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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第九十九話 白刃】

 わずかに開かれた口部から、なだらかな吐息が漏れる。

 カレンの瞳が映すボヤけた景色には、黒いエーテルを纏うベレトの姿があった。

 右脚を滑らせて、腰を引く。


 鼓動と共に、魔力が杖に流れていく。

 全身に力を漲らせると、口内に鉄の味が広がる。

 ふと、ベヘモットと相対したことを思い出す。

 あの時も、カレンは満身創痍で戦っていた。


 握られた白銀の杖は、もはや自身の一部であるかのようだ。

 構成する物質のひとつずつを手先で操るように、潮流の流れを掴む。


 炎の鏑矢が、ビュウビュウと風を焼いている。

 熱風にあおられ、カレンの三つ編みは踊るように揺れた。

 じんわりと生肌に汗を滲ませる。

 

 彼女の瞳の輝きは失われていない。

 それどころか、次第に輝度は増している。

 

 炎の矢。ベレトが飛び掛かる。


「ピカピカ光ってるだけじゃねぇか!」


 しかし、降り注ぐベレトという名の矢が、カレンの目にはひどく鈍重に映った。

 風景はボヤけたままだが、瞼の裏に焼き付いたようなエーテルと魔力の動きがあった。


 見える。魔力の輪郭が。

 わかる。次の行動が。

 避ける。焔が突き刺さる寸前に。


 体中に漲るこの力には、覚えがあった。

 アスモディウスとの闘いの際、ロニアと魔力を共有したのだ。

 つまり、彼の――天使の残滓が肉体に残っているということ。


 だからだろうか。ベヘモットの時にも白魔法を使えたのは。

 

 カレンが振り向きざまに杖先を向ける。

 

「赤魔法:【雲覆い、雹降らせ、氷河の群れ(グレイシア)】!」


 赤の魔方陣が展開され、閨のじんわりとした熱気とは対照的な冷風が満ちた。

 炎は氷を融かしてしまうのなら、炎をも凍らせてしまえばいい。

 巨大な氷柱が、魔方陣から顔を覗かせた。


「次から次へと小細工ばっかり。いい加減にしろよ」


「……ねえ。さっきからずっと思ってたんだけど」


 カレンは、あることに気が付いた。

 アスモディウスと戦ったことがある彼女だからこそ知っていること。


「アスモディウスの力を纏っているのに、使っているのは自分の力ばかりなんだ」


 皮肉気に、カレンが唇の端を吊り上げた。

 瞳を大きく見開かせ、眉を下げてベレトを嘲る。


「概念だかなんとか言ってたけど、結局は自分の事しかわかってないみたいだね!」


「んなっ……! テメェ!」


 ベレトは一瞬、固まった。

 震えた瞳孔で辺りを見回す。

 この閨は、アスモディウスの空間。


 ただ、それだけだ。

 広げただけでは、勝負以前の話である。


 ベレトが姿勢を落とす。

 木目にヒールを抉りこませ、木片を散らし突進。


 カレンは再び回避した。余計な動作はいらなかった。

 ベレトの動線が、強烈な赤い線としてカレンの瞼に焼き付く。

 それからわずかに逸れるだけで、ベレトの突進は頬を掠めた。


「頭、冷やしたらどう?」


 カレンが、杖を天に掲げる。

 急激な冷気との温度差で、カレンの頭に鈍痛が走る。

 カレンは表情を歪めながらも、杖を振り下ろした。


 街ひとつ覆うほどの氷柱が、ペキペキという音を立てながら射出された。


「上等だ、やってやらァ!」


 腰を限界まで低く下げたベレトが、床に手を突いた。

 その様は、まるで走り出す前の猫。

 けれど、ベレトの炎は強力だが単調だった。


 高速で駆け抜ける。ただそれだけ。


 なら、動き回れないようにすればいいだけだ。


 ベレトが、炎雷となって氷柱に飛ぶ。

 炎像が氷柱に反射し、橙色の光が閨を照らした。

 氷柱とベレトがぶつかる瞬間、衝撃波が広がる。


 それは冷気を多分に孕んでおり、今にもカレンに襲い掛かろうとしていた触手の塊をのけぞらせた。

 咄嗟に発動した緑魔法:鋼鉄(インデュレイト)により防御。

 動き出そうとする触手だが、次第に動きが鈍くなり、やがて凍結していった。


 これなら、マチィナやアマクサも戦いやすくなる。

 カレンは、もう一度ベレトの方へと目を向けた。

 炎の蛾は、勢いを弱めている。


「どうしたの? 復讐を果たすんじゃなかったの!?」


 身を翻して着地したベレトに向けて、カレンは叫んだ。

 黒い魔力は狭まっている。


 同時に、カレンはふと右肩に激痛を覚えた。


 (ロニアくん……)


 彼も、きっと戦っている。

 これは、彼の受けた傷だろうか。

 腹部の火傷跡が疼く。


「ああ、果たしてやるよ。もう、このカラダも必要ねえ」


 ベレトが、炎の翅をはためかせて着地する。

 パリンという音は、マチィナたちが触手を砕いている音だろう。

 氷塊がカレンの眼前を通りすぎる。


 一瞬。カレンは背筋を凍らせた。

 氷塊に映っていたのだ。

 ボヤけた視界にではなく、脳に直接焼き付けるように。


 睨むような眼球だけが浮遊し、それを覆う巨大な翼。

 それはもはや人知を超えていた。

 生き物として有り得ぬ姿だ。


 身体が、熱を帯び始めた。

 閨には今、カレンの放った氷結魔法による冷気に満ちていたというのに。


 玉のような汗が滲む。


 人型だったベレトは、カレンが瞬いた刹那――氷塊に映っていた姿に変化した。

 

「全部、ぜんぶ。焼き尽くしてやる。アスモの分まで、なにもかもを」


 翼が眼球を覆い、空気が収縮する。

 キリキリと翼を擦り合わせるノイズが、ベレトの声帯を形成していた。

 金属のような耳鳴りの音がカレンの鼓膜を貫き、橋が狭まった。


「ああ、あいつらは邪魔だな。消えてもらうか」


 眼球が、ぎょろりとマチィナたちを睨んだ。


「……でも確か、アスモの娘ちゃんだったよなあ、あの子は。じゃあ、ちょっと優しくしてやんねぇとな」


「マチィナのこと? あの子は、アスモディウスの娘なんかじゃない! サラっていう女の人の娘なの!」


 マチィナは、アスモディウスの遺伝子を持つホムンクルスだ。

 けれどそれ以前に、シトリウス家三女。だからこそ、アスモディウスの娘などではない。


 青魔方陣を展開。ロニアのものからヒントを得た、カレン独自の防護魔法。

 ハニカム構造の魔力結晶がカレンを包んだ。


 ぐん、ぐんと、黒い外壁が近づいてくる。

 彼岸花の生えていた川のほとりも、黒壁に飲まれていく。

 触手は粉微塵に落ちていった。


 崩壊する世界の境界線上から、マチィナとアマクサは元の世界へと。


「安心しろよ。オレが殺したいのは……テメエだけだからよぉ」


 瞳孔が再び、カレンを睨みつける。

 炎の柱が、カレンの頭上から流星のように降り注ぐ。


 回避を試みるも、その速さに追いつくことはかなわない。

 防護魔法による防御も、もってあと数秒と言ったところ。

 ピシリとヒビが走る。


 「さあ、燃えて死ね」


 ベレトが、最後の審判の如く告げた時。

 閉じかけている黒壁に、光の筋が走った。

 それは、炎の流星を搔い潜り、なんとカレンの防護壁をすり抜けた。


 しかし、カレンはそれを見て微笑む。


「ソレイユ、来てくれたんだね」


「ミャ」


 欠伸交じりに答える白猫、ソレイユ。

 カレンの肩に飛び乗り、頬を摺り寄せる。

 カレンが、空いた左手でソレイユを撫でると彼は喉を鳴らした。


 「あ? ンだソイツは」


 「ミャ~?」


 ソレイユが睨みつけるように、ベレトを睨みつけていた。

 すると、ソレイユはカレンの杖を渡り、跳んだ。

 光の粒子がソレイユを包み込む。


 その白い猫は霧散しカレンの杖に流れ込む。


「え、ソレイユ!?」


 カレンが、浮遊する光の微粒子を見渡した。


 カレンが握る白銀の杖が、じんわりと熱を帯びる。

 杖の輪郭が白く染まっていた。

 そして、杖先の球体が回転を始める。


 遠心力で腕が捻じれそうだ。

 けれど、カレンは再び視線をベレトに注ぐ。


「なにがなんだかわからないけど、今ならやれそう!」


 カレンの瞳が、白く染まっていく。

 球体の回転はやがて空を切るような駆動音を上げ、白い刃を浮かばせる。

 白銀の、蒼魔石が埋め込まれた杖先に、弧を描くように。


 カレンは姿勢を落とす。

 杖を。いや、鎌を。

 両手で握り、走り出した。

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