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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部二章:新生地獄王編

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【第百二話 どこの誰か】

 ロニアとセスが、スーノス地区を訪れた理由。

 それは、親族の調査や墓所の管理などだ。

 それだけでなく、ロニアが正式に「ロンド家」の一員であることを証明する書類の発行もしなければならなかった。


「これを怠ると、カレンと結婚する時に苦労するぞ」

 

 セスが、クリスタリアを出る時にかけた言葉だ。

 結婚という言葉を聞くたびに、ロニアの鼓動は跳ね上がる。

 覚悟も、夢も見ていたつもりだった。

 だが、やはりカレンの花嫁衣装を想像してみると、湧き上がる何かがある。


 晴れているとはいえ、スーノス地区の寒さはとどまることを知らない。

 ロニアは、セスとローラに連れられ、ホーラドゥナの大きな役場を訪れていた。

 街中全てを、ベイリアルに洗脳されていたあの時とは違い、少し陰湿だが活気がある街並みへと戻っていた。

 

 スーノス地区の貴族であっても、戸籍などは平民と同じように、役場で管理されるのだ。


「ほら、しゃんとなさい。だらしない姿を、外で晒すつもりですか。この引きこもり」


 ローラがいつものように毒を吐きながら、ロニアの襟やネクタイを整えていた。

 文句を連ねようとするロニアを、相変わらずギザギザとした牙を見せて威嚇する。


「すまないな、ローラちゃん。ロニアのやつ、カレンがいないとホントにだらしないんだ」


「礼には及びません、お義母様。当主として、血縁者の体たらくを咎めるのは当然のことです」


 言って、ローラがロニアのネクタイをきつく締めあげる。

 今までの怨みかと言わんばかりに、喉が圧迫された。

 ロニアが「ぐえ」という声を上げ、ローラがしたり顔を見せる。

 

 ロンド家ともあれば、多少の手続きは優先される。

 そのため、ロニア達は別室で待機していた。

 

 一般住民の受付とは違い、木製の丸机にふかふかのソファが置かれてある。

 壁には、氷属性のエーテルで満ちた箱が置かれてある。


 喉が渇いたロニア。その箱を開くと、中にあったのは深紅の酒瓶だった。

 これは飲めないと肩を落としながら、ロニアはソファに飛び乗る。

 ロニアの体重で、羽毛のようなソファが深く沈んだ。


 そして、同じく隣で腰かけたセスに、頭を預けた。

 セスは軽く笑いながら、左腕でロニアを抱き寄せる。

 優しく頭を撫でると、ロニアは目を細めた。


 ローラはソファには座らず、本棚に陳列されてあった本を手にとった。

 やけに分厚く、まるで歴史書のようだとロニアは思った。

 気に入らなかったのか、しかしローラはそれを本棚に戻す。


 ローラは窓に手を触れ、晴れやかな雪景色と、鮮やかな街並みを眺めている。


「お待ちのローラ様、どうぞ」


 無機質な、受付嬢の声が響いた。

 ローラが一息ついて、ロニアの首根っこを掴んで窓口へと向かう。

 その様子に、セスは苦笑しながら追従した。


 窓口に座っていたのは、いかにも役人といった出で立ちの中年男性だった。

 彼は、並んでいる三人の姿――特に、白髪赤目の少年とそれに瓜二つの少女を見て、手元の書類から目を上げた。


「ロンド家の皆様、ようこそお越しくださいました。本日は、現当主ローラ・ロンドさまの襲名確認と、お兄さまの戸籍の()()でよろしいですか?」


「はい。それで構いません。この愚兄が、長い間行方不明ですから」

 

 ローラが、水晶の身分証明書を窓口に叩きつける。

 肩越しにロニアたちを睨みつけると、彼らも続いて身分証を提出した。


「なるほど。そちらの方は、ロニア様のご母堂でいらっしゃいましたか」


「ええ。クリスタリアにて、養子縁組の手続きは済ませてあります。そちらの情報にも残っているはずです」


 セスが首肯し、ロニアの学生証と共に窓口の男へと渡した。

 男が手に取ると、眉間に皺を寄せながらこめかみをペンで掻く。

 口髭が持ち上がったのを見るに、ロニアは、自分が面倒なものを持ち込んだのだと察した。


 男が魔道具を取り出し、青の魔方陣が証明書を一斉に包み込む。

 ピピッという小気味のいい音が鳴り、役員は溜息をついてその場を立ち上がる。


「……少々お待ちください。情報の照合をしてまいります」


「早めに頼みますよ」


 隣に立つローラが、眉間に皺を寄せていたのをロニアは見た。

 ロニアの心臓は、なんだか妙なものを感じたのか、早鐘を打っている。

 ローラの眉間に皺が寄っているのはいつものことだが、セスも顔を顰めていた。

 

 ロニアが緑魔法で魔力の流れを調べようとしたが、ローラに咎められる。

 はやる気持ちが先走りすぎたのだ。


「はぁ。何事も上手くいきませんか。全く困ったものです」


「なにか、マズイのかな」


「恐らくな。イザラム学院長に任せっきりだったのが仇になったか? 一応下調べはいろいろしてあったんだが……」


 セスが、顎に手を当てて唸る。


「まあ、とにかく待ってみましょう。変に動いては面倒なことになりますから」


「そうだね。でも、ちょっと心配だなあ」


 ロニアのボヤキに、そこは我慢するしかないなと笑うセス。


 しばらくして、役員が怪訝そうな表情で戻ってきた。

 右手には、何やら古びた書類が握られている。

 深々とロニアの目の前で座り込み、深く息を吐いた。


「何か、わかったんですね……」


 ローラは何かを察したのか、右肘を机につき、額に手を置いた。

 

 ロニアも姿勢を正し、二人の背後で立っているセスも椅子の背もたれを支えに腰を曲げて覗き込む。

 そこに書かれてあったのは、死亡届だった。

 しかも、死亡したのはロニアだと書かれている。


「大変申し上げにくいのですが……。ロニア様はすでに死亡届が受理されておりまして、籍が抹消されている状態です」


 ローラは深く息を吐き、机を指先で乱雑に叩く。


「……誰が提出したんです。そんな書類」


「それが、この提出者も行方が分かっておらず……」


「そんなことはどうでもいいんです。どこの誰が、こんなバカげたもんを提出したんですか。さっさと答えなさい」


 ギリリと牙を噛み締めるローラは、サタンの片鱗を覗かせていた。

 その証拠に、ドレスから尻尾が伸びている。


「――ローレンス・ロンド。先代当主であり、お二人の御父上です」


 かつて、ロムレスが語った。

 ロニアたちの父、ローレンス・ロンドは、器の生き写したる赤子が生まれてから失踪したと。

 それも、生れたばかりの子供たちを連れて。


「ローレンス・ロンド……。いったい、何のつもりだ?」


 セスが、低く言い放つ。


 ロニアは、ただ瞳を大きく見開くしかなかった。

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