冷風がロニアたちを襲う。


「では、先輩! 素敵な()()()を持ってきますから、楽しみに待っててくださいよ!」


 ベイリアルを見上げながら、追従するように走り出すロニア。

 脳内に嫌な光景が浮かぶ。

 

 力なく、雪を真っ赤に染めるカレンの姿を。

 青白くなった、彼女のかつて温かいその手を。

 互いの薬指に輝く安物の指輪が、崩れているのを。

 

 ダメだ、それだけは絶対にダメだ。

 

 心臓が早鐘を打ち、世界の音が籠り始める。


 ふと、試練の鍵に触れた。

 だが、鎖が耳元でささやき始める。


『やめておきな。また暴走したら、今度はお前の母親も、妹も、み~んな死ぬよ?』


『人生は長い。ほら、アリスちゃんに鞍替えすればいいんじゃないか? カレンちゃんなんて、ただのメスにすぎないって』


 その言葉に、ロニアは拳を強く握りしめた。

 唸るように息を吐く。


「ふざけんな! カレンは、カレンはボクのすべてだ!」


「あっ、おいロニア坊!」


 ロムレスの脇を抜け、ロニアは、ひた走る。

 頭上を遊弋し、すでに姿が見えなくなったベイリアル。


 ロニアの強すぎる怒りが、鎖の縛りを一瞬だけ軋ませた。

 その隙間から、ひび割れた鏡のようにかつての光景が蘇る。

 背の高い自分。冷徹に、しかし口元に微笑みをこぼしながら、悪魔たちを殲滅している自分。

 そして、隣で目を輝かせながら羨望の眼差しを向けているベイリアルを。かつて、ベリアルと呼んだあの男を。


 皮肉なことに、忘れていたことは鎖が思い出させてくれた。


 迷っていては間に合わない。

 ロニアは、喉元のチョーカー、試練の鍵に触れた。

 異なる輝きを持つ五つの宝石の光が、十字に繋がった。

 走るロニアから伸びる、光の尾。


 「【──人の鎖、蝋の翼、木々の船よ。我が罪を刹那赦し、再び光を我に灯したまえ】ッ!」


 今は、自分がカレンを助ける番だ。

 もしも自分が暴走したら。

 そのときは、またカレンが助けてくれる。


 ロニアは、空を見上げながら足を踏みしめた。

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