表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/117

【第百八話 お疲れ様っス!】

「こんちゃッス! 姐さんから話は聞いてるッス!」


「すげぇ……。マジでいい匂いする……! ちょっと舐めてもいいッスか!?」


「良いワケないでしょ!?」


 集落の傍ら。民家と民家の間にある、少し開けた小さな広場。

 根雪がこんもりと盛り上がり、若い芽が腕だけを出してくたびれている。

 ロニアは眉を顰め、欣喜雀躍する狼たちから距離を取ろうとしていた。


 ルパに連れられ、ロニアはルパのナワバリに足を踏み入れた途端にこれだ。

 彼らにも入浴という習性はないのだろう。ロニアの鼻腔に、刺激的な臭いがツンと刺さった。

 

 髪色と同じように、彼らにも多種多様な毛色があった。

 ルパが夜空を思わせるような紺色とすれば、子分狼たちは橙色だったり、黄金色など。

 どことなく、ニンゲンのそれよりも鮮やかに見えた。


 スーノス地区で、白毛赤目というのはロンド家だけなのだろうか、とロニアはふと疑問に感じた。

 ルシフェルやミカエル、そしてサタン。魂の設計が、彼らに似通っているロンド家以外に、その特徴を持つ人物を見たことがなかったからだ。

 よしんば、誰かに操作された天使の記憶の中であったとしても。


 この特徴こそ、自身のルーツに迫る最大のピースだ。

 だが、動くのはメンドクサイ。ロニアはそう結論付けて、狼たちの猛攻をしのいでいた。


「お前たち、ロニアに手ぇ出すんじゃないよ! 【お座り】ッ!」


「「ハィィイ!」」


 その場にへたり込む、二人の雄狼たち。

 ルパの圧は、まるで空気をビリビリと震わせる雷鳴がごとく。

 庇護対象のロニアであっても、思わず座ってしまいそうだった。

 

「……さて、正直に来てくれたのはありがたいね、ロニア」


「まあ、けが人だからね、一応。ホントは今すぐに帰りたいけど、ロムレスおじさんが今出てるから」


「そう冷たくすんなって。お前に、手伝ってほしいことがあるんだ」


「ボクに? この人たちとちょっと会うだけじゃダメなの?」


 ロニアは隠すこともせず、口元を歪め、眉間に皺を寄せた。

 

 【手伝う】。例外的だが、ロニアの嫌う言葉のひとつでもある。

 カレンやセスに対しては、嫌がりつつもそつなくこなす。

 しかし、その他の人物に対しては拒否の姿勢を取るのだ。

 

 アリスなどの友人には、逡巡の末に脳内でコインを回すことになるが。


「ああ。むしろ、本当にそんな理由だったらこいつらから来させるよ。お前にしかできないと思ってな。ロムレスから聞いたが、お前、クリスタリアの学校ではトップなんだって?」


「う~ん、そうだね。あんまり自慢することじゃないけどさ」


 生き物が歩くように、空の雲が進むように。

 ロニアにとっては、あらゆる学問が()()でしかなかった。

 なにせ、自分の正体が学者たちの研究対象そのものなのだから。


「なら、魔力鑑定には詳しいだろ?」


「かもしれないね。その道のプロフェッショナルには敵わないかもだけど」


 実際のところ、そんなことはない。

 クリスタリアにて、ネフィリムの襲撃事件があった少し後。

 学院に、院長イザラムの発足した対策本部の鑑定団が訪れた。

 

 精度は見事と言わざるを得なかったが、全てにおいて表面だけを捉えていたのだ。

 本来なら、深部に眠る本来の姿こそが重要なのだが。

 しかし、相手はあくまでニンゲンだ。無理強いはしない。


「じゃあ、こいつらを診てくれ」


 ルパはそう言って、尖った口先を座り込んでいる若狼たちに向ける。

 彼らも、まさか自分が矢面に立たされるとは思っていなかったのか、互いに顔を見合わせながら目を丸くしていた。

 確か、ヴォルコフからもベイリアルに洗脳された狼たちがいたとか。


「なるほどね。このヒト……。ヒトでいいの?」


「狼人だ。ヒトでいい」


 ロニアは頷いた。


「このヒトたちが本物かどうか、ボクに見てほしいってことね」


「そういうこった。やっぱ賢い子だな。ますます好きになっちまうよ」


 琥珀色の瞳を細めるルパ。

 蠱惑的に笑っているが、鋭い眼光があった。

 どこからか、冷えた風が差す。

 

 昔なら、冷徹に圧を返していたところだろう。

 だが、自分はカレンに絆された。今は、なんとなく受け流すだけだ。

 狙われたところで、自分をカレンに捧げるだけだ。


「ちょ、姐さん! 俺たちを疑うんすか!?」


「そうっすよ! 俺たちはどう見ても潔白っす!」


 次々に声を上げる、ふたりの狼。

 狼というには、その様があまりにも情けなかった。

 瞳を潤わせ、耳はぺたんと垂れさがっていた。

 喉の奥で絞られたような「クゥ~ン」という音も響く。

 

 小型犬ほどよく吠える。それも、甲高い声で。


「黙りな! だいたい、あんな胡散臭い男についていくのが間違いなんだよ!」


 再び、ルパからカミナリが迸る。

 威圧感が幻視させていた雷鳴が、まるで本当に現れたかのようだ。

 雷魔法の使い手かと、ロニアは苦笑交じりに思った。


「クリスタリアで発生した、ネフィリム事件。こっちにまで広がってるかもしんねえから、心配なのさ」

 

 瞳を細め、耳を曲げて呟くルパ。

 確かに、あれを皮切りに学園の空気が一変していたような気がする。

 賑やかさの裏に、誰しもが焦りに近い何かを覚えていたのだ。


「んじゃ、いっちょやるかあ。ルパさん、後で報酬は貰うからね」


「……そのがめつさはロムレス(あいつ)に似ているな」


 ロニアは、懐から白銀の杖を取り出す。

 ロンド家と、カレンのフランカ家の家紋が刻まれた、特注の杖だ。

 陽光を受けて、キラリと光る。


 まったく、久しぶりの魔法だ。


「【赤魔法:銀が映し出す真実よ(アド・アルゼンタム)】」


 赤の魔方陣が、小さな杖の先端から投射される。

 それは空間に浮かび上がり、座りこむ狼たちを通過する。

 眩しさに彼らが目を覆っていた。


「どうだ?」


「待って。解析には時間がかかるから。はあ……まったく。ルーン文字じゃなくて公用語で浮かび上がればいいのに」


 ため息がひとつ。

 

 ロニアは、片目を閉じながら魔方陣を眺めていた。

 象形文字のような何かが、魔方陣に刻まれる。

 魔法とは切っても切り離せない、ルーン文字である。


 毛皮を含めた皮膚面。異常なし。この寒さで、右側の雄狼は乾燥気味と。

 次に、内臓。狼の氏族であっても、人間と同じように鍛臓は存在する。

 これがあるならば、彼らにだって魔法は使えるだろう。


 上半身から下半身にかけて、ゆっくりと観察を続けるロニア。

 ふと、左の彼に違和感があった。


「ん……? これは……」


 燃え上がる、赤黒い炎。

 地獄のエーテルが、かすかに胃袋で燃え盛っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ