ep.final『胎動』①
『影』は出現を続けていた。
ただひたすら魔王城へと向かう影の目的は『万橡の泉』から魔力を奪うことだと推察できた。
多量の魔力が通過した土地へのダメージや、万橡の泉から魔力を奪われることによる損害の甚大さもまた推察できる。
これを止められる可能性があるとすれば、やはりそれは魔王城へ乗り込むことでしか得られないだろう。
――そしてそれは、魔王と戦うことを意味していた。
七天将を全滅させた以上、魔王との決戦に挑むことになるのは覚悟していたが、本心を言えば準備の時間が欲しかった。
それでも、事態の変化はヴォルガー達を待ってはくれない。
戦いに向かう以外の選択肢は存在しなかった。
「ふんっっ!!」
ヴォルガーの拳が『生きた鎧』の胸を貫き、核を破壊した。
生きた鎧は、基本的にはダンジョンなどに生息している。
その通称の通り全身が鎧であるためダメージを通すこと自体が難しいほど硬質で、反面その重量を感じさせないほど俊敏な動きで戦う強力な魔物だ。
その正体は、ダンジョンそのものに寄生し、それを材料として削ることで自らの体を形成する魔物だという。
それが、何故か森でヴォルガー達の行く手を阻んだ。
魔王軍が城を守るために用意したものに違いなかった。
ヴォルガー達を待ち受ける障害は影だけではない。
魔王城が近づくにつれて、強力な魔物の出現も増えてきた。
これらを真正面から相手にしている余裕は無い。
「ラピアさん、掴まってくれ。魔物達を突っ切る!」
「はい!!」
ラピアがヴォルガーの肩にしがみついたことを確認すると、ヴォルガーは全力疾走を始める。
出来る限り戦闘を避けながら魔王城に辿り着くことを最優先に考えた。
しかし、パイエルオン村で昔話をしたせいだろうか。
ラピアを背負ったヴォルガーの頭には、ふと別の想いが浮かんでしまう。
幼い頃、こんな風にラピアを背負った時に話したこと。
両親を失い、荒んでいた自分の心を支えてくれた言葉だ。
『そ、その……君は、一人で強くならなくてもいいんだと、思います』
『君はきっと、これからもすごく強くなって、色んな魔物と戦って……そうしたら絶対、君と一緒に戦ってくれる人がいると思うから。この世界には色んな形で魔物と戦ったり、みんなを護ったりする人がいて、それに、私みたいなヒーラーとかも……。だからその、一人で強くならなくても、大丈夫』
本当に自分を救ってくれた言葉だ。
だが、今となっては全てを素直に受け取るのも難しい言葉だ。
「あの時……子供の頃、パイエルオン村でラピアさんは俺に『一緒に戦ってくれる人ができる』と言ってくれたな」
「……はい」
「そう言ってくれて、俺は本当に救われたが……しかし、上手くいかないものだな。一緒に魔王軍と戦うはずの勇者殿からは追放され、それに……尊敬していた兄者とも殺し合うことになった」
「え……?」
ヴォルガーは七沌将に勝利したことは報告したが、それが誰なのかは今の今まで言い出せずにいた。
気を失うように眠り、そして魔王との戦いのために出撃し、話すタイミングが無かったというのもある。
しかし何より、ヴォルガー自身の心情が話を切り出せずにいた。
「『兄者』って確か、ヴォルガーくんがお世話になった兄弟子さんのことですよね……?」
「……その人が、俺が倒した七沌将の正体だ。道場の面々が解散して以来、行方知れずになっていたんだが……再会したときには、既に魔王軍に寝返った後だった」
「そんな……」
「俺が持ち帰った死体は、兄者が倒した先代の七沌将らしい。万橡の泉を取り戻すには必要な処置だったが……せめて、兄者の弔いくらいはしたかった。いつか、ともに魔物や魔族と戦うものだと思っていた兄者との別れが、まさかあんな形になるとは……」
ヴォルガーは胸の内を吐き出すと、ただ沈黙した。
何も言わず、ただただ走り続けた。
そんな彼の震える肩が、そっと温もりに包まれる。
ラピアの腕が、ヴォルガーを抱きしめていた。
「でも、私がいますよ!!」
「……ああ、そうだな」
ラピアの明るい声が、温もりが、ヴォルガーの心を励ましてくれた。
色んな人間が自分から離れても、敵対することになっても、ラピアは自分の味方でいてくれるに違いないと心から確信できた。
それは確信できたが、しかし……
(でもラピアさん……俺の胸を魔改造して父乳が出るようにしたんだよな……)
その事実はあまりにも重かった。
「……ちょっと、素直に喜べないところもあるが」
「ふふふ、照れ隠ししなくてもいいんですよ?」
「その照れ隠しって概念は万能じゃないぞ!!」




