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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第九十八話 エロティック・アヴェンジ】

 閨の最奥で足を組むベレトの褐色の生脚が、アスモディウスの装束からチラリと覗いた。

 かつて相対したときのような色気は、しかしなかった。

 ベレトから漂うのは、甘い香りに混じった溢れんばかりの殺意。

 骨髄すらも焼き尽くすような熱。


「オレは、アスモんときみたいにいかない」


 扇で口元を隠すベレト。細められた瞳にはアスモディウスほど、雅さはない。

 

 カレンの両隣で、アマクサとマチィナが構える。

 互いに睨み合いが続き、自身の鼓動の音が喧しく感じてきたころ。

 最初に、アマクサが動いた。


 木橋の木目を抉るように足場を蹴り上げ、風の如くベレトの前へと跳ぶ。

 いちど、納刀した。かちんという鍔の金属音。

 アマクサの刀剣――刃天煉の鞘が、銀色に輝く。


 だが、カレンはこの空間をよく知っていた。

 敵はベレトだけではない。

 

 欄干の外。蜜の流れる川に咲いた彼岸花。

 捻じれた血管のような花びらから、触手がねちゃりと粘液の糸を引きながら起き上がるのをカレンは見た。

 やはり、ひとつだけではない。


「うわあ! あれ、なんなのです!?」


「マチィナ、アマクサさん、気を付けて!」


「ぬぅっ!?」


 荒れ狂う雨のように、頭上から襲い掛かる触手たち。

 カレンとマチィナは、馳せ違うように走り回る。

 アマクサは、触手による攻撃を刀で受けた。

 

 触手が地面へ落下するたびに、木材をへし折る。

 

 散らばった木片が、カレンの頬を掠めた。

 チリチリとしたくすぐったさの次に、頬の傷は熱を帯び始める。

 そして、生暖かい感覚が伝った。


 互いの隙を潰すように、まるで意思を持った触手が降りかかる。


「ダメ、これじゃあ全然隙がない……!」


 カレンが、奥歯を噛み締めるように言った。


「まどろっこしいのです!」


 マチィナが転がりながら、杖のレバーを引く。

 蒸気が噴き出し、杭が引っ込んだ。

 ギンッ、という力強い金属音と共に、刃が現れる。


「え~い!」


 マチィナの足元に襲い掛かる触手。

 しかし、彼女はそれすらも踏みしめて跳躍する。

 空中で腰を引き、空を斬る音と共に剣杖を振った。


「助太刀いたす!」


 視界の端で、アマクサが刃天煉を抜いた。

 引き金を力強く押し込む音が聞こえる。

 すると、マチィナの足元に銀色の斬撃が、無数に浮かび上がった。


 手ごたえアリ。

 カレンは、そう思っていた。

 けれど、カレンはサファイアブルーの瞳を大きく見開いた。


 かつてロニアが切り裂いてみせたように、触手は緑の血液を巻き散らすはずだったのだ。

 マチィナとアマクサの斬撃は、触手になにひとつ損傷を与えていなかった。


「ハッ。無駄だって言ったろ。オレは、アスモがどうして敗れたかを死ぬほど考えたんだ。アイツの『概念』、この空間の『理』を一番理解してるのは、世界でただ一人、オレなんだよ」


 扇を畳み、カレンを真っ直ぐに睨みつけるベレト。


「なあ、本当にアスモを殺す必要はあったのか? 確かに、ニンゲンにとっちゃ、アイツは害そのものだ」


「……急になに?」


「色欲の大罪。オマエたちニンゲンを狂わせる、最悪の悪魔のひとり。でも、オレのかけがえのない友達だったんだ」


「死んだ後に肉体を弄ばれ、尊厳を奪われた人たちがいる。マチィナのお母さんも、その一人だった。自分の大切な人が、化け物の苗床にされた姿を見て、あなたは同じことが言えるの!?」


 白銀の杖を構えながら、カレンもベレトを睨めあげる。

 杖先からカレンの魔力が漏れ出し、赤い火花をバチバチと散らせる。


「死人に口なしって言うだろ?」


「なっ……!」


 何でもないように言い切るベレト。

 他者の尊厳など塵芥にすぎないような、悪魔の倫理。

 

 カレンは、口をあんぐりと開き、目元を痙攣させた。


「死ねばそれまで。誰に何をされようと、口出しできやしねぇよ。しょせん、魂が消えただけのゴミだ」


 カレンは、その瞳に不退転の決意を宿した。

 それは炎よりも熱く、氷河よりも冷たい。


「……わかった。あなたは、吐き気のするただの悪魔だ。すぐに、アスモディウスのところへ送ってやる!」


「上等だ、やってみろよクソアマ!」


 噴き上がるベレトの炎。

 迸るカレンの白雷。

 それらがぶつかり合い、空間が歪む。


「カレン! 触手は私たちにお任せくださいなのです!」


「できる限り足止めはしよう。危なくなれば拙者を、呼ぶといいッ!」


 絡み合い、塔のように聳える触手に、マチィナとアマクサは立ち向かった。

 防衛機構のような攻撃を搔い潜り、一層ずつ崩していく。


 弾力のせいか、一切の傷がない触手。

 けれど、こうして動きを抑えることならできる。

 敵は、彼岸花のうねる触手ではない。


 目の前の堕天使、ベレトだ。


 青い魔方陣が、カレンの杖から広がる。

 五つ。魔方陣は幾重にも重ねられた。

 

 ベレトが、スリットから覗く自身の脚に手を伸ばす。

 そこにあったのは、太ももに巻かれたベルトに収納された投げナイフだった。

 

「させねぇよ!」


 「遅い! 【青魔法:歪曲せよ(ディストーション)】!」


 小鳥が撃ち落されるように、ナイフたちがカランと足元に落ちる。

 それを合図に、カレンは後退。

 ベレト。カレンの背後に回り、右脚を天に挙げる。

 踵落とし。カレン、杖で受ける。


「うっ……ぐうう!」


 ベレトの体重が乗った一撃。

 衝撃が、杖越しにカレンの両腕で電撃のように走る。

 

 ベレトの炎は、まるで生きているようだった。

 振り下ろされた右脚から、アリが集るように杖へと炎が広がる。

 やがて、それはカレンの右手まで迫ってくる。


「まだ終わりじゃねぇぞォ!」


 杖を支えに、ベレトが再び飛び上がる。

 この閨で蠢く触手たちを使い、空間を飛び回る。

 まさに、神速。


 流星のようなベレト。

 燃え盛る拳が降りかかる。

 カレン――対応できなかった。


「ごふっ……!」


 腹部にめりこむ一撃。

 瞳孔は細まり、唾液が口部から零れる。

 衝撃が、カレンの肉体を仰け反らせた。


 ジュウッ……。

 自身の肉が焼ける、鼻腔を突き刺すような臭いだ。

 ベレトの拳は、炎を纏っていた。


「アスモの苦しみは、この程度じゃねぇぞ」


「……私が、こんなので根を上げるとでも……思った?」


「はあ?」


 カレンは、すかさず緑魔法:(アイス)で患部に氷塊を生み出した。

 荒療治ではあったものの、何もしないよりかはマシだ。


「偉そうに啖呵切ってる割には、ふらふらじゃねぇか」


「そうかもね。でも、次は私の番だよ」


 ベレトの拳は、まだカレンの腹部にある。

 カレンは、ベレトの腕を両手で掴んだ。


 そして跳躍し、両足でベレトの頭を挟み込む。

 体位は逆転し、むしろカレンがベレトを抑え込んでいた。

 ベレトの腰にはカレンの腕が回され、一切の動きを封じられている。


「テメェ! 清楚そうな見た目にこんな技は似合わねぇぞ!」

 

「もしもの為に、先生と練習していたの。至近距離では、魔法よりも肉体だってね!」


 ロニアの知らないところで、セスと特訓の日々を過ごしていたカレン。

 苦労が実を結び、カレンは魔法がなくとも多少は戦えるようになった。

 だが、この技は魔法の()()()()において効果があるのだ。


 肉体強化の魔法においては、元の木阿弥である。


「チィ! 敵じゃなかったら同意だったのがムカつくな!」


 ベレトの炎が、全身に纏われた。

 皮膚組織を焼き尽くすような熱が、カレンの肌を襲う。

 カレンの四肢は、彼女自身の意思に反して、ベレトの拘束を解いてしまった。


「だが、アスモのためにテメェを焼く。地獄の底で、アスモに詫びるんだな!」


「勝手に地獄送りにしないで!」


 ベレトが、空間を再び駆け回る。

 全身に渡った炎のせいか、速度はより増している。

 マチィナに襲い掛かり、彼女は撃ち落された。


 アマクサが攻撃の手を止め、マチィナを受け止める。

 炎の鏑矢。ゴウゴウと鳴り響く。

 もう、目に追えない。

 

 なら、むしろ。

 カレンはそう考え、眼鏡を外した。

 畳み、懐に仕舞い込む。


「なんだなんだぁ!? 気でも狂ったか!?」


「うるさい! 今集中しているの」


 目を閉じ、聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませる。

 粘つくような甘ったるい蜜のにおい。

 マチィナたちが触手を斬り付ける水音と、ベレトが跳び回る鈍い音。


 肉体から、魔力が流れ出る感覚がする。

 心臓上部の臓器、鍛臓から、両腕に。

 両腕から、カレンの握りしめる杖に。


 カレンが瞼を上げる。

 サファイアブルーの瞳が、蒼く輝いていた。

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