ep.14『噴乳』⑦
「……」
キルデイルの言葉の意味は、わかりかねる。
一つの大きな戦いに勝利してもなお、ヴォルガーの心は晴れてはいなかった。
しかし、そんなことに意識を囚われている場合ではない。
ヴォルガーは振り返り、見つめる。
キルデイルの流星群によって生まれた、床一面に氷柱が生えたかのような光景を。
この一面の結晶の下に、ラピアは倒れている。
しかし……生きている。
明確な根拠があっての考えではなかった。
ラピアの生命反応は、ヴォルガーにも感じ取ることができない。
だがそれは、死んでいるのではなく……ラピアが今、死の淵に小指だけで引っかかっているような瀕死状態にあり、ヴォルガーが精も根も尽き果てる戦いを終えたばかりだから、探知が不可能なだけなのだ。
――これは最早、推測を通り越して願い、祈りであった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!」
ヴォルガーはラピアを救出すべく、結晶を砕く。
自らの拳が深く傷つくことを厭わず、記憶を頼りにラピアの立っていた位置を探る。
そして、山となった結晶を砕いた先に、ラピアを見つけた。
しかしその身体は、大量の氷柱のような結晶に深く刺され、覆われていた。
「ラピアさんッッ!!!」
その身体を持ち上げても、まだ生命反応は感じ取ることができない。
ヴォルガーは身体に突き刺さった結晶を薙払い、そこで気がついた。
この結晶は、突き刺さっているというよりも、生えている。
身体に深く根を張り蝕む、あまりにも殺意の高い攻撃であることを。
「クソッッ!!」
ヴォルガーはラピアの身体を床に安置すると、胸に根を張る結晶を引っこ抜いた。
通常、身体に深く刺さった異物は安易に抜かない方がいい……それはヴォルガーもわかっていたが、次の処置にはどうしても抜根が必要だった。
結晶の『根』には血液が付着していたが、しかし、その穴から漏れ出す血液の勢いがあまりにも鈍い。
明らかに、心臓が動いていない証拠であった。
ヴォルガーは結晶が根を張っていたラピアの胸の部分、その服を思い切って破くと、袋から取り出した薬『不死鳥の涙』を一瓶あるだけ塗りつけて鳩尾を掌で押す、心臓マッサージを施した。
回復魔法が使えない以上、ヴォルガーには他の治療などできはしなかった。
「頼む……!! 頼む……!!」
狼狽えながら心臓に力を加えていくと……傷口からじわっ、と血液が溢れ始めた。
その溢れた血液とともに、ヴォルガーが引っこ抜いてもなお身体に残っていた結晶の根が、体外に排出されていく。
「げほっ」
と咳込むか細い声は、紛れもなくラピアのものであった。
「ラピアさん!! あぁ……よかった……!!」
「ヴォ、ヴォルガーくん……ありがとうございます……あとは、自分で……」
息も絶え絶えにそう訴えるラピアは、未だ結晶に包まれたままだった。
***
息を吹き返したラピアは、自力で身体に根を張った結晶を排除した。
ラピアが体内の魔力をコントロールすれば、結晶の根はポロポロと身体から落ちていった。
そして自らの治療を終えたラピアは身体をぐーっと伸ばすと、いつも通りの明るい笑顔で言う。
「いやぁ……一時はどうなることかと思いましたが、無事に勝ててよかったです」
つい先程まで瀕死だったとは思えないほど穏やかな声色だが、身にまとう修道服は結晶に貫かれた跡で穴だらけ、血だらけで見るも無惨な様相であった。
ラピアはその服……特に、胸の部分に空いた大きな穴に気づいて、両手でそれをサっと隠した。
「……えっち」
ヴォルガーは、力が抜けたようにハァ~と大きな溜め息をつく。
「心臓の付近に不死鳥の涙を塗り込むだめだ。ラピアさんならわかるだろう」
「ふふっ、そういうことにしておいてあげます」
そう言いながらラピアは袋から代えの修道服を取り出す。
「……今から着替えますけど、ヴォルガーくん、見たらダメですよ?」
「どうして見たがっていることを前提にするんだ……」
呆れながらも、ヴォルガーは激しい戦いを終えて自らの服もボロボロであると認識する。
「……せっかくだ、俺も着替えるか」
「ええ、それがいいですよ!!」
ヴォルガーも袋から着替えを取り出し、まずは黒いタンクトップを脱ぎ捨てた。
そしてズボンも取り替えようと手をかけたとき……ラピアから注がれる熱い視線に気がついた。
「自分は『見たらダメ』と言っておきながらなんだその熱視線は!!!」
「いいじゃないですか!!!」
「よくはない!!! 恥ずかしくはないが危険を感じる!!!」
***
なんやかんやで着替え終わって、ヴォルガーのダメージもざっくりと回復して、二人は石畳に腰を下ろしてポーションを空けた。
飲み干すと、失われた魔力・体力が身体の中を巡るのを感じる。
「あ~、生き返ります……」
「はは、今日の戦いの後では洒落にならないな」
七沌将の一体、キルデイル。
本来、二人だけでは戦力的に不十分な相手だ。
メンバーを集め、準備を整えてから挑むはずが、敵の策により急遽二人だけで戦うことになった。
そして納めた勝利は、一歩間違えればラピアが命を失っていたほどギリギリで掴んだものだ。
この戦いを思い返し、ヴォルガーは改めて思う。
「キルデイルが最初に使った、身体を『変質』させる戦法……あれを二人だけで攻略できたのは奇跡だった」
そして、より深く思い返す。
あの戦法を攻略できたのは、ラピアが予想外の、普段は発揮できないほどの力を発揮してキルデイルの『変質』を魔力で封じ込めたからに他ならない。
「ラピアさんの妨害が通らなければどうなっていたことか……まったく、頭が上がらない」
「ふふふ、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
より、深堀して思い返す。
そもそも、ラピアがあれだけの爆発的な魔力を発揮できたのは何故か?
あの妨害の前に、一体何が起こったのか?
(そうそう……キルデイルに摘まれた俺の乳首から母乳が噴き出したんだったな)
……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!????????????」
「うわぁ!! 急にどうしたんですか大きな声を出して!!」
「ぼっ、母乳!!? 俺の乳首から、乳首から母乳が噴き出してっっ!!! あれはなんなんだ病気じゃないのか!!??」
「おっ、落ち着いてください!! 大丈夫です!! 大丈夫ですから!!!」
「一体どうして断言できるんだ!!!」
「私が改造したからです!!!」
「……えっ?」
言葉を失ったヴォルガーに、ラピアはニコニコと語り続ける。
「前々から治療にかこつけて少しずつ、ヴォルガーくんの乳腺を開発していたんです!! 母乳……いえ、父乳を出せるように!!! 乳首にかけられたキルデイルの催眠術を解く時、ついでに開発を進めたことで完成まであと一歩……というところだったんですが……。キルデイルに膨大な魔力を流し込まれたショックで噴乳してしまったようですね……。せっかくの一番搾りを……本当に……許せません!!!」
ラピアが語り終えてもなお、ヴォルガーの脳は情報を処理しきれないでいた。
あるいは、防衛本能が処理を拒否したのかも知れない。
しかし、完全に処理を止めることは能わず、ワンテンポ遅れて事情を理解したヴォルガーは……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
悲痛な叫び声をあげて走り出した!!!




