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ep.17『憧憬』⑧

「あ、あの、今更だけどその、魔物を倒してくれて、ありがとう」

「……別に。僕が森に来たせいで戦うことになったんだし」


 それは照れ隠しというより、本心からの後悔だった。

 お礼を言いたかったのに気まずい思いをさせてしまった、と焦るラピアは二の句を継ぐ。


「でもその、まだ小さいのに、強いんですね。本当にびっくりしました」

「……まだまだ、こんなんじゃダメだよ。さっきの戦いだって、お姉さんに助けてもらわなきゃ勝てなかった。こんなんじゃ誰も護れない」


 そう語る少年の言葉には、手に取るようにわかるほどの悔しさがあった。

 こんなに小さい少年が、誰かを護れる強さが欲しいと本気で思うのは何故なのか。

 その事情はわからないが、わかることもある。

 少年の体は、小さく震えている。

 その震えの理由が、ラピアを運ぶことや戦いの疲れでないことはヒーラーであるラピアには確信できた。

 少年は怖かったのだ。

 一歩間違えれば死ぬような戦いも、自分の非力で犠牲者が出ることも。

 それを悟ったラピアは、背負われたままで少年を優しく抱きしめた。


「えっ、お姉さん……?」

「そ、その……君は、一人で強くならなくてもいいんだと、思います」

「え……?」

「君はきっと、これからもすごく強くなって、色んな魔物と戦って……そうしたら絶対、君と一緒に戦ってくれる人がいると思うから。この世界には色んな形で魔物と戦ったり、みんなを護ったりする人がいて、それに、私みたいなヒーラーとかも……。だからその、一人で強くならなくても、大丈夫」


 抱きしめられながら話されると、耳に吐息が当たってこそばゆかった。

 密着した背中が温かく、ほのかに柔らかいのもなんだか恥ずかしかった。

 だから少年は自分の感情を隠すように俯いて、ただ一言、


「……うん」


 そう、素直に返した。


***


 その後、村に辿り着くよりも前にマザーロネウスが二人を迎えに来た。

 二人が揃っていなくなっていることに気づいて、村では大騒ぎになっているらしい。

 ラピアはロネウスに優しく抱きしめられ、そしてしっかりと叱られた。

 村に辿り着いたら、少年は師匠から滅茶苦茶強めに叱られていた。

 こうして時間はあっという間に過ぎ、少年は師匠とともに村を去っていく。

 その直前、ラピアはリラ車に乗った少年と窓越しに別れの言葉を交わした。


「あの……お姉さん」


 少年は妙に俯いたまま、もじもじとした態度で言葉を紡いだ。


「僕、強くなるよ。お姉さんが言ってたみたいに、色んな人と力を合わせて戦えるように」


 ラピアは晴れやかな笑顔で少年に返した。


「私も、その、立派なヒーラーになりますね! 君が、どんな怪我をしても治してあげられるくらい!」

「……うん」


 やりとりを終え、リラ車は出発した。

 ラピアはリラ車が小さくなるまで手を振ったが、少年はチラチラとラピアの方を振り返るばかりであった。

 そしてリラ車が見えなくなった頃、ラピアはふと気がついた。


「――そういえば、名前、聞かないままだったな」


***


『この村で、その……金髪で青い眼をした男の子に会ったことはないか?』

『ラピアさんより少し年下の……金髪で青い眼の子供だ』


 ヴォルガーに問われたラピアの脳裏に、一瞬にして記憶が駆けめぐる。

 子供の頃の、心の奥底で眠っていたほんの一時の思い出だ。


「ヴォルガーくんが……あの時の……」


 ラピアの目尻に、じわりと涙が浮かんだ。


「本当に……立派になりましたね……」


 あの時の少年が約束通りに立派な格闘家になって、自分の目の前にいる。

 そんな未来は想像すらしていなかったが、確かな現実だった。

 そしてヴォルガーも、当然に悟った。

 あの時、この村で自分を助け、励ましてくれたお姉さんが目の前にいるラピアだったのだ、と。

 そう悟ったヴォルガーは、思わず膝から崩れ落ちた。

 そして、言葉が口を突いて出てきた。


「い……嫌だ……」

「え……?」

「あの時のお姉さんがラピアさんになるだなんて……そんなの、そんなの嫌だぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」


 荒んでいた幼い心を温かな優しさで包み込んでくれたお姉さんは、ヴォルガーの雄っぱいから父乳が出るように魔改造を施す異常者になっていた。

 どこか遠くで幸せに暮らしていてほしいと密かに願っていた人は、すぐ傍でこっそりとヴォルガーの乳腺を開発していた。

 胸の奥に大事に仕舞って、時々取り出しては眺めていた宝物が、いつの間にか粉々に砕けていた。

 かつて心の支えだった人は目の前にいるが、もうどこにもいなかった。


「もうっ、ヴォルガーくんったら!! そんなに照れ隠ししなくてもいいんですよ!!!」


 内気だったラピアは、恐ろしいほど屈託のない笑顔でそう言った。

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