ep.final『胎動』⑧
「な……ッッ!!!」
強靱な戦斧がガラスのように砕け、飛び散る。
アゥリマにとって大きすぎる衝撃だが、ギデオンにとっても無事では済まない状況だ。
戦斧に溜め込まれた魔力により発生した衝撃波は、必然的にギデオンに襲いかかる。
「ぐ……ッッ!!!」
顔を、体を、貫くような衝撃。
それでもギデオンはほくそ笑んだ。
戦斧の破砕は作戦通りに成った。
「そうか……!! 先の魔導師の攻撃は……!!」
アゥリマも理解した。
リアの放った光の矢、その意図を。
いかに魔王の選んだ最高の戦斧といえど、本質は金属だ。ギデオンの扱う霊剣のような神器とは訳が違う……という事実を、リアはヴォルガー達が来るまでの攻防で見抜いた。
金属の耐久性を落とすデバフは通じるのだ。
もっとも、尋常の者が同じ戦い方をしたところで同じように破砕するのは間違いなく不可能だが――リアとギデオンが負傷を厭わずに莫大な魔力を注ぎ込み、戦斧を上回る霊剣を使いこなせば理屈の通りの結果を導くことが可能であった。
「まずは矛を砕いたッ!! 次は盾をいただく!!」
「減らず口を!!!」
徒手空拳となったアゥリマはその拳でギデオンに殴りかかる。
雨霰のように襲いかかる拳を、ギデオンは霊剣で受け止める。
「くっ……!!」
ギデオンはなんとか拳を捌くが、捌くので精一杯であった。
この押収を続ければいずれ打撃を受ける……そう判断したギデオンは叫んだ。
「ヴォルガーッッ!!」
そう叫びながら、勇者は瞬時に大きく後退する。
魔王の拳が空振る、その刹那、
「らぁぁぁッッッ!!」
懐に潜り込んだヴォルガーが、魔王の顎を拳で突き上げた。
「ぐ……っっ!!!」
魔王の頭はバリアーで護られるが、しかし地響きのように伝わる衝撃は確かに魔王の動きを止めた。
「ハァァッッ!!!」
そして衝撃の走る隙に、ギデオンは霊剣で魔王の腹を突いた。
魔王を包む鎧に、魔力の波紋が走る。
バリアーの揺らぎだ。
もしも素人がこの戦いを観戦していれば、バリアーが揺らぐほどのダメージを通せたなら破壊も近いのでは……と誤解するかもしれない。
実情をいえばこのバリアーは、攻撃を受けていない間は展開されず魔力も消耗されないため、多少揺らぐことがあっても決定打にはなり得ない。
あまりにも的確に攻撃を受け止めるこのバリアーを、常に魔力を消耗しながら機能し自動で展開する防具だと思い込んだ者は数知れない。
しかしその実態は、魔王アゥリマ自身が相手の攻撃を察知して任意に展開する防御魔法だ。
目に見えるほどの揺らぎを発生させる霊剣の威力は間違いなく評価に値するが、バリアーはまだまだ的確にその役割を果たしている。
「効かぬッッ!!」
握りしめたアゥリマの拳が光り輝く。
そしてアゥリマは拳を振るい、ギデオンとヴォルガーを薙払う。
「ぐっっっ!!」
吹っ飛ばしたヴォルガーに襲いかかるアゥリマ。
ヴォルガーはすぐさま体勢を立て直し、アゥリマを迎え撃つ。
繰り出されるアゥリマの拳に、ヴォルガーは拳を浴びせかけた。
そして両者の拳は、何度もぶつかり合う。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!」
雄叫びを上げるヴォルガーの拳は、アゥリマのラッシュに追いついていた。
ヴォルガーの身体能力は魔王にすら対応できるとまさに証明された。
しかし、ヴォルガーとアゥリマには決定的な違いがある。
アゥリマは決して格闘家ではない。
アゥリマにとって、格闘は数多の手段の一つに過ぎない。
魔法を使いこなすアゥリマの拳は、光り輝いている。
魔法と格闘の複合技。
殴り合いながら、ヴォルガーの拳は確実にダメージを受けていた。
「ふはははははは!!! 我の攻撃についてこれたことは褒めてやろう!!! だが……全く足りぬわッッッ!!!」
ダメージを受けたヴォルガーの拳は必然的に遅くなる。
そしてとうとうアゥリマに遅れ、ヴォルガーは受けきれず直撃を食らう……その瞬間だった。
ヴォルガーの体が、突然アゥリマの前から消えた。
「むっ!!?」
拳を空振らせた後で、アゥリマは察知した。
リアが瞬間移動でヴォルガーを離脱させたのだ。
その証拠に、アゥリマの視線の先にはヴォルガーとリアがいた。
そしてヴォルガーが離脱しアゥリマの攻撃が不発に終わったこのタイミングで、ギデオンは再び斬りかかった。
「ハァァァァッッッ!!」
アゥリマの反応は速い。ギデオンの斬撃を左腕で受け止めると、やはり鎧を包むバリアーは揺らいだ。
不意を突いたギデオンの攻撃に対し、アゥリマの対応は受け止めるだけでは終わらなかった。
「フヴィッシュ・クワルナフッッッ!!!」
開かれたアゥリマの右掌が光り輝く。
対するギデオンも素早い。アゥリマの攻撃を真正面から受け止めようと、右掌を開く。
「ルキアート・ディジタウスッッッ!!!」
閃光を伴う掌底がぶつかり合う。
魔力と魔力。光と光。
衝突したそれらは、眩い光で周囲を包んだ。
「ぐ……っっっ!!!」
ギデオンの技は間違いなく善戦した。
しかし、やはり上回ったのはアゥリマの技だ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
ギデオンはアゥリマの威力に吹き飛ばされるように、後方に飛んだ。
……この帰結に、アゥリマは少しの違和感を覚えた。
アゥリマの威力が勝り、ギデオンが退けられた。
それ自体は事実だが、ギデオンの「退却」にはどこか、当人の意志が混ざっているような気配があった。
数多の戦闘をくぐり抜けたアゥリマの勘がそう察知した。
しかし、今回ばかりはアゥリマの勘は遅れを取ったと言わざるを得ない。
眩い光の中、ラピアに背後を取られたと気づいたのは、鎧を包むバリアーに魔力を流し込まれた後であった。
「スクードゥ・クロゥロッッッ!!!」
魔力を流し込んでバリアーを中和し、耐久力を下げる魔法。
やはり、ギデオンの作り出した一瞬の隙を突いてリアがラピアを背後まで瞬間移動させていたのだ。
しかし、魔王アゥリマを相手にラピアはこの魔法をいつまで放ち続けられるのか?
アゥリマは素早く背後のラピアに向けて攻撃を……仕掛けようとした、その瞬間であった。
「ッッッ!!??」
アゥリマの意識が、警戒心が、真正面に引き寄せられる。
引き寄せられたその刹那には、ヴォルガーの蹴りが眼前まで迫っていた。
そしてラピアはリアの瞬間移動でアゥリマの背後を離脱。
バリアーへの中和が通されたこのタイミングで、ヴォルガーは勝負を仕掛けた。
「天之逆鉾ッッッ!!!」
圧倒的な力を持つ魔王アゥリマが相手である以上、ヴォルガーが常に意識を引きつけて攻撃を受け続ける戦法を取るのは無謀としか言い様がない。
相手の警戒心を自分に向けさせるヴォルガーの『殺気』は魔王が相手でも通用するが、しかし決して安易に使えるものでもなかった。
『あの核で魔王はバリアーを展開しておる。あれを破らぬ限り魔王も倒せん。おぬしらが……破壊するんじゃ』
この一撃。
この一撃を通して勝利への活路を切り開くために、ヴォルガーは貴重なカードを切った。
放たれた矢のようなヴォルガーの蹴撃は、見事に魔王のバリアーを展開する核を射抜いた。
尊敬してやまない兄弟子から受け継ぎ、そして兄弟子の命を断った技。
ヴォルガーは感じ取っていた。
姿勢も、着地も、パワーも、魔力のコントロールも。
これほど美しくこの技を放てたことは未だかつてなかった。
凄之との戦いがなければ、魔王アゥリマを相手にこの技を通すことはできなかった。
(兄者……!!!)
ラピアによるバリアーの中和。
そこに通された、ヴォルガーの全身全霊による攻撃。
バリアーの核を、惑星の重力に引き寄せられ墜落するかのような抗えぬ力が襲う。
アゥリマを護っていた盾は、とうとう粉砕された。




