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ep.final『胎動』②

 素直に喜べないところはあるが、しかし不思議と心は軽くなった。

 行く手を阻む魔物達を猛スピードで振り切る。

 稀に食らいついてくる魔物もいるが、それは脚で文字通りに一蹴した。無理にとどめを刺す必要はない。今、歩みを止められなければそれでいい。

 魔王城に辿り着くことを最優先に走り続ける作戦は順調で、このペースならもう間もなく天に浮かぶ魔王城の直下……と意気込んでいたその時であった。


 ドォォォォォォォォン!!!!


 大地を揺らす重い衝撃音が、ヴォルガー達の歩みを強制的に止めた。

 それは、拳による一撃であった。

 走り続けるヴォルガーのルートを正確に読んで叩きつけられたその拳は、ヴォルガーが咄嗟に後退しなければ確実に直撃していた。

 その攻撃の主は、3mは優に超えたゴリラ。

 それも、リラ車に使われるような生易しい業務用のゴリラではない。

 魔王城を守るに相応しい、本格派のゴリラであった。

 今の一撃でヴォルガーはその事実を察した。


「……そう簡単に魔王城まで行かせてはくれないか」

「魔王軍が最強の魔物であるゴリラを用意していない方が不自然と、覚悟はしていましたが……まさかこんな……」


 恐ろしいことに、ゴリラは群であった。

 10、20……目に映る範囲でも相当数のゴリラが列を成している。

 戦って負けることはないだろう。しかし、今までのように戦わずして走り抜けることは明らかに不可能であった。

 時間も、体力も、どれだけ消耗することになるだろうか。

 魔王城を目前としたこのタイミングで、あまりにも痛い足止めだ。

 この状況をくぐり抜けた体で魔王と戦えるのか……?

 ヴォルガーは大きな不安を押し殺すように、拳を構える。

 ゴリラがヴォルガーめがけて拳を振り下ろす、その瞬間であった。

 突然、ゴリラの腕に蔦が伸びて、巻き付く。

 その拘束は余程固いのか、ゴリラの剛力を以てしても破ることはできず、ただただ苦悶するばかり。

 そして腕の封印が解かれるより早く、緑の拘束はゴリラ全体をあっという間に捕らえてしまう。

 自分達に有利な事態とはいえ、一体何が起こったのか……戸惑うヴォルガーとラピアの後ろから、聞こえてくる声があった。


「やれやれ……ギリギリ間に合ったみたいだね」


 その声は明らかに若い女性のものだったが、しかし声色には若さとはギャップのある落ち着きがある。

 日輪のような輝きの金髪と長く尖った耳のその女性は、魔法により植物を操る。

 人間よりも永い時を生き、かつてはヴォルガーの師匠とともに『開天法』を発明しこの世界の戦闘技術に革命をもたらした偉大な魔法使い。


「――ナディさん!!」

「しばらくぶりだね。二人とも無事で何よりだよ」


 予断を許さぬ事態だが、ナディは嬉しそうに微笑んだ。


「ナディさん、一体何故ここに……!?」

「随分とご挨拶だね。あんた達が呼んだんだろう?」

「え……?」

「『七沌将と戦うから協力して欲しい』って新聞記事にしてさ」

「あっ!!」


 七沌将との決着は激動で、準備の余裕など無かった。

 だから、ヴォルガーもラピアもすっかり忘れていた。援軍を募っていたことを。


「ま、結局七沌将との戦いには間に合わなかったけどさ」

「いえ……タイミングばっちりですよ!! こんなに心強い援軍はありません!!」

「あたし一人に感激しすぎんなよ。他の連中に悪いからさ」

「他の連中……?」


 事態は、ヴォルガーとラピアが言葉の解釈を終えるより早く動いた。


「ウホォォォッッッ!!!」


 ナディによる緑の拘束を、ゴリラがその剛力で打ち破った。

 打ち破ると同時に、再びヴォルガーを打とうと拳を振りかざす。

 しかし、その拳がヴォルガーに届くことはなかった。


「らぁぁぁぁぁッッッッッ!!!」

「ウホォォォっっっ!!??」


 ゴリラの腕を掴み、その超重量をものともせずに投げ飛ばす者がいた。

 ヴォルガーに負けず劣らずの逞しい体躯を備えた、褐色肌の男。

 かつて、ヴォルガーとともに厳しい修行をくぐりぬけたその男は、白い歯を剥き出しにして少年のように明るい笑顔を見せる。


「――オグニ!!?」

「いよいよ魔王を倒しに行くんだろ? 俺にも一枚噛ませろよ!」

「……ああ、そういう約束だったな!!」

「ついでに紹介しとくが……あの馬鹿も世界を救いたいらしいぜ」

「まさか――」


 ヴォルガーが脳に浮かんだ名前を呼ぶより速く、その拳は駆け抜けた。

 ヴォルガー達を阻まんとするゴリラは何十といる。そのうちの一体、ヴォルガー達に最も接近して突撃の構えを取っていたゴリラを、拳による連打が打ちのめした。


「ハァァァァッッッ!!!」

「ウホォォォッッ!!!」


 楕円形の眼鏡をかけた赤毛の男は、筋骨隆々の体で的確・正確にゴリラを狩った。

 その男はオグニ同様、かつてはヴォルガーと門を同じくして体を鍛え技を磨いていた。

 しかし、道場が解散となり俗世間に身を置くうちに、目先の快楽に溺れ堕落してしまった。

 今はまだ刑務所で罪を償っているはずのその男は、確かにここで人類のために拳を振るっている。


「――ソスラン!!?」

「ヴォルガー……君に顔向けできる立場じゃないが、人類のためだ。戦わせてくれ」

「お前……まだ刑期じゃないのか!?」

「そのはずだったが、魔王討伐に協力すれば恩赦が出るという話になってね。どうやら刑務所は、僕をさっさと追い出したいらしい」

「そ、そうか……!! きっと、お前の真面目さが伝わったんだな!!」


 道を外れたかつての仲間が、人類のために自分と力を合わせてくれる。

 ソスランが堕落したと知ったときのショックは計り知れなかった、蛮行を止めるために戦うのは苦しかった。

 だからこそ、救われたような気持ちも大きい。

 自分の信じた道を歩き続けてよかったと、心から思った。

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