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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第九十四話 堕天使よ】

 魔方陣の縁に沿うように、漆黒の壁が現れた。

 ロニアたちを外界と阻み、二対一の状況を生み出す。


 ベイリアルが、足元に落ちていた帽子を拾い上げ、雪を叩くように払う。

 深々と被りなおし、口元に粘つくような笑みを浮かべた。

 背筋に氷を流されたような寒気が走る。


「ねえ、先輩? もしもですけどね?」


 ベイリアルが、何かを握りしめるように手のひらを曲げる。

 空間にヒビが走った。

 パリンと割れた裂け目からは、赤い空間が広がっている。


「僕があなたの大事なものをぜぇんぶ壊したら、あなたはどうしますか?」


「壊させはしないよ。どこの誰かは知らないけど、よっぽどボクに陶酔してんだね」


「ええ、ええ! 当然ですとも! あなたは素晴らしいおヒトだった! 誰もがあなたを羨み、嫉み、そして憧れた!」


 僕たちの光だったんですよ。

 ベイリアルは両手を広げながら空を見上げ、恍惚に満ちた声色で言った。

 ロニアは眉間に皺を寄せ、剣を構えながら腰を落とす。


 ベイリアルが、再び視線をロニアに注ぐ。

 手中の赤い裂け目が、やがて何かを模る。

 

 それは、剣だった。ロニアの聖剣、エレクシアだった。

 けれど、漆黒の色をしていた。


 ロニアの隣で、ロムレスが斧を変形させる。

 ガシャンと音を立てて、真っすぐに伸びた銃身がベイリアルを捉えた。


「ロニア坊、お前、変な奴に絡まれたな」


「ね。まったく、こういうのがあるからあまりヒトと関わりたくなかったのに」


 最初に動いたのは、ロムレスだった。

 親指で弾いた魔弾。視線はベイリアルを睨んだまま。

 宙で一回転する弾丸が、開放された排莢口へと吸い込まれる。


 金属同士が噛み合う、ガチリという乾いた音。

 親指でボルトを押し上げ、装填完了。


「いつでもいける」


 いつもはどこか食えない男だと、ロニアはロムレスをそう評していた。

 どこか酒臭く、胡散臭い。

 けれど、こうして隣に立つ彼の真っ赤な眼光は、まるでセスのような安心感すらあった。


 ベイリアル。蹴り上げた。雪。

 剣を、足元から斬りあげる。

 ロニアとロムレスは、逆方向へと跳躍。


 剣を媒介に、ロニアは魔力を流し込む。


「【赤魔法:氷河の群れ(グレイシア)】ッ!」


 漆黒の外壁を赤色が照らす。

 沿うように現れた魔方陣。

 ロニアが剣を揺らせば、その通りに追従する。


 ランタン剣。一閃。


 音すらも、一拍遅れた。

 魔方陣がベイリアルを覆う。


「打てッ!」


 左手で指を鳴らす。

 【氷河の群れ】という名に相応しく、一メートル以上はゆうにある氷柱が、あられのように降り注ぐ。

 ベイリアルの展開していた防護膜に阻まれてはいるものの、それがわずかな解れとなる。


「おじさん!」


「あいよ!」


 ぱぁん。乾いた音。

 ロムレスの銃口から火花が散る。

 放たれた魔弾が、空気中で分裂した。


 塵のように見えるそれは、猛毒物質だ。

 肌に触れると、きっとただでは済まない。


 ロニアの分析を確かめるように、その弾丸は解れた隙間からベイリアルの頬へと触れた。

 じゅわりという肉が爛れる音。そして、鼻をツンと刺すような刺激臭。

 

 これで少しは静かになればいいが。

 ロニアはそう思った。

 だが、願望はいつもあまのじゃくだ。


 願いと正反対のことが起きる。

 ロニアは、小さな舌打ちを漏らす。


「あははぁ! これが、先輩の【大切なモノ】……! 気持ちいぃい……」


 舌を出し、快楽に身を震わせている。

 「えへへ」という間の抜けた笑い声を漏らし、ベイリアルは膝をついた。


「気を抜くなよ」


「わかってるよ、おじさん。多分、こいつは厄介だよ」


「ああ。とんでもねえマゾ野郎だ」


 十中八九、こいつは天使だ。

 しかも、ロニアと同じような堕天使。

 だが、どこかが決定的に違う。


 男の体内に流れる魔力と、周囲のエーテルが手がかりだ。


「やっぱり大好きです、先輩……! あなたは脆くなんかなかった! むしろ、弱さすらも強さに変えている!」


 地に伏し、偽エレクシアを突き立てるベイリアル。

 顔を上げた彼の表情は、快感とも呻吟とも取れる顔だった。


「でも、違う。やっぱり、違う!」


「ああもう! どっちなんだよしつこいな!」


 ロニアが足を広げる。

 足元に、巨大な赤い歯車の魔方陣が浮かび上がった。


「これをやるのは久しぶりだけどねッ!」


 息を吸う。瞳が紅く光る。

 鼓動の音が遠のく。


「一節部分解錠。鍵は『エゼキエル』」


 歯車が、ギギギと回りだす。

 これは、天使の魔法。

 人間の肉体で行使できる、ヒトの白魔法を凌駕する最大の魔法。


【認証。仮定的赤魔法:我は汝に怒りを注ぎ、故に汝に報いる。炎と、硫黄の雨を】


 跳び上がるロニア。

 彼の背後に広がるは、瞳のごとき裂け目。

 硫黄の刺激臭と、炎がもたらすむせ返るような灰の臭い。


 降り注ぐ、焔の雨。


 ロムレスが足元に魔弾を打ち込むと、白いドームやイグルーのようなものが彼を覆った。

 眉の上に手の側面を置き、ロニアを見上げていた。


「ひゃ~、ド派手だねぇ」


 灼熱の豪雨が雪を溶かし、まるで土埃のように蒸気を上げた。

 ロニアは空中で翻り、猫のように着地。

 間髪入れずに、次の魔法の準備に入る。


 ふと、ランタン剣の刀身を見る。

 根元が赤くなっている以外は、変わらなかった。


「魔力の消耗が激しいなぁ……。クソッ、ニンゲンの身体は不便だなあやっぱり」


 だが、不便さすらも尊いと感じた。

 だからこそ、その尊さを踏みにじるベイリアルは許さない。

 今ここで排除しなければ、愛する怠惰な日は二度と訪れない。


 笑い声。煙の中で響く。


「くっくっくっ、いいですねえその力。忘れてはいないんですねぇ、自分が何者かを。いえ、断片的にでしょうか? でもなんだか懐かしいなあ」


「威力が足りないか。でも次で終わらせる」


「ありますかぁ? 次のチャンス、ありますかあ?」


 右半身がドロドロに焼けただれたベイリアル。

 煙と蒸気の内から飛び出した。

 

 偽エレクシア、ロニアの眼前に光る。

 来る。脳が信号を流すのと同時に、ランタン剣の刃が防ぐ。

 瞬間、ロニアの右腕が電流を流されたように振動した。


「こいつ、なんて力だ……!」


「当然ですよぉ! あなたと()()なんですからぁ!」


 押される。ならば――。

 ロニアの右腕に光る緑魔方陣。

 劣勢気味だった鍔迫り合いが、ロニアのほうへと傾いた。


 肉体強化の、基礎魔法だ。


「隙だらけだぜぇ!」


 背後。斧に変形させた得物を握り駆けるロムレス。


「無駄ですよぉ! どうせ僕の膜に阻まれるんですから!」


「ああ! 知ってるぜ!」


 刃先が膜に滑る。

 しかし、ロムレスはその膜を無理やりつかんだ。

 

「マジか、触れられるのそれ!?」


「なっ、あなた、人間でありながら!?」


「悪ぃが、俺もそこのボウヤも、バケモンの家系なんでな。これぐらいは造作もねえっつーの!」


 膜を掴んだまま、ロムレスは振り返る。

 足を一歩前に出すと、ベイリアルがフラついた。

 バランスを崩し、ロムレスの方へと倒れこむ彼。


 そして、そのままベイリアルは宙に浮いた。


「どりゃあ!」


 掛け声と共に、地に叩きつけられるベイリアル。


「てめえがナニモンかは知らねぇがな。俺たちの故郷を、そして俺の大事な甥っ子を傷つけんじゃねぇよ」


「もう、おじさん。そう言われると()()()でしょ」


 微笑を零しながら歩むロニア。

 だが、その笑みはベイリアルの頭上でふっと消えた。


「さて、色々騒がしてくれたね。ラティファさんのお仕事、ボクらが横取りしちゃったね」


「ま、結果オーライだよ」


 ロムレスが、魔弾を装填する。

 ロニアが、ランタン剣に赤魔方陣を纏わせる。

 トドメだ。ロニアがそう言ったとき。


「照れる……? 随分と、感情が豊かになりましたね?」


 雪を握りしめるベイリアル。

 漆黒の壁が沈み、しかし彼の肉体へと吸い込まれていった。

 ロニアは目を大きく見開く。


 この魔力とエーテルは。

 まるで熾天使と大罪そのものだ。


「はあ。絆されすぎましたか。これは、本格的に潰していかないといけないようですね?」


 ベイリアルが、首元に偽エレクシアを十字に滑らせる。

 現れた十字架が、黒く輝いた。


「【──人の鎖、蝋の翼、木々の船よ。我が罪を刹那赦し、再び光を我に灯したまえ】」


 腹に低く響くようなその詠唱。


「オマエ……!」


 それは、ロニアもよく知るものだった。

 天使形態へと移行するための、ロニアしか知らない呪文だったのだ。

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