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【第百十一話 その目は何を見る】

 二発目の魔弾。ぴしゃりと雷鳴散らす、黄金の薬莢。

 ひとたび煌めき、空を横切る金属音が響く。

 瞬きよりも速く。それは、狼蠅の腹部を穿った。


「ガッ――」


 狼蠅が呻き声をあげるよりも早く、花火の如き電撃が彼女を包んだ。

 バリバリという音は、まるで大きな太鼓を叩いているようだ。

 

 自分も臨戦態勢に入ろうと、左手に握っていた白銀の杖を両手で構えようと試みた。

 だが静電気が指先で迸り、ロニアは表情をゆがめる。

 その時、鑑定魔法が途切れた。


 これはやりすぎだろう、とロニアは思った。

 衣服は擦れるたびにパチパチと音を立てるし、頭髪も逆立とうとしていたからだ。


 黒焦げになった狼蠅がこちらに歩みを進めるたびに、腐肉を焼いたような刺激臭が漂う。

 その見た目は狼と蠅が混じったキメラというよりも、屍人(グール)のそれに近かった。


「ミディアムってとこだな」


「……よくやったね(ウェルダンだね)


「しかし、奴さんタフだなあ。こりゃ、そろそろステゴロでいかなきゃならねえか」


 ロムレスが、(クロスボウ)に触れて変形させる。

 ガシャンと火花散らし、鈍色に光る刃が現れる。

 やがて、それは斧となった。


「ヴァレンおじさんの弾、もうないの?」


「……ああ、もうすぐで弾切れだ。けど、これぐらいなら斧でなんとかなるだろ」

 

 ロムレスが、ロニアの頭を撫でようと手を伸ばす。

 ロニアはその手を払い、睨めあげる。

 まだ、そのときじゃない。ロニアの瞳は、そう言いたげに輝いていた。


「そういやよ、お友達ってのはなんだ? まあ、そんなんになって会話ができるとは思わねえけどよ」


 ロムレスがそう尋ねた瞬間。

 狼蠅、つまりプルマが、立ち止まった。

 口腔から伸びる肉の筒をしまい込み、すべての複眼がロムレスを見る。

 曲がっていた腰が正され、立ち振る舞いだけ見ればプルマのものだった。


「というか、マトモでも言わないでしょ。たぶん、頭の中まで洗脳されてると思うけど」


 杖先を向けながら苦笑するロニア。

 記憶によれば、ベルゼブブという男は頭が回る。

 曰く、「大食いっていうのは頭を使うんだよ」と。

 仮にプルマだった狼蠅が眷属だとしたら、主の名をそうやすやすと吐かせるような真似はしない。


 ロムレスが頭を搔きながら、狼蠅に近づく。

 斧の柄を、しっかりと握りながら。


「オ……トモダチ……」


「そうそう、お友達。ホーラドゥナでいっぱいできたんだって?」


 狼蠅は何も言わずに、ただ俯く。

 何が目的だ。ロムレスが続けて訊いた。

 一歩、彼が歩む。一歩、狼蠅が下がる。


「どうしたよ、黙ってても、先延ばしになるだけだぜ」


 心底厄介そうに、ロムレスが斧をトントンと肩上で弾ませる。

 ロニアは数歩下がって、状況を観察する。

 念のため、手のひら全体を木の幹に触れて電気を逃がす。


 不運にも、ランタンは持ってきていない。

 近接戦闘ができないわけではないが、しかしそれでも熟練度はロムレスの方が上だ。

 ロニアは片目を(すが)めながら、小声で魔法を唱えた。


「【青魔法:設音(レコーディング)】」


 青の魔法陣が足元に広がり、やがて半径数十メートルにまで広がる。

 音、つまり空気の振動を記憶する魔法だ。

 これを、新スーノス地区区役所(ロンド家)の大人たちに聞かせれば自分の仕事は終わり。

 後の面倒ごとは、すべてオトナの役目。自分はカレンの部屋でぐうたらだ。


 広がった青の魔法陣が、胡乱に輝こうとしている。

 ロニアはすかさず、精霊たちに命じた。


「おい、【隠せ】【はやく!】」


 根雪が、まるで虫の行進のように魔法陣を隠していく。

 ロムレスがふと足元を見たが、すぐに狼蠅へ視軸を注いだ。


「ナカよシ……。ミン、ナ」


「仲良し、ねえ。まあ、友達ってそんなもんだからなあ。もしも俺があんたを殺しちまったら、復讐に来るってのかい?」


 狼のように、かならず復讐を果たすという結束か。

 蠅のように、どこまでも呪詛を吐き続ける不吉さか。

 どちらにせよ、厄介なのには変わりないだろうな。ロニアは、心中でそう独りごちる。


「……ワカンナイ。デモ、いッショ」


 狼蠅は立ち止まり、空を見上げた。

 ロニアもつられて、顔を上げる。

 とても澄んだ、青い空だった。


 ……曇っていたはずなのに。


「イッショダカラ、アタイたちには……」


「すべて丸見え。ということでござるな」


 鈴を撫でまわすように清廉とした、けれど大木のごとき芯のある声。


 「刃天煉(ばてれん)よ、道を拓け」

 

 認識したころには、一閃が見えた。

 風が啼き、木の葉が踊り、雪が離別する。


 音が消えた。

 木の葉が落ちた。

 風が、囁いた。


 狼蠅(プルマ)の頭が、落ちた。

 

 チンッ、と金属音が微かに響く。

 刀が、鞘に滑る息が流れる。

 

 結われた、白い毛髪の先が、まるで墨をつけた筆のような女。

 筋骨隆々の、塔のような女。


「アマクサさん!」

 

「おお、アマクサちゃん!」


 ロンド家で書類作業をしているはずの、アマクサだった。

 閉じられた瞳は、こちらを見据えている。

 無視かよ、とロムレスが躓いた。


「無事でござるか、ロニア殿」


「はい、後援に回っていたから……」


 しかし、なぜここに?

 ロニアの疑問が顔に浮かんでいたのか、アマクサが眉間にしわを寄せる。


「主様が、突然の頭痛を訴えられた。かなり酷いもので、手を焼いていたでござるが……」


「ローラが? なにかあったんですか?」


「それが拙者にもわからぬが……確かこう言っておられたな」


   ─────────◇─────────


 相も変わらず、ロンド家の執務室ではカリカリと筆の音が響いていた。

 なぜか付き合わされている十二神徒のふたりがぼやく小言すら、今は音楽に等しい。

 その最奥、窓を背にしているローラは、書類を手にしながらため息をこぼした。


 失踪した、「父」。

 兄を死亡扱いにした「父」。

 顔も知らない男だ。ローレンス・ロンドという。


 すでに生糸のように白い毛髪だったが、絶え間なく襲う苛立ちが、さらに白く染め上げてしまいそうだ。

 自身が憤怒の大罪であることが災いしているのか、なにをどうしても収まらない。

 もういっそのこと、ラティファの葉巻を拝借してしまおうかとすら考えた。


「ローラ様。住人番号三万ろく――」


「クレフスキー家ですね。あそこは夫の不倫が原因で離婚しました。データが古かったでしょう? 直しておいてください」


 眼鏡を光らせたヴァレンティノスだったが、鋭く睨みつけるローラの瞳には敵わなかったようだ。

 微笑を零し、再び席に着く。筆の音が、ひとつ増えた。


 しかし、どうにも頭がちくちくと痛む。

 振り返って外の景色を見ると、曇天があった。

 まるで、地上の自分たちが空に影を落としているようだった。


 親指と人差し指で、鼻根を強く押さえつける。


「主様。そろそろ、休憩はいかがでござるか?」


 アマクサが、肩を回しながらローラに微笑みかける。

 瞳はわずかに開き、空色がのぞいていた。


 ローラは、それぞれの席に積まれた書類の山を見比べる。

 身内、ロンド家の面子と、役所の人間たちのもの。

 今日一日で終わらせるのは、無謀な話だとローラはため息をついた。


「……そうですね。ひとまず休憩を挟みます。食事や手洗いなどを――」


 頭が痛い。

 内側から食い破られる、あるいは、肥大化しようとした脳が頭蓋を破ろうとしているようだ。

 ローラの瞳は収縮し、その場にへたり込む。


 何も聞こえない。


 荒くなる呼吸。早まる鼓動。


 そして、なぜか響く蠅の羽音。


 ローラの脳が「思考」を再開したのは、顎に垂れた自身のよだれによる痒みからだった。


「主様!」


「なんで、どうして……!」


 ローラは、ただ叫ぶ。

 役員たちは、互いに顔を見合わせて退室していった。

 きっと、町医者を探しに行ったのだろう。


「なにかあったでござるか、主様!」


「盗られた! ワタシの席が……!」


「盗られた? いったい誰に……」


 ラティファが、葉巻を落とす。

 刻まれた皺は、より深く影を落とす。


「ハエ野郎、絶対に、殺してやる……! ハエ野郎……!」


 ローラは、カーペットの床を殴りつける。


「……アマクサ。あなたは、周囲の調査を。悪意のある魔法かもしれません」


 ヴァレンティノスが、眼鏡を正しながら言った。

 アマクサは頷き、速足で部屋を後にする。


「クソ……クソが!」

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