ep.14『噴乳』⑤
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!」
ヴォルガーによる目にも止まらぬ拳の連撃を、キルデイルは全て障壁と掌の二段構えで受け止める。
そして、その度にぶつかり合う二人の威力は光とともに炸裂した。
高速で繰り広げられる互角の応酬は僅か数秒の間に数え切れないほど繰り返され、まるで永劫に続くかのようにも思えた。
しかし、唐突に、
パァァンッッ!!!
という空を叩く音とともに、一陣の風が吹いた。
キルデイルの目にはハッキリと見えた。風に乗って空間に広がる、光の粒子が。
そして、粒子が見えた次の瞬間、猛り狂う拳がキルデイルの土手っ腹を捉えた。
「ぐぁ……ッッ!!!」
キルデイルの防御は、突然ヴォルガーの拳に追いつけなくなった。
浴びせられる拳は一撃で留まらず、キルデイルが吹っ飛ぶ一瞬の間に何連も続けて叩き込まれた。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッ!!!!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!」
全身を駆けめぐる凄まじい威力に、再び吹き飛ばされるキルデイル。
しかし、幾度もヴォルガーの拳を浴びて、ただ吹き飛ばされるままでは魔王軍の幹部は務まらない。
壁に叩きつけられることもなく、踏みとどまった。
主導権をヴォルガーに渡さぬために、無理矢理姿勢を制御し、両足のみならず両手をも床に突き立て、えぐり、急ブレーキをかけた。
叡智を極めた魔術師には似つかわしくない、野犬のような決死の戦いぶりであった。
「アスクラピア・パイエルオン……この戦法も見破ったか……!!」
「……先程、身体が弾け飛んだ時にまき散らしていたんでしょう。この空間に、貴方の魔力を」
キルデイルは、自らの感覚を拡張することによってヴォルガーの動きを読んでいた。
魔力の撒かれたこの空間全てが、キルデイルの視覚であり、聴覚であり、触覚となっていた。
しかし、先刻ラピアが蔦で空を切ったその時、蔦から通じて放出された魔力がキルデイルの魔力を相殺し、感覚の拡張を狂わせた。
もうキルデイルは、ヴォルガーの攻撃を読み切ることはできない。
(やはり、あのヒーラー……アスクラピア・パイエルオンこそ先に始末するべきだった……。だったが、しかし……ヴォルガー・フィルヴォルグの殺気がそれを阻む……!!)
次なる戦略を組み立てる隙もなく、ヴォルガーの追撃はキルデイルに襲いかかる。
「らぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」
音を追い越すスピードで迫るヴォルガーの拳を、キルデイルは避けようとはしなかった。受け止めようともしなかった。
無論、倒されるつもりもない。
ヴォルガーの拳がキルデイルの頬を叩いたその瞬間……キルデイルの掌底もまた、ヴォルガーの頬を打っていた。
「ぐ……ぅッッッ!!!」
「がぁ……ッッッ!!!」
体格ではヴォルガーが勝る以上、本来この二人でのクロスカウンターは成立しない。
ヴォルガーの腕が伸びきった距離で、キルデイルの腕は届かない。
しかし、キルデイルの掌底は確かにヴォルガーの顔面に届いていた。
端から見れば、キルデイルの掌は……腕から外れて、ヴォルガーの顔面めがけて飛んでいるようであった。
だがこれは、物理的に外されたものではない。
キルデイルは空間移動の穴――ポータルを作りだし、そこに自らの掌を通してヴォルガーの顔面までワープさせていた。
この攻撃は、ただリーチを縮めるだけのものではない。
キルデイルの狙いを極めて正確にするものだ。
スピードで勝るヴォルガーといえど、この至近距離でキルデイルほどの魔術師に空間魔法を使われては回避の余裕などありはしない。
そしてこの攻撃は、確実にヴォルガーの拳の威力と相殺された。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッッ!!!!」
魔術師であることを忘れさせるような猛々しい雄叫びをあげ、ポータル越しの掌底をヴォルガーに浴びせかけるキルデイル。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッ!!!!」
肉を穿ち骨をえぐるような拳を果敢に叩き込むヴォルガー。
お互いに尋常ではないダメージを蓄積しながらの撃ち合いは、互角のまま延々と続くように見えるかもしれない。
しかし、キルデイルは自覚していた。
(ヴォルガー・フィルヴォルグにはまだ……アスクラピア・パイエルオンによる回復という余力があるッッ!!!)
ヒーラーであるラピアが、このけたたましいぶつかり合いに割って入ってヴォルガーを回復させることは難しい。
しかしもし、このままぶつかり合いが続いてお互いに体力が低下し、勢いが殺がれたのであれば、その時がくればラピアは容易にヴォルガーを治療するであろう。
そして、万全の状態になったヴォルガーと満身創痍のキルデイルであれば、結果は火を見るより明らかだ。
その時が来るより前に、キルデイルは次の手を打つことに決めた。
これを外せばどうなるか……それを覚悟のうえで決心した。




